花の都フィレンツェと宿敵のライバルだったトスカーナの古都シエナの歴史

wondertripでは世界の絶景を紹介していますが、歴史地区や古代都市などの絶景スポットは、その歴史を少しでも知ることでより観光を楽しめます。今にも残る世界遺産のストーリーは、知識欲も刺激されますね。本日はイタリアの「シエナ歴史地区」をご紹介します。

中世の街並みが今も残る美しい古都シエナとは?

中世の街並みが今も残る美しい古都シエナとは?

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イタリアの花の都フィレンツェから南西に約70kmくだった所に位置する古都。
かつて、フィレンツェと競いあい金融業を中心に商業都市として栄えたのがシエナです。
トスカーナの覇権争いで、13世紀だけでも両者の間で起こった武力衝突は4回にも及んでいます。
この頃からシエナ派の芸術家たちが描いた神秘的な画風が流行し多大な功績を残しました。
現在も町の所々に彼らの作品が点在し、街中が博物館と称される美しい古都です。

シエナの見どころを2つ上げるとしたら、一風変わった扇形をした世界一美しいといわれるカンポ広場とフィレンツェのドゥオーモに勝るものを目指したシエナのドゥオーモです。
このドゥオーモは芸術家らしい感性をもつシエナらしく、未完成でもその美しさには目を奪われます。
もし時間があればマンジャの塔からの景色も必見です。
ここからはシエナ色に染まる街並みと優しいトスカーナの景色は絶景です。
カンポ広場を中心に広がるシエナの歴史地区は、1995年に世界遺産に登録されています。

中世の街並みが残る美しい古都シエナの始まり

中世の街並みが残る美しい古都シエナの始まり

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シエナの詳しい起源は分かっていませんが、エトルリア人の街だったようです。
シエナの街を歩くと、ローマのシンボルでもあるロムルスとレムスという狼に育てられた双子と狼の像によく出会います。
この像がシエナにある理由は、ロムルスがレムスを殺し、ローマから逃れたレムスの息子たちがシエナを建国したとの伝説が残っているからです。
因みにロムルスは伝説上ローマ帝国の建国者(初代王在位B.C.753-717年)です。
シエナの紋章にはローマと同じように狼が描かれています。
これは、この伝説によるものです。

丘の街シエナには3つの丘があり、ローマ植民地時代には丘に沿って街が造られ発展したようです。
ローマ帝国が滅亡するころ北ヨーロッパからゲルマン系の民族が侵入します。
ここからシエナは、フランク族やランゴバルド族に支配されながら更に発展することとなります。

交易による繁栄時代のシエナ

交易による繁栄時代のシエナ

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発展の一つに、北イタリアでランゴバルド王国を興したランゴバルド人たちは、北方とローマを結ぶ交易路を模索していました。
彼らはシエナを通る経路を選びました。
その理由はトスカーナ地方が古くから農業が盛んで、ローマやフィレンツェの間にあったため、交通の要衝として最適だったのです。
交易だけでなく巡礼者たちの巡礼路としても使われ瞬く間にシエナは発展を遂げました。
これは6世紀半ばから後半のことでした。

774年にはシエナの貴族たちは、フランク王国のカール大帝(在位768-814年)に降伏し支配にくだります。
10世紀になるとこの町にもやっと城壁が造られ、貴族たちが政権を握りはじめます。
西ヨーロッパ全体の動きとしては、ピザやジェノヴァ、ヴェネツィアなど港湾都市貿易が繁栄し、彼らは大富豪となりました。
その繁栄ぶりに目を付けたシエナも、金融取引を行うようになります。
11世紀頃には金融の一大都市となったシエナも都市国家の仲間入りをしました。

シエナにも他のイタリアの都市と同じように、1141年に市民によるコムーネ(自治組織)が組織されました。
1167年にはコムーネは司教の自治から独立を宣言し、1179年には都市憲章が制定されています。

シエナのコムーネはちょっと面白い

シエナのコムーネはちょっと面白い

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シエナには現在17のコムーネが存在します。
シエナのコムーネはそれぞれシンボルをもち、それがユニークな名前となっています。
その名前はヤマアラシ、メス狼から毛虫、カタツムリ、森林、波などなど。
コムーネにより、毎年7月2日と8月16日に対抗戦形式で行われる伝統的なお祭りがあります。

12世紀にシエナで最初に整備されたカンポ広場で行われる、パリオという世界的な伝統行事です。
17のコムーネから10地区が選ばれ、裸馬に乗って争われる競馬や中世の衣装を身に纏ったパレードも行われます。
これは、12世紀に始まったとされていますが、公式記録には13世紀に開催されたものが最古といわれています。

