中国の絶景!北京最大の皇族庭園「頤和園」(いわえん)

wondertripでは世界の絶景を紹介していますが、歴史地区や古代都市などの絶景スポットは、その歴史を少しでも知ることでより観光が楽しめます。今にも残る世界遺産のストーリーは、知識欲も刺激されますね。本日は「頤和園(いわえん)」をご紹介します。

頤和園(いわえん)ってこんなところ

頤和園の住所・アクセスや営業時間など

名称 頤和園
住所 北京市海淀区新建宮門路19号
営業時間・開場時間 最盛期:6:30ー18:00 オフ・シーズン:7:00ー17:00
利用料金や入場料 30元
参考サイト http://www.summerpalace-china.com/
最新情報は必ずリンク先をご確認ください。

北京最大の皇族庭園「頤和園」とは

頤和園は北京都心より北西に約15kmにある万寿山とその南に広がる昆明湖の総称です。
その面積は約290万㎡もある広大な敷地の約4分の3を人工の湖「昆明湖」が占めており湖の美しさも魅力の一つです。
また、色鮮やかな中国風建築物と背後に聳える、玉泉山や西山を借景に壮大な中国らしい歴史的景観も味わうことがでる北京皇帝の庭園です。
12世紀半ばの金代の離宮跡が起源で、荒れ果てたこの地を1750年に、第6代の皇帝乾隆帝(在位 1735-1796年)が崇慶皇太后の還暦のお祝いに創建されています。
元々は政務を執る業宮を兼ねた「大離宮清蔬園」でした。
また、現存する中国最古の古代庭園(園林)といわれ、中国4大庭園の一つとされています。
湖畔の約3千の間(部屋)と湖のコラボも楽しめます。

頤和園の創建・焼失・再建の流れ

清蔬園は乾隆帝の全盛期に、円明園・暢春園・静宜園・静明園と共に三山五園と呼ばれる広大な離宮の一部となりました。
昆明池を掘削して水軍の訓練を行った故事に因み昆明湖と改称し、また、瓮山を万寿山と改称しました。
この広大な頤和園は現在、宮殿区、湖岸区、万寿山区、后山・后湖区、昆明湖区の5つのエリアに区分されています。
1764年に、洋銀約480万両を費やしてこの庭園が完成しました。
14年間という月日もさながら、480万両ってどのくらいの金額なんでしょうね!想像を絶する巨額のお金だったと思われます。

このように莫大な費用を投じて造られた頤和園は、1840年に起こったアヘン戦争の戦地となりました。
1860年に第二次アヘン戦争で英仏連合軍に焼失されてしまいます。
その後、1888年に西太后によって再建されました。
この時西太后は海軍の造艦資金を流用するなど膨大な資金を使い再建し、この時に清蔬園から現在の頤和園へと名前も変更されました。

清国を中国史上最大の国家へと導いた乾隆帝の権力の象徴

昆明湖を掘った土で作った海抜約60mの万寿山の頂上に聳える、頤和園のシンボル、「仏香閣」。
八角3層で高さは約36.5mあり、高さ20mの基壇の上に佇む姿は壮観です。
ここから見るスケールの大きい昆明湖の姿や夕日に照らされた仏香閣は壮麗で言葉にならないほどの美しさを誇っています。

昆明湖に沿って東西に約720mの長廊が造られています。
1750年に創建され、1860年に焼失し、19世紀末に再建されました。
「乾隆帝の散歩道」として知られ、梁や欄干にはナント1万4千枚以上といわれる絵画が描かれています。

老子、三国志や西遊記庭園の名場面が描かれ、壮麗さと美しさは人々を魅了しています。
中国4000年の悠久の歴史を現在に伝える貴重な資料といえ、中国史上最大の国家にまで押し上げた乾隆帝の敏腕振りも垣間見ることができます。
この長廊を渡りながら色々と戦略を練っていたんでしょうね!また、后山・后湖区には乾隆帝が大のお気に入りだった水の都蘇州の街並みの一角を原寸大で造らせた街、蘇州街では当時の彼の権力と富をうかがい知ることができます。

西太后の政治への欲望と離宮への愛情を感じる頤和園

昆明湖区には杭州の西湖にある蘇堤を見して造った西堤が築かれています。
東岸にある十七孔橋は、17のアーチと緩やかなカーブが美しい石橋は頤和園の見どころの一つです。
欄干の上に置かれた544体もの獅子像も必見。

この昆明湖区の西端に浮かぶ全長36mの大理石で造られた石の船。
水が動いてもびくともしない石船は「永久不滅の王朝」を意味して造られました。
船に乗るのが好きだった西太后が1893年に再建した時に、上の部分を木造2階建てのヨーロッパスタイルの船楼に再建しました。
ステンドグラスがとっても美しいこの船の上で、西太后は盛大な宴を開いていたようです。
頤和園唯一の洋風建築物としても価値の高い石舫です。

こんなに立派な離宮をつくり出した女帝西太后の凄さはいかほどのものだったか計り知れません。
息子の統治時代に国を動かした政治への執念と頤和園への愛情を痛切に感じられます。

贅を尽くした水の名園と称される「頤和園」

西太后と光緒帝が政務をとった仁寿殿や西太后が好んだ京劇用の劇場の徳和園も見る価値ありです。
しかし、皆さんもご存知この西太后は、残忍さと放蕩ぶりで悪名高き女帝です。
この頤和園の再建に浸かった資金が仇となり、日清戦争の敗北の原因となったのでは…?という説も残されています。
国庫を圧迫してまで再建した、西太后の頤和園の思いを感じ取れるスポットは、まだまだたくさんあります。
西太后を虜にした頤和園の歴史と美しさは見る価値があります。
北京の深い歴史と共に中国伝統と中国建築の粋を集結させた宮殿群、中国屈指の風光明媚な皇族庭園を訪れてみてはいかがでしょう?

壮大な歴史を感じて旅をしよう

いかがでしたか。
ただ息を呑む絶景に心焦がすだけではなく、その背景にある歴史を簡単にでも理解することで、世界遺産巡りはより楽しくなります。
「頤和園(いわえん)」への渡航をぜひご検討ください。
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