スペインによる植民地支配の歴史が残るペルー「リマ歴史地区」

wondertripでは世界の絶景を紹介していますが、歴史地区や古代都市などの絶景スポットは、その歴史を少しでも知ることでより観光が楽しめます。今にも残る世界遺産のストーリーは、知識欲も刺激されますね。本日はペルーの「リマ歴史地区」をご紹介します。

リマ歴史地区ってこんなところ

リマ歴史地区の住所・アクセスや営業時間など

名称 リマ歴史地区
住所 Plaza Mayor Jirón de La Unión Lima 15001, Peru
営業時間・開場時間 24時間
利用料金や入場料 施設による
参考サイト http://www.visitalima.pe/
最新情報は必ずリンク先をご確認ください。

リマという都市とその歴史

リマはペルーの首都で、人口約800万の南米有数の大都市です。
先住民が住んでいたこの土地に、インカ帝国を征服したスペイン人・ピサロが1535年に都市を建設したのがリマとしての始まりでした。
リマは太平洋に面しているため、本国スペインとの交易の拠点となったのです。

16~17世紀にかけて、リマはスペインの南米植民地支配の中心となりました。
ピサロはインカ帝国から奪った金銀で街を飾り立て、それが現在に残っています。
特に、セントロと呼ばれる旧市街に植民地時代の街並みが残り、世界遺産に登録されました。

カテドラルと征服者ピサロ

旧市街は碁盤の目状に区画され、スペインの影響が大きいヨーロッパ風のコロニアル様式の建物と、最近建てられた新しいものとが混在し、共存しているのが特徴です。

中心のアルマス広場にあるカテドラルはペルー最古のもので、征服者ピサロ自ら土台となる石を置いたとされています。
内部にはピサロの棺も安置されています。
征服者なのにカテドラルに埋葬されているのは少し不思議な感じがします。

ピサロは約180人の手勢でペルーに侵攻し、インカ帝国の皇帝アタワルパを捕らえて処刑しました。
あっけなく終わりを迎えたインカ帝国に対し、彼は略奪や虐殺などを行ったといいますが、その後統治権を巡る仲間との内戦に関連して暗殺されました。

コロニアル様式の粋・サン・フランシスコ教会・修道院

旧市街の中でも、サン・フランシスコ教会・修道院は最も美しいコロニアル様式の建物でしょう。
1546年着工から完成までには地震の被害などがあり、100年以上を要しました。
黄色い外壁の教会建築は、ヨーロッパの優雅なバロック様式でありながら、ドーム部分の杉材を組み合わせた細かな装飾にはイスラムの影響も見られます。
これはスペイン本国が長くイスラム支配下にあったためです。
また、内部は青と黄の鮮やかなセビリアンタイルで飾られており、こうしたタイルも本国から運ばれてきました。

地下墓地(カタコンベ)には、約75000体もの修道士の遺骨が安置されています。
そのあまりの量には、思わず息を呑むことでしょう。

二大聖人が眠るサント・ドミンゴ教会

1549年の建設当時の姿をそのまま残すサント・ドミンゴ教会は、幾多の地震から倒壊を免れた奇跡の教会です。
サン・フランシスコ教会・修道院と同様、スペイン本国から輸入したセビリアンタイルが壁を飾り、その美しさはリマ随一です。

ここにはペルーで知らない人はいないというサンタ・ロサとフライ・マルティンの二大聖人が眠っています。
2人共スペイン植民地時代の人で、インカの民や黒人奴隷など虐げられた人々の解放に尽力したそうです。
そして数々の奇跡を起こし、聖人に列せられました。
スペイン貴族とパナマ人女性の混血であるフライ・マルティンの絵や像は街のあちこちに見られます。
ほうきがトレードマークですよ。

スペイン統治時代から現代に続く建造物群

アルマス広場の北にあるペルー大統領府は、かつてピサロの家と呼ばれ、その名の通り征服者ピサロの屋敷でした。
それが今は大統領の住まいというのが、不思議な感じもします。
毎日行われる衛兵交代式では、勇壮な衛兵の行進が見られます。

同じくかつてはスペイン貴族の邸宅であったトーレ・タグレ邸は、ペルー外務省庁舎として使用中です。

また、植民地時代に現地の人々が宗教裁判にかけられたラ・インキシシオン宮殿は、異教徒に対する支配者たちの裁判の様子を現在に伝えています。
この強制的な改宗もあって今はキリスト教が大部分を占めるペルーですが、本当に辛い歴史の上に築かれてきたのですね。
でも、学ぶ価値は大いにあります。

壮大な歴史を感じて旅をしよう

いかがでしたか。
ただ息を呑む絶景に心焦がすだけではなく、その背景にある歴史を簡単にでも理解することで、世界遺産巡りはより楽しくなります。
「リマ歴史地区」への渡航をぜひご検討ください。
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