一生に一度はおとずれたい!絶景の秘境、九寨溝の歴史と見どころ

中国の四川省北部の山中にある九寨溝(きゅうさいこう)。その神秘的な景観から、世界自然遺産に登録され、また近年では中国西部随一の観光スポットとしておおくの観光客がおとずれています。「こんな景色は見たことがない」「生きているうちに見れてよかった」と、満足度もたかい景勝地です。今回はこの九寨溝の成り立ちと見どころ、そしてそこに暮らすチベットの人々の歴史を紹介しましょう。

九寨溝ってどんなところ?

九寨溝ってなに?どこにあるの?

九寨溝ってなに?どこにあるの?

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九寨溝とは渓谷の名前です。
四川省の北部、標高2000メートルから4500メートルの山々にかこまれた場所に、九寨溝はあります。
中国名は「九寨沟(ジウジャイゴウ)」。
この呼び名は、ちかくにチベット族のちいさな集落(山寨)が9つあったことに由来します。
国の認める景勝地のひとつであり、正式名称は「九寨溝国家級風景名勝区」といいます。

九寨溝は、四川省内のアバチベット族チャン族自治州に位置します。
アバとは、チベット語の「ガパ」あるいは「ガワ」に由来し、いずれも「収穫」を意味します。
またチャン族とは中国に55ある少数民族のひとつです。
中国の行政区分ではチベット族と同列の少数民族とされていますが、チベット族の分派ともいわれています。
この自治州には、45万人のチベット族と、15万人のチャン族、そして23万人の漢民族が暮らしています。

このアバチベット族チャン族自治州の北東部に、九寨溝があります。
近年までずっと、現地の住民以外はだれも知らない秘境でしたが、20世紀後半の森林伐採によって発見され、またたくまに有名な景勝地となりました。
1992年には「九寨溝の渓谷の景観と歴史地域」として、ちかくの黄龍(こうりゅう)とともに、世界遺産に登録されました。

九寨溝の見どころは?

九寨溝の見どころはなんといっても、その神秘的な景観です。
とくに大小100以上の湖の、青く透きとおった湖水は、見るものをかならず魅了します。
幻想的なエメラルドグリーン、水底の倒木まではっきり見える透明度、周囲の木々と空をうつすおだやかな水面、そして圧倒的にひろがる山々と空……。
信じられないほどの景色が目の前にひろがります。

また九寨溝には瀑布とよばれる横長の滝もいくつかあり、白い布のように水が流れおちる様はまさに絶景。
日本ではめったに見ることのできない景色です。
周囲の山々は四季によって姿を変え、冬には雪景色を、春には新緑を、夏には鬱蒼としげる深い緑を、そして秋には紅葉を楽しむことができます。

こうした景観をもとめて、日本からも毎年おおくの観光客が九寨溝をおとずれます。
「どこまでもつづくブルーと大陸ならではの圧巻の景色」「日本の裏磐梯を1000倍すごくしたところ」「絶景の連続に息をのむばかり」「一生に一度は見て」など、じっさいにおとずれた場合の満足度がとても高いのも特徴。
中国西部に行くなら、九寨溝は外すことのできない必見スポットです。

九寨溝の自然はどうやってつくられた?

かつて九寨溝は海の底だった

かつて九寨溝は海の底だった

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九寨溝の自然にふれると、こんな神秘的な風景がどうやってつくられたのか、不思議になりますよね。
現地の伝説では、天上で女神が鏡をつかって悪魔と戦ったとき、あやまってその鏡を地上に落としてしまい、割れて分かれていまの湖がつくられたと伝わっているほど。
そこでまずは自然の成り立ちから、九寨溝の歴史の説明をはじめていきましょう。

2億年以上前、まだすべての大陸がひとつだったころ、九寨溝は海の底にありました。
海底にはサンゴや貝など、石灰質の殻をもつ生物の死骸が堆積し、ゆっくりかたまって、石灰岩となっていきました。
やがて地殻変動によって大陸は分裂し、同時に九寨溝のある場所はもりあがって、地上に出てきました。

