観光前に知っておきたいエルサレムの歴史。なぜ3宗教の聖地なの?

公開日:2020/3/5 更新日:2020/3/5

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中東の都市、聖地エルサレム。イスラエルが首都と主張していますが、各国の大使館は置かれていません。そしてエルサレムには、ユダヤ教とキリスト教とイスラム教の遺跡がたちならび、おおくの信者と観光客を呼びよせています。なぜエルサレムは3宗教の聖地となったのでしょうか?その歴史を、各宗教の特徴もふまえながら、ひもといてみましょう。

エルサレムとユダヤ教はこうして生まれた

「エルサレム」の語源

地中海と死海とヨルダン川にはさまれた地域は、パレスチナ地方と呼ばれ、はるか昔からいろいろな部族といろいろな人々が住んでいました。
そのうちのひとり、アブラハムという初老の男はある日、神から呼びかけられて、幼い息子を生贄にささげるようにと言われました。
アブラハムは神のお告げどおり、神の指定したサラムという地の丘の上に祭壇をつくり、息子に向かって刀をふりおろそうとしました。
そのとき神がアブラハムに呼びかけて、「いまこそわたしは、君が神を畏れる者であることを知った」と言い、息子の代わりに、生贄用の羊をアブラハムに渡しました。
そして神はアブラハムに、お前とお前の子孫にこの地を与えると告げました。

やがてアブラハムの子孫たちがユダヤ人となりました。
ユダヤ人たちの聖典によれば、このアブラハムこそ、唯一神ヤハウェと最初に契約した人間です。
そしてユダヤ人たちは、アブラハムが息子をささげようとした地を「(神が)準備したサラム」、かれらの言葉で「イルエ・サラム」と呼びました。
これがエルサレムの語源です。
なお、語源には諸説あって、「サラム神の礎」の意味で「エル・サラム」から来たのだという説もあります。

ちなみに、古代ユダヤの言葉には子音しかないので、かれらの神の名は「YHVH」が正しい表記です。
母音のつけ方によって「ヤハウェ」と呼んだり「エホバ」になったりします。

ダビデ・ソロモン王と神殿の丘

時代がくだると、ユダヤ人たちはエジプト王朝の支配をうけ、エジプトで奴隷生活を送っていました。
紀元前13世紀、ユダヤ人たちはモーセという指導者にひきいられて、エジプト脱出をこころみます。
途中モーセは海を割ったり神のお告げを聞いたりしながら、ユダヤ人たちをみちびいて、ついに神がアブラハムの子孫に与えた約束の土地、パレスチナに到着します。
ユダヤ人たちはパレスチナにいた人々を平定して、定住します。
そして紀元前1000年ころ、ダビデという英雄があらわれて、12部族にわかれていたユダヤ人たちを統一し、パレスチナ一帯に王国をつくりあげました。
ダビデ王は首都をエルサレムにさだめ、エルサレムは王国の首都として繁栄しました。
この時代の遺跡は「ダビデの町国立公園」としていまものこっています。
またダビデ王の墓はシオン山にあります。

つづくソロモン王の時代に、王国は最盛期をむかえます。
ソロモン王は、アブラハムが息子を神にささげようとした丘の上に神殿を築きました。
この場所がエルサレムの「神殿の丘」です。
しかしソロモン王が死ぬと、王国は南北に分裂します。
北の王国は前722年に滅亡、そして南のユダ王国も前586年、バビロニアによってほろぼされます。

バビロニア国王のネブカドネザル2世は、ユダヤ人たちをバビロニアの首都バビロンに連行します。
異国の地で捕らわれの身となったユダヤ人たちは、たとえ異国に住もうともみずからのアイデンティティをたもつため、自分たちの宗教を見直し、改革します。
こうして、ユダヤ教が誕生しました。

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