ポーツマス観光に行くなら知っておきたい、イギリス栄光の時代を支えてきた歴史

wondertripでは世界の絶景を紹介していますが、歴史地区や古代都市などの絶景スポットは、その歴史を少しでも知ることでより観光が楽しめます。今にも残る世界遺産のストーリーは、知識欲も刺激されますね。本日はイギリス「ポーツマスの歴史」をご紹介します。

栄光へと突き進んだ海軍史を語るポーツマスってこんなところ

栄光へと突き進んだ海軍史を語るポーツマスってこんなところ

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イングランド南部のパンプシャー州に位置する、最も古い15世紀に王立造船所ができたことでイギリスの軍港として発展した街です。
「The Great Waterfront City(偉大なる海岸の街)」と称される、トラファルガーの海戦などイギリスの歴史に深く関わってきたことで多くの歴史を持っています。
また、文学にも精通している街で、著名な小説家のディケンズや名探偵シャーロックホームズを生んだアーサー・コナン・ドイルも暮らしていました。

人気の観光地としても有名で、たくさんある観光スポットの中でも、「ポーツマス・ヒストリック・ドックヤード」が一番の見どころです。
ここでは、華々しいイギリス海軍の歴史を振り返ることができます。
また、ウォーターフロントの開発が進んでいるので、複合レジャー施設のガンワーフ・キーズなどは連日多くの人が訪れ思い思いの時間を過ごしています。
ポースマスは古い歴史を持つ反面、近代的でモダンな一面もあり、活気に満ちた町となっています。
今回は、「偉大なる海岸の街」ポーツマスの歴史に少しだけ触れてみたいと思います。

かつて7つの海を制覇したイギリス海軍の歴史を語るポーツマスの始まり

かつて7つの海を制覇したイギリス海軍の歴史を語るポーツマスの始まり

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ローマの支配を受ける前からこの町には村落がありましたが、11世紀に来寇したノルマンディー人に焼き捨てられたといわれています。
記録上歴史に登場したのは、13世紀前半が最も古いようです。
1181年にはサウスウィック修道分院が建てられています。
これはヘンリー8世(在位1509-1547年)の離婚問題が端を発した宗教改革まで存在しました。
現在あるポーツマス大聖堂はこの跡地に建てられています。

1194年にリチャード1世(在位1189-1199)が、第3回十字軍へ参戦するために艦隊と兵士をポーツマスへ召集しました。
リチャード1世は経費削減のため、ポーツマスに王室特許状を与えています。
このことでポーツマスは裁判所建設や市場の開放が行われ、税金免除という恩恵も受けています。
もう、このころから力をつけ始めていたんですね。

時代の波にのり栄えたポーツマスの陰り

時代の波にのり栄えたポーツマスの陰り

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1203年にはジョン王(在位1199-1216年)がフリップ2世との戦争のためイギリス海峡に面している海軍基地の強化を行いました。
イングランド中の各造船所に1隻以上の軍艦を納めるよう命令を出し徴収しました。
ポーツマスには英国海軍都市としての基礎となるポーツマス・ドッグと、聖ニコラウス病院も建設しています。
このポーツマス・ドッグは13世紀にもフランス攻撃の拠点として使われ、ヘンリー3世とエドワード1世らがいつでも使える便利な場として使用しました。

14世紀には商業で大きく発展しています。
港最大の功績はバイヨンヌとボルドーからのワインの輸入で、他にもウール、穀物、鉄などの取引も行われていました。
ここまで栄えてきたポーツマスですが、ここで大きな打撃を受けます。
エドワード3世(在位1327-1377年)のころの1338年に百年戦争が勃発。
フランス艦隊がポーツマスを襲撃したのです。
聖ニコラウス病院と教会は残りましたが、街の大部分は破壊されてしまいました。
これを再建するために免税の措置を取り、立ち直りを見せています。

襲撃され街が壊されてから10年後の1347年にヨーロッパを襲ったペストがポーツマスでも流行し、人口が激減してしまいます。
フランスはポーツマスが再建することを恐れていました。
1369~1380年の間には3回にも渡りポーツマスを攻撃し破壊を繰り返しました。
1418年にヘンリー5世(在位1413-1422年)がポーツマスに要塞を築くよう命を下しています。
1426年に造られた要塞は木造でしたが後に、ヘンリー8世が1527年に石材で正方形の城塞サウスシー・キャッスルに造り替えました。