約9000万年前、南のゴンドワナ大陸からインド大陸が分裂します。
インド大陸はゆっくりと北上して、やがて約5000万年前に、ユーラシア大陸とぶつかりました。
ぶつかった後もインド大陸はユーラシア大陸の下にもぐりこんでいったので、衝突場所が上に押しあげられて、ヒマラヤ山脈やチベット高原になりました。
その東では、しわをつくりながら大地が押しあげられ、たくさんの山脈が形成されました。
こうして九寨溝は山脈のなかに位置する高地となりました。

透明度が高いのは炭酸カルシウムのおかげ

約300万年前からは、何度も氷期がおそいました。
山脈は氷河によって削られ、九寨溝をはじめとするたくさんの渓谷がつくられていきました。
やがて氷期がおさまると、渓谷には、炭酸カルシウムをおおくふくむ水が流れこむようになりました。
石灰岩は水に溶けやすく、水中にたくさんの炭酸カルシウムを放出するからです。

とくに九寨溝には、おおくの炭酸カルシウムをふくんだ水が地下から湧き出していました。
炭酸カルシウムは水中のチリやホコリを吸着して沈殿し、水の透明度を上げます。
また倒れた木々はつめたい地下水と炭酸カルシウムによって、腐食することなく、水底に残りつづけます。
そしてこうした沈殿物や木々によって、地下水が地表でせきとめられ、おおくの透明な湖を形成していったのです。

いまでも九寨溝の湖は炭酸カルシウムをたくさんふくんでいます。
湖水がおどろくほど透明なのも、このおかげです。
また透明度が高いと水は青くみえますが、光の当たり方によって、エメラルドグリーンになったり、深い青になったり、周りの木々を鏡のようにうつして緑色になったりします。
1日のなかでもいろんな表情をみせるのが九寨溝の特徴のひとつです。

九寨溝の歴史はチベットと中国のまざりあい

九寨溝周辺のチベット部族、羌と氐

九寨溝周辺のチベット部族、羌と氐

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九寨溝はチベット高原の東端に位置し、東や南はすぐ中国の平原です。
そのため九寨溝は歴史上つねに、チベットの人々と中国文明とがぶつかりあい、またまじりあう土地でした。
その結果、九寨溝はチベットの人々がおおく住みながらも、中国文化も多量にまじった、特徴ある地域となったのです。
ここからは、そんな九寨溝の歴史を見ていきましょう。

広大なチベット高原には、いつのころからか、インドや中国などからやってきた人たちが住みつくようになりました。
古代中国王朝の殷(商)の文献に記述があるので、すくなくとも紀元前11世紀以前にはいくつかの部族にわかれて暮らしていたようです。
九寨溝周辺にはふたつの部族があって、中国人はかれらのことをそれぞれ「羌(きょう)」「氐(てい)」と呼んでいました。

形からもわかるとおり、羌という漢字は「羊と人」という意味です。
おそらく山の中で羊とともに遊牧生活をしたり、また狩猟をしたりしていたのでしょう。
九寨溝周辺ではいまでも、農業のかたわら牧畜をする人もおおくいます。
氐とよばれた部族もまたおなじような暮らしぶりだったと推測されます。
この羌・氐という2部族の勢力は、九寨溝とそれより西の広大な山間部にひろがっていました。

古代中国の歴史に深くかかわった羌と氐

紀元前5世紀末から、中国では戦国時代をむかえます。
この時代に、九寨溝は戦国七雄のひとつ、秦の領土に組み入れられました。
これ以降、九寨溝の人々は中国王朝の支配のもとで暮らします。
秦がやがて中華を統一し、漢がそれにつづいてからも、九寨溝は中国の勢力範囲内にとどまりました。
三国時代には蜀の勢力範囲でした。

いっぽうで、九寨溝から西においやられた羌と氐の部族は、それぞれ王をいただく国となって、独自の道をあゆんでいました。
やがて紀元220年に漢王朝が滅亡すると、羌と氐は中国の歴史に積極的にかかわっていきます。
三国時代には、魏の曹操に反乱をおこしました。
曹操にやぶれてからは、蜀の国内で一定の勢力をたもちました。

三国時代ののち、中国内の王朝が衰退すると、羌と氐は北の匈奴などとともに平原に進出し、王朝を建てていきました。
これがいわゆる「五胡十六国時代」です。
しかしこれらの王朝はひどく短命でした。
また中国の中心に進出して、中国文化を受け入れたことで、羌と氐はみずからの独自性をなくしていきました。

