ハワイの観光地化ってめっちゃ最近だったんだ…ハワイが日本に人気のリゾート地になるまでの歴史

wondertripでは世界の絶景を紹介していますが、歴史地区や古代都市などの絶景スポットは、その歴史を少しでも知ることでより観光が楽しめます。今にも残る世界遺産のストーリーは、知識欲も刺激されますね。本日は歴史的背景から紐解くハワイをご紹介しま
す。

改めて、ハワイってこんなところ

誰もが楽しめる人気ビーチリゾートハワイって?

リピーター率の高い人気のリゾート地、ハワイ。
8つの島からなるハワイ諸島は火山活動により海底から隆起して誕生しました。
古い島で500万年前、ハワイ島は比較的新しく約50万年前に形成されています。
実は世界で最も高い山脈の頂上に位置し、海底から3万2千フィート(約9800m)もの高さです。
また、大陸と一度もつながったことのない島で、先住民のいない無人島でした。
ハワイに住んでいたポリネシア人は文字を持たなかったので、どこからやってきたのか?未だに謎に包まれています。
口頭伝承が数多く残っており、歴史家の研究で少しずつ解明されつつあります。
カメハメハ大王、キャプテン・クック、サトウキビ畑、ウクレレ、フラダンスなど独特の風土や文化を持つハワイの歴史を少しだけひも解いてみたいと思います。

収穫の神ロノと間違えられ殺されたクック船長

太平洋に浮かぶ無人の楽園ハワイに人が住み始めたのは起源3~4年。
マルキーズとタヒチからやってきたポリネシアンといわれています。
イギリスヨークシャーで生まれた海洋探検家のジェームス・キャプテン・クック(クック船長)が、1778年1月18日にポリネシア人の後にハワイを発見した最初の人です。
見たこともない大きな船の到来に驚いたハワイの人たちは大騒ぎでした。
クック船長は島を周回して海上からやってくると信じられていた収穫の神ロノが戻ったと間違われ大歓迎を受けました。
ハワイ人からは、豚、サトウキビ、ココナッツなどが贈られ、船長は船にいた鍛治工に短剣を作らせお返しに渡しました。
船の修理でハワイ島に戻ったクック船長=ロノ神に疑念を持ったハワイの人と、いさかいが起ったのです。
1779年2月14日に神ではないことでクック船長は4名の水平と共に殺害されてしまいました。
2隻の船で出ていたもう一人の船長チャールズ・クラークも帰路の途中結核で亡くなっています。
イギリスに帰還でき、海軍本部と英国王立協会にクックの死と北方海路探索の失敗とハワイ諸島発見を報告し、クック船長の持帰られた骨はイギリスで手厚く葬られました。

カメハメハ大王とハワイ王国の誕生

クック船長がハワイ諸島を発見し、交易や植民地主義の帝国らとの問題が頻繁に起こるようになりました。
クック船長の後継者といえるジョージ・バンクーバーと親密な関係を築いたカメハメハは、ハワイにおけるイギリスの水平の安全保障の見返りに、ハワイ侵略の防衛援助協定を取り付けました。
イギリスから仕入れた、銃や真鍮製の大砲などで戦いに挑み、ニイハウ島とカウアイ島を除くすべての島を制圧し、ハワイ王国を誕生させました。
1810年にアメリカ人ウィンシップ兄弟の協力を得て、カウアイ島大族長カウムアリイが亡くなった後、統治を条件にハワイ諸島統一を成し遂げました。
1817年カメハメハ大王が亡くなるまでは、ハワイの宗教を厳格さで守り続けました。
これによりカメハメハ大王が生存中はカトリックがハワイ諸島に入ることはありませんでした。

戦争に巻き込まれアメリカ領となったハワイ

19世紀になるとハワイ王国はアメリカ合衆国の移民を受け入れてしまいました。
サトウキビ農園などを経営し貿易を充実させた彼らは経済的に裕福になり、ハワイの政治や経済を支配するようになったのです。
1891年に第7代国王カラカウア(在位1874-1891年)の死後、即位したリリウオカラニ女王(在位1891-1893年)は「ハワイ人のハワイ」を取り戻そうと白人勢力に対抗しました。

1893年に白人勢力はクーデターを起こし、それにアメリカ海軍が支持したことで勢いづいた白人勢力は、アメリカとハワイの併合を求めました。
しかし、当時の大統領クリープランドはクーデターの不当性を非難しこれを拒否します。
1894年7月4日に王女を廃位させ、ハワイ共和国を誕生させました。
初代大統領はパイナップルでお馴染みドールの創業者の従弟サンフォード・バラード・ドールが選ばれました。

1898年に米西戦争が勃発。
フィリピンが戦場となったためハワイの戦略的価値が重要視され、戦争中にも関わらずマッキンレー大統領のハワイに併合されました。
これによりハワイは完全にアメリカ領となったのです。

リゾート天国ハワイの始まり

ハワイ王国が滅亡し、ドワイト・D・アイゼンハワー大統領が1959年8月21日に宣言書調印を行い正式に50番目の準州になりました。
1959年に立州化して、10年間でハワイはリゾート地として生まれ変わるために、34億ドル以上の開発費が使われました。
大型モールアラモアナショッピングセンターの開業を始め、リゾート開発に伴うインフラ整備が行われました。
ハワイ王国は滅亡しましたが、今もハワイの人々に愛される王族たちは、通りや観光スポットの名前として残されています。
ハワイは日本人にとっても苦い思い出、第2次世界大戦を本格的に開始することとなった真珠湾攻撃が起こった地です。
日本から富を求めて移民した人々の、第二次世界大戦時の苦悩の日々は計り知れないものだと思います。
今では太陽が燦々と照り付ける美しいリゾート地ハワイですが、観光客が抱くイメージと全く違う運命を歩んできたハワイの歴史には心痛むものがあります。

少しだけハワイの歴史に触れ、現地の人たちの心に寄り添い、素敵なリゾート天国ハワイの旅を楽しんでくださいね!

壮大な歴史を感じて旅をしよう

いかがでしたか。
ただ息を呑む絶景に心焦がすだけではなく、その背景にある歴史を簡単にでも理解することで、世界遺産巡りはより楽しくなります。
ハワイへの渡航をぜひご検討ください。
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