エチオピア観光なら次はここ!「アクスム」で見た絶景10選

紀元前1世紀頃、今のエチオピア北部にアクスム王国が建国されたと言われています。4世紀頃には金や象牙などの貿易で栄えたこのアクスムはエチオピアで最も古い王都でした。その後イスラム教の伝来とともに衰退したものの、イスラム教国家が多いアフリカの中でエチオピアは今なおキリスト教信者が過半数を超え、このアクスムにもキリスト教にまつわる歴史的建造物が数多く残っています。「アーク」が眠る場所としても名高いアクスムの見所をご紹介していきます。

女人禁制の教会

女人禁制の教会

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紀元前に建国されたアクスム王国は多神教国家でしたが、繁栄の最盛期を迎えた4世紀に当時の王エザナによって公式にキリスト教に改宗しました。
女人禁制のこの教会はエチオピア正教で最も重要な聖地とされ過去にはエチオピアの歴代皇帝もこの地を礼拝するなど巡礼地として賑わっていました。

シオンの聖母大聖堂の住所・アクセスや営業時間など

名称 シオンの聖母大聖堂
名称(英語) The Church of Our Lady Mary of Zion
住所 Aksum, Ethiopia
営業時間・開場時間 24時間
利用料金や入場料 無料
参考サイト https://en.wikipedia.org/wiki/Church_of_Our_Lady_Mary_of_Zion
最新情報は必ずリンク先をご確認ください。

秘宝が眠る教会?

秘宝が眠る教会?

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シオンのマリア教会にはアークと呼ばれる箱が収められていると言われています。
旧約聖書に記述のあるモーセの十戒が刻まれた石版はかつて聖地エルサレム・ソロモン王の宮殿にありましたがその後歴史から姿を消してしまいます。
その石版が収められているのが聖櫃(アーク)、または契約の箱とも呼ばれています。

エチオピアの始まり

エチオピアの始まり

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イスラエル王ソロモンとシバ女王の間に出来たメネリク1世がエチオピアの始祖と言われています。
13世紀に編纂されたエチオピアの歴史書によるとこのメネリク1世によってアークは聖地エルサレムからエチオピアに持ち帰られたとされています。
このメネリク1世から始まったエチオピア王朝は最古の王家と言われており、1974年に断絶するまでの約3000年存続していました。

エザナ王の功績

エザナ王の功績

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アクスム王国のある北エチオピアは紀元前5世紀ころから交易が始まり、インドやローマなどに金や象牙、エメラルドを輸出し栄えていきました。
支配地を広げ4世紀エザナ王の時代に最盛期を迎えます。
エザナストーン(Ezana Stone)はその時代に作られた石碑となっており、ロゼッタストーン同様3つの言葉で記されています。

エザナストーンの住所・アクセスや営業時間など

名称 エザナストーン
名称(英語) Ezana Stone
住所 Aksum, Ethiopia
営業時間・開場時間 24時間
利用料金や入場料 無料
参考サイト https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%82%B6%E3%83%8A%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%BC%E3%83%B3
最新情報は必ずリンク先をご確認ください。

隆盛を今に伝える石碑

隆盛を今に伝える石碑

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エザナストーンにはキリスト教への改宗と近隣諸国に対する軍事遠征についてゲエズ語、シバ語、ギリシア語の3つの言語で記されており、現在はアクスム王の公園でその姿を見学することができます。
様々な文化圏の人が行き交う交易国だからこそ、その隆盛を3つの言語で記し権力を誇示したと考えられています。

古代の宮殿跡

古代の宮殿跡

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旧約聖書に記述のあるシバ王国。
その所在地は今なお様々な意見がありますが、アクスムにはその女王の宮殿だったのではないかと考えられている遺跡が発見されています。
エチオピアの始祖メネリク1世の母と言われているシバ女王は紀元前10世紀頃シバ王国を統治していたと考えられています。

石壁の遺跡

シバ女王の宮殿遺跡では石積みの壁によって仕切られた多くの部屋が発見されています。
広大な敷地を有し、謁見の部屋や浴室に使われていたと考えられている場所などが残っています。
今は貯水地となっている場所もかつてはシバ女王の浴槽だったのではないかとも言われています。

大小様々な石柱

大小様々な石柱

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アクスムにはステッレと呼ばれる石柱(オベリスク)が多く残っています。
現在立っている中で最も大きいステッレは高さ約24mにもなり、横たわるものでは33mにもなります。
一枚岩から掘り出されたステッレの中には窓やドアなどの装飾が刻まれている物もあり、一説によると王墓として建てられ死後の住まいになっていたと考えられています。

68年この地を離れたステッレ

68年この地を離れたステッレ

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現在立っている最も多きステッレは1937年、イタリア・ムッソリーニの指示によりイタリアに持ち去られてしまいました。
約24mもの大きさだったため3つに分けて運ばれたそうです。
2005年に元の場所に返還され今ではアクスムを代表するステッレとなっています。
このような巨大な石柱が立っていられるのもこの地に眠るアークのおかげだと地元の方は考えているそうです。

多くの遺跡が眠る街

多くの遺跡が眠る街

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歴史上交易によって繁栄を極めたアクスム王国。
イスラム勢力の拡大によって衰退して行くことになりますが繁栄の象徴である宮殿などの遺跡で見つかっているものは少なく、今の町の足元には多くの遺跡が眠っていると考えられています。
今後の発掘によって歴史が大きく変化する大発見があるかもしれませんね。

伝説と史実の街

エチオピア・アクスムには旧約聖書に基づく伝説とアクスム王国に端を発するエチオピアの歴史が入り混じる絶景が残っています。
アークに守られ未だ多くの遺跡が眠り、解き明かされていない歴史が詰まっているアクスムに立ち寄ってみませんか?
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