そしてこれ以降、羌と氐は歴史の表舞台から姿を消します。
ただ、いま九寨溝などに暮らすチャン族は羌の末裔だとも言われています。
チャン族の漢字表記は「羌族」です。

中世・近代の九寨溝の歴史は……

チベット仏教がおこり、浸透していく

チベット仏教がおこり、浸透していく

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紀元589年、隋が中国を再統一し、29年後には唐がそれにとって代わりました。
おなじころ、広大なチベット高原ではたくさんの部族が統一されて、吐蕃(とばん)が建国されました。
建国者はソンツェン=ガンポ。
かれは建国と同時に、それまでのボン教とよばれる土着の宗教に代えて、インドと中国から仏教を輸入しました。
これがチベット仏教のおこりです。
これ以降チベットは仏教国となるので、ソンツェン=ガンポはいわばチベットの聖徳太子といえます。

それから中国王朝と吐蕃は、領土をめぐってひんぱんに争いました。
九寨溝をふくむ一帯もまた領土争いの場となり、隋・唐・宋という時代をつうじて、たびたび隷属関係を変えました。
やがて13世紀にモンゴル帝国がおこると、九寨溝一帯もチベット高原もモンゴルの支配下となりました。
第5代皇帝フビライ=ハンのもと、チベット仏教は手厚く保護されて、ひろく浸透していきます。

ちなみにチベット仏教には独自の仏具があります。
手のひらサイズの車輪に経典を入れて回すとお経を読むのとおなじ効果があるといわれる「マニ車」や、「タルチョー」とよばれる五色の旗などです。
九寨溝でもよくみかけます。
ただ九寨溝では土着のボン教のほうがさかんなので、チベット仏教とはちがって、マニ車を反時計まわりにまわします。

中国の「内地」となった九寨溝

14世紀にモンゴルの大帝国がほろびると、中国では明が、つづいて清が勃興します。
いっぽうチベット高原では、チベット仏教の各宗派がいれかわりたちかわり政権についていきました。
そして17世紀にはゲルク派のダライ=ラマ5世がトップに立ちます。
これ以降、チベットの指導者は観音菩薩の化身として、ダライ=ラマの称号を引き継いでいきます。

九寨溝一帯もふたたび領土争いの場となりました。
18世紀初頭にはチベットに属していましたが、1723年、ときの清朝皇帝である雍正帝が侵攻し、九寨溝はじめ広大なチベット高原全体を支配します。
そして雍正帝はチベット高原の西部をダライ=ラマが治める自治区とし、九寨溝などのある東部を直轄領として、分割しました。
こうして九寨溝は、チベット人の居住地でありながら、中国の「内地」とされたのです。

現在、九寨溝のあるアバチベット族チャン族自治州は四川省の中にありますが、伝統的なチベットの地理区分では「アムド地方」とよばれる地域の東南部にあたります。
雍正帝がおこなった分割によって、九寨溝はチベットから切り離されたのです。
そしてこの分割政策は、のちの中国にも引き継がれていきます。

現代になってやっと九寨溝が「発見」される

中国のチベット支配と九寨溝の「発見」

中国のチベット支配と九寨溝の「発見」

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1949年に中華人民共和国が誕生すると、すぐに人民解放軍がチベットに侵攻します。
中国政府はときのチベット指導者ダライ=ラマ14世を屈服させて、チベット高原の西側を自治区とし、東側を四川省や雲南省としました。
そして「内地」とされた四川省や雲南省では、社会主義への改革がすすめられました。

チベット人たちはこれに反発して、1956年にチベット動乱をおこします。
しかし人民解放軍によって大量の虐殺とともに鎮圧され、ダライ=ラマ14世はインドにのがれて亡命政府をたてました。
そしてこの後、九寨溝をはじめとするチベット各地には、おおくの漢民族が入植していきました。

このころ中国では「大躍進政策」が掲げられて、各地で人海戦術での開発がすすめられていました。
九寨溝の森の木々も、1960年代にかけて、大量に伐採されました。
そしてあるとき、ひとりの労働者が森の中に、青く透明な湖をたたえた美しい渓谷を発見します。
じつはこのときまで、九寨溝は地元のチベット人たちしか知らない秘境だったのです。
そしてこの「発見」によって、九寨溝はいっきに人気の観光地への道をたどります。