ポーツマスでも起こった産業革命

ポーツマスでも起こった産業革命

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1510年に軍艦メアリー・ローズ、1540年に造船所がポーツマスで造られました。
ヘンリー8世はこのポーツマスが重要な海軍基地として絶好の条件が整っていると見抜いていたからです。
ヘンリー8世は1545年にメアリー・ローズが沈没する姿を、サウスシー・キャッスル付近で眺めていたことはイギリスではとても有名な話のようです。
彼自身が愛着を持っていた軍艦だけに、苦渋に満ちた顔が目に浮かんできます。

イングランドの内戦時でポーツマスは議会派海軍の重要な基地とされ、英蘭戦争と英西戦争においてはイギリス海軍の父ロバート・ブレイク提督が母港として利用しました。
オーストリアへの初入植を果たしたアーサー・フィリップの船団11隻は1787年5月13日にポーツマスから出航しました。
商業による繁栄とイギリス海軍を支援する役割を担ったポーツマスにも、1802年ごろには工業が発展しています。
フランス生まれのイギリスで活躍した技術者マーク・イザムバード・ブルネルは軍艦装具に使用する滑車の量産が成功したことにより、ポーツマス・ブロック・ミルで大量生産ラインを確立しました。
ポーツマスでの重大な産業革命で、これにより世界最大の造船業の拠点へと発展しました。

歴史的なイギリス栄光の出発点となるポーツマス

歴史的なイギリス栄光の出発点となるポーツマス

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1805年にナポレオン戦争における最大の海戦「トラファルガーの海戦」が起こります。
フランス・スペイン艦隊の侵攻を阻止するため、ホレーショ・ネルソンはポーツマスから出航し銃弾に倒れて命を落としましたが、この海戦はイギリスが勝利しました。
この海戦での勝利はイギリス海軍がヨーロッパを守っていると諸国に印象付けました。
結果的にイギリス海軍は強力な信頼を得ることになります。
第一次世界大戦中の1916年には飛行船ツェッペリンの爆撃を受けましたが、1926年に王国最初の軍港だったことでバラ・カウンシルによる組織的自治が行われました。

第二次世界大戦時のドイツ空軍によるポーツマスの爆撃はかなり激しいものでした。
1944年6月6日に始まった連合軍のノルマンディー上陸作戦の乗船場となり、ポーツマスの北側にあるサウスウィックハウスが上陸線の間に連合国軍最高司令官のドワイト・D・アイゼンハワー将軍の本部として選ばれています。
再開発は実用主義とブルータリスト建築様式で行われトライコーン・センターが代表的なものです。
このセンターも解体され再開発が行われ、今は再開発の象徴として観光名所のひとつのスピンネーカー・タワーが建てられています。

英国海軍の歴史を語るポーツマス・ヒストリック・ドックヤード

英国海軍の歴史を語るポーツマス・ヒストリック・ドックヤード

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ここには、ポーツマスの栄光を語る歴史の証人たちが展示されています。
ネルソン提督の旗艦HMSヴィクトリー号、近代の軍艦の元祖とされるHMSウォーリアー1860号、ガリポリの戦いを生き抜いた幸せな軍艦HMS M.33号などが当時の栄光を訪れた人々に伝えています。
400年間沈んでいた、ヘンリー8世が愛した軍艦メアリー・ローズも1982年に海底から引き上げられ修復後ここに展示されています。
また、イギリス屈指の海事博物館の王立海軍博物館など造船技術や海軍のテクノロジーを体感できる施設など、海軍ファンが興味をそそられる数多くの展示やアトラクションが整っています。
ぜひ、訪れて華々しいイギリス海軍の歴史に触れてみてくださいね!

イギリス海軍の栄光を語るポーツマスを旅してみませんか?

ポーツマスは、ポーツマス条約で日本人にも馴染みの深い英国海軍の拠点となる町です。
古くから軍港として栄えた歴史を今に語るポーツマスの旅は心に残ること間違いなし。
ぜひ、訪れてみてくださいね!
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