お祭りが行われるカンポ広場は、13世紀初頭まで市民生活の中心として重要な役割を担っていました。

シエナとフィレンツェの対立時代

シエナとフィレンツェの対立時代

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シエナは貴族と市民との対立を抱えていました。
その上宿敵フィレンツェとトスカーナ地方の覇権を巡って、抗争が何度も起こったのです。
フィレンツェは教皇派、シエナは皇帝派にという政治的なことも絡み合い熾烈な武力衝突にまで発展しています。

1260年に起こったモンタペルティの戦いで勝利するも1269年のコッレ・ヴァル・デルサの戦いでは敗北という結果を残しています。
この戦いでシエナの皇帝派の政府が倒れ、両者の関係が改善されました。
ここからは、シエナの経済はフィレンツェに遅れを取りはじめますが、シエナの華々しい最盛期を迎えることになります。

シエナに行ったら必ず見たいドゥオーモの大聖堂

シエナに行ったら必ず見たいドゥオーモの大聖堂

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13世紀後半から14世紀半ばにかけて、シエナは最盛期を迎えます。
現在のドゥオーモは1220年に起工されたもので、円花窓を囲む40人の聖人の像が印象的です。
こちらも誰が設計を行ったか?いつから始まったのかも不明です。
シエナを襲った疫病で建設が止まり、現在も未完成のままです。

特に見どころは1284年ごろジョヴァンニ・ピサーノによって造られたファサード。
イタリアゴシックの最高傑作です。
また、内部にある56シーンの宗教場面が大理石の象嵌で表される床も見応えがあります。
この絵には多くの芸術家が参加し、かかった年数は174年にも及ぶとか。
白と黒の大理石を使った内部の装飾は、このトスカーナ地方特有のもので、サン・ジミニャーノのドゥオーモでも見られます。

中世の雰囲気が溢れるカンポ広場

中世の雰囲気が溢れるカンポ広場

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トスカーナの覇権争いに負けたその後も、経済活動を始め建築や芸術においての繁栄は止まりませんでした。
1297~1342年にかけて建設された市庁舎(プブリコ宮殿)。
貝殻のように広がるカンポ広場の中心に堂々と建つ姿がとても壮麗。
ゴシック様式の公共建築の代表例としても有名です。
シモーネ・マルティーニや、アンブロージョ・ロレンツェッティなどシエナ派によるフレスコ画が華麗に宮殿を彩っています。
宮殿内には「ピナコテカ」と呼ばれる美術館もあります。

宮殿の左隣には、シエナの美しい風景が見られるマンジャの塔が聳え、その塔の下には広場の礼拝堂も備わっています。
実はカンポ広場の建物にはどれも美しい装飾がされています。
これは義務付けられたもので、都市計画に関する法案では世界最古のものです。

ペストにより衰退するシエナ

ペストにより衰退するシエナ

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1348年にペストが流行し、市民の3分の2が亡くなったようです。
その上14世紀後半には貴族と市民の内紛が更に悪化し政変を繰り返す事態となっていました。
1458年には名誉なことにシエナ出身の教皇ピウス2世(在位1458-1464年)が誕生しています。
彼はシエナで生まれ、1240年設立のシエナ大学でまなび、人文主義者の代表的な人物です。
1472年には現在営業されている最古の銀行として知られる、モンテ・デイ・パスキ・ディ・シエナ銀行が設立。
現在も本店はシエナにあります。

金融業で栄えたシエナの滅亡

金融業で栄えたシエナの滅亡

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1487年に一時期安定期が訪れます。
貴族派に属するパンドルフォ・ペトルッチが政権を握りました。
彼は芸術と科学を保護し、イタリア・ルネサンス期の軍人、チェーザレ・ボルジアからシエナを守りました。
1512年に彼が亡くなると、また、シエナは荒れ放題となります。

皇帝カール5世(在位1519-1556年)は、スペイン軍にシエナを占領させます。
しかし、シエナも負けていません。
1552年にフランスと手を組んだシエナ共和国は、いったんスペイン軍を追い出すことに成功しました。
1555年4月17日。
悲しいことにカール5世の傭兵軍の侵入を再び許し、とうとう降伏せざるをえませんでした。

1559年のカトー・カンブレジ条約でスペインはフィレンツェにシエナを割譲しました。
これ以降シエナはイタリア統一まで、トスカーナの大公国領となりました。
ライバルフィレンツェの支配下に置かれるってどれだけシエナにとっては悔しい結果となったでしょう。
歴史の悪戯って非情ですね。

金融業によって栄えた、中世の街並みが色濃く残るシエナに旅してみませんか?

フィレンツェと覇権争いを繰り広げ、長い間ライバルとして君臨したシエナは、12~15世紀にかけて流行した芸術に包まれた美しい古都です。
今では、歴史的な広場で若者が日向ぼっこをして寛ぐのんびりとした姿も景観の一つです。
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