日本庭園もあるらしい!?オーストリア・ウィーンの美しすぎる世界遺産、シェーンブルン宮殿と庭園群

wondertripでは世界の絶景を紹介していますが、歴史地区や古代都市などの絶景スポットは、その歴史を少しでも知ることでより観光が楽しめます。今にも残る世界遺産のストーリーは、知識欲も刺激されますね。本日は「シェーンブルン宮殿と庭園群」をご紹介します。

シェーンブルン宮殿と庭園群ってこんなところ

Schönbrunn Palaceの住所・アクセスや営業時間など

名称 Schönbrunn Palace
住所 Schönbrunn Palace , Schönbrunner Schlossstrasse 47 , 1130 Vienna, Austria
営業時間・開場時間 現地時間8.30-17.00,17.30,18.30(季節による)
利用料金や入場料 大人13.30ユーロから、学生(19-25歳)12.30ユーロから、子供(6-18歳)9.80ユーロから
参考サイト http://www.schoenbrunn.at/
最新情報は必ずリンク先をご確認ください。

シェーンブルン宮殿とマリア・テレジア

シェーンブルン宮殿とマリア・テレジア
オーストリアの首都ウィーン市内の中心から5㎞ほどの所にあるシェーンブルン宮殿は、中世から近世にかけてヨーロッパで絶大な勢力を誇った名門王家・ハプスブルク家の歴代君主の夏の離宮でした。
元々は狩猟用の館として建てられましたが、増築を重ね、マリー・アントワネットの母でもある女帝マリア・テレジアが完成させて現在の姿となります。
彼女はこの宮殿を深く愛し、その治世下ではここが中心的な宮殿となりました。
ここで16人もの子を育て、政治を行った彼女は、母と王と2つの役割を両立した先駆者でもあったのです。

荘厳華麗な宮殿と庭園は、当時のハプスブルク家の勢いを象徴するかのように今も緑に囲まれて佇んでいます。

美しきマリア・テレジアイエローの宮殿

シェーンブルン宮殿の壁はクリームイエローの可愛らしい色ですが、これは「マリア・テレジアイエロー」と呼ばれ人々に親しまれています。
外観は曲線や楕円を多く使ったバロック様式、中に入ると植物の葉がモチーフとなり曲線が優美に描かれたロココ様式となっており、名門王家にふさわしい優雅さと上品さを感じることができます。
シェーンブルン宮殿にはなんと1400超の部屋があり、一般公開されているのはわずか40室ほどにすぎません。
それもそのはず、両翼約180mもある巨大な宮殿なのです。
しかし、現在なんと一部が賃貸住宅とホテルとなって利用されています。
もしかしたら私たちでも宮殿に滞在できるかもしれませんよ!

ハプスブルク家の生活を垣間見る

image by PIXTA / 4363258

シェーンブルン宮殿内部で見学できる部屋は限られていますが、それでも見どころはたくさんあります。

まずは鏡の間。
ここは当時神童と呼ばれたわずか6歳のモーツァルトが御前演奏をした場所です。
他にも、マリー・アントワネットがフランスに嫁ぐ前に使っていたサロンや、フランツ=ヨーゼフと皇后エリザベートの部屋も見ることができます。

image by PIXTA / 2224759

長さ40mの圧巻の大広間はグローセ・ギャラリーと呼ばれています。
ナポレオン政権が倒れた後、ヨーロッパの秩序回復のためにウィーン会議が宮殿で開かれましたが、その時の舞踏会の場所となりました。
ところが会議自体は進まず、「会議は踊る、されど進まず」と揶揄されてしまいました。

シェーンブルンの庭園群

シェーンブルンの庭園群
シェーンブルン宮殿の前に広がる広大な庭園は、マリア・テレジアの時代に造られました。

宮殿に向かい合うように丘の上に造られ、美しく威厳ある彫刻が印象的なグロリエッテは、対プロイセンの戦勝記念碑であり慰霊碑です。
宮殿と庭園を一望できるここからの眺めは格別ですよ。

庭園のメインは、花壇を幾何学模様のように配置したフランス式庭園で、花が咲き乱れる様は優雅の極みです。
緑が多く散策にはぴったりで、多くの人々が訪れる憩いの場となっています。
楽に散策したい場合はミニ鉄道がおすすめです。
また、庭園内の世界最古の動物園は子供たちに大人気です。
宮殿でありながら、まるでテーマパークみたいな感じもしますね。

シェーンブルン庭園と日本の関わり

実は、シェーンブルンの庭園群の中には日本庭園があります。
これは、1913年に日本訪問から帰ったフランツ・フェルディナンド大公が造らせました。
彼が1年後にサラエボ事件で暗殺されたことで第一次世界大戦が起きるわけですが、彼は日本訪問で刺青を彫ったり、手記を出版したりと日本文化に造詣があったようです。

大戦後、ハプスブルク家のオーストリア=ハンガリー帝国は崩壊し、庭園も荒れ果てました。
そのため人々はそれが日本庭園とはわからずにアルプス庭園と呼んでいました。
しかし、1996年にある日本人の指摘により日本庭園であることが判明したのです。
そして日本から庭師を招き、枯山水の庭園として復元されました。

壮大な歴史を感じて旅をしよう

いかがでしたか。
ただ息を呑む絶景に心焦がすだけではなく、その背景にある歴史を簡単にでも理解することで、世界遺産巡りはより楽しくなります。
「シェーンブルン宮殿と庭園群」への渡航をぜひご検討ください。
photo by PIXTA and iStock