当時建設した建築物も多く残る、日本統治時代の台湾・台北

wondertripでは世界の絶景を紹介していますが、歴史地区や古代都市などの絶景スポットは、その歴史を少しでも知ることでより観光が楽しめます。今にも残る世界遺産のストーリーは、知識欲も刺激されますね。本日は日本統治時代の「台北」をご紹介します。

台北ってこんなところ

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さまざまな国の植民地としての歴史を歩んだ台湾

台湾は東シナ海に浮かぶ日本の与那国島から約100kmに位置する島国です。
海に囲まれた台湾は、18世紀まで中国、オランダ、スペインなどの植民地となった悲しい歴史を持っています。
元々台湾に住んでいた民族は10余り。
18世紀になると清(中国)の国から漢人が入植し、政治もほとんど漢人が牛耳ったのです。
19世紀末には日清戦争で日本が勝ち下関条約により、清から日本に割譲されました。
1895~1945年の50年もの間、日本が台湾を統治しています。
当初は日本の統治に関して反発も強かった台湾では、約5年間も紛争が続き1万人以上の人が戦死し、虐殺されるなど辛い歴史を背負ってしまいました。
そんな台湾の中でも台北の日本植民地時代について少しひも解いてみたいと思います。

下関条約後どのようにして日本は台北を占領した?

1895年5月24日に軍令司令官の樺山資紀海軍大将は広島宇品港から出港し29日に台湾へ上陸しました。
この時の清の正規軍などの全兵5万人も率いましたが、台湾北部の基隆を難なく占領し台北の淡水も占領しました。
ここから、台湾全土の占領を企てたようです。
下関で講和会議が開かれている最中の3月24に、澎湖島の占領に成功しています。
殆ど台湾側の抵抗なく北部を制圧しました。
台湾全土占領を前に、台北の人々の反乱が始まり苦戦することになります。
住民によるゲリラ戦が始まり兵力不足に陥りました。
1898年11月に総督府は、抵抗する台湾民衆の大規模な討伐作戦を開始しました。
家を焼いたり殺害したりと軍の禁令は守られなかったようです。
一旦は怯んだと見せかけ反旗を翻す住民も出ました。
逆に積極的に日本軍に協力し、日本軍の台北入城を助けた人もいたようです。

日本の台湾支配のはじまり

台湾を支配する機関として総督府が設置され、行政・司法・立法・軍事までを掌握する強大な権限を持ちました。
初代総督は、樺山資紀でした。
最終的には19人の総督が任命されその半分以上が軍出身者です。
第四代総督児玉源太郎(1898~1906年)は、民長官に就任した後藤新平と共に、土地や人口を調査し新しい政策を立案し実行しました。
主なものには土地改革、電気や水道の供給施設、交通施設、アヘン根絶、学校教育、製糖業、台湾銀行設立など様々な功績を残しています。

児玉源太郎が急死し、後藤新平が満州鉄道の初代総裁に選ばれた時、台湾の人々は二人の記念碑を建てることを決めました。
総督府に資金の余裕がなく、寄付金で賄われたという驚きの事実も残されています。
日本人には憎まれるだけでなく、感謝された人もいたんですね!

台北に残る日本人が建てた建物もたくさん

台湾銀行といえば、ドラマ「華麗なる一族」のロケ地となった台湾銀行の本店が残っています。
これは日本人が造ったもので、現在は中央銀行として存在。
1899年に木造で建てられた建物はシロアリの被害にあい、1923年に花崗岩で作り直されました。
昔も白アリに悩まされていたのですね。
また、1919年に建てられ総督府も日本が建てた物。
第二次世界大戦の空爆で損傷するも、1946年に再建され現在は総統府となっています。
西洋風の建築様式の赤のレンガと白漆喰のコントラストの堂々たる風貌が魅力的です。
台湾には日本の神社が今も残されています。
台北北郊にある圓山水神社も日本人が建てた神社です。
台北の飲料水確保のための沈水池の守り神として建てられました。

日本の敗戦後に中国人によって日本風の建造物はほぼ破壊されました。
でも、こうやって今も残る日本風の建物は、台湾での功績も語っているようです。

1895~1945年までに日本人によって建てられた建物はまだまだあります。
撫台街洋楼、台大医学院旧館、二二八和平公園、国立台湾博物館、土地銀行、台北郵政、台湾?酒公売局など主なものだけでもこんなにありますよ。

第二次世界大戦の敗北による台湾からの撤退

1937年頃、日中戦争の頃には、台湾人の皇民化(植民地の人々に天皇に忠誠を求める政策)や台湾産業の工業化がすすめられました。
新聞も日本語になり、神社参拝を義務付けると共に家庭に「天照大神」と書かれた御札まで祀らせました。

 

1941年に第二次世界大戦が起こり、霧社事件で生き残った青年たちを始め台湾人も義勇隊として戦争に参加しました。
ご存知の通り日本は敗戦し、台湾も食糧難など治安悪化の一途を辿ります。
日本の敗戦と共に中国の植民地となった台湾。
中国では国民党と共産党が激しく対立し内戦が起こりました。
1949年に国民政府が台湾に逃げ込み当初台北市が首都になりました。

1970年になると台湾独立運動が始まります。
2000年3月18日は台湾にとって新しい時代が訪れました。
選挙により陳水扁政権が誕生し国民党政権が倒れたのです。
これからの台湾がどうなるのか楽しみですね。
台湾の首都とされる台北は日本植民地時代の名残を残し、今もその深い歴史を語る、建造物が点在しています。

壮大な歴史を感じて旅をしよう

いかがでしたか。
ただ息を呑む絶景に心焦がすだけではなく、その背景にある歴史を簡単にでも理解することで、世界遺産巡りはより楽しくなります。
「★」への渡航をぜひご検討ください。
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