九寨溝の自然保護と観光地化

1975年、中国の農林水産省の作業チームが九寨溝をおとずれて調査します。
そして「九寨溝はゆたかで貴重な動植物を有するほか、世界でもまれにみる景勝地である」と結論づけました。
おなじ年、中国の林業科学院院長が九寨溝をおとずれて、その景観に衝撃をうけ、九寨溝の保護を四川省と政府にうったえます。
中国政府はすぐにこれを受け入れて、九寨溝周辺の伐採を禁止しました。

1978年には九寨溝に対する伐採が全面的に禁止され、2年後には国の保護区に登録されました。
こうして自然保護がすすむとともに、九寨溝の観光地化も急速にすすめられていきます。
中央政府によって国家級景勝地と認定され、管理局もつくられて、1984年からは観光地として本格的に営業を開始しました。
九寨溝のうわさはすでにひろく伝わっていたので、中国全土から観光客がおしよせるようになりました。

ちなみに九寨溝は、9つのチベット人の集落があることからこう名付けられたのですが、観光地化がすすむにつれて、集落の数ははんたいに減っていきました。
2017年現在では、3つの集落をのこすのみとなっています。
このうち樹正寨という集落は、お土産屋さんや飲食店がたちならぶ観光の町となっています。

世界でここだけ?トリプルスリーの栄冠をもつ九寨溝

「世界自然遺産」と「生物圏保全区域」に登録される

「世界自然遺産」と「生物圏保全区域」に登録される

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観光地となってからも、九寨溝の自然は中国政府によって手厚く保護されていきました。
こうした取り組みとその景観が認められて、1992年、九寨溝はユネスコによって世界自然遺産に登録されました。
世界遺産になったことで、九寨溝の名はさらに知れわたり、世界中から観光客がおとずれるようになりました。

また、くりかえしおこなわれた調査の結果、九寨溝には貴重な動植物もたくさんいることが確認されました。
標高が高いため、めずらしい高山植物が色とりどりの花を咲かせます。
またジャイアントパンダや、孫悟空のモデルといわれるキンシコウという猿など、めずらしい動物も暮らしていました。

これらの多様な生態系と、人間との共生がはかられていることから、1997年、九寨溝はユネスコによって「生物圏保全区域」にも登録されました。
これは世界自然遺産よりも、生態系と人間との共存関係によりポイントをおいた制度です。
日本では志賀高原や、屋久島・口永良部島などがこの生物圏保全区域(日本では「ユネスコエコパーク」とも呼びます)に登録されています。

「グリーングローブ21」にも認定される

観光客がさらに増加すると、九寨溝の管理局は渓谷ぞいに木の歩道をつくったり、天然ガスを利用した低公害型のグリーンバスをはしらせたりと、観光と自然の両方に配慮した取り組みをしていきます。
また九寨溝の道路ぞいには、たくさんのホテルや飲食店、演芸館がつくられました。
演芸館では、チベット仏教の説話にもとづいたダンス劇や、ソンツェン=ガンポのもとに嫁いだ文成公主という女性の故事などが上演され、チベット文化にもふれることができます。

こうした観光業が評価されて、九寨溝は2001年、国際的な認証制度である「グリーングローブ21」に認定されました。
グリーングローブとは世界的な認証機関で、ホテルや観光地などに国際標準の評価をあたえ、エコツーリズムを推進しています。
この制度に認定されたことで、九寨溝は3つの栄冠をもった、世界でもまれな観光地となりました。
いま九寨溝には、美しい自然と貴重な動植物とチベット文化をもとめて、おおくの観光客や研究者がおとずれています。

以上、九寨溝の歴史をみてきました。
このように九寨溝はすばらしい景観をもつだけでなく、チベットと中国が絶えず交差した複雑な歴史ももっています。
世界遺産の登録名が「九寨溝の渓谷の景観と歴史地域」となっているのもこうした理由です。
つづいて、こうした九寨溝の見どころを紹介しましょう。

九寨溝のおススメの見どころ

撮影スポット「諾日朗瀑布」、九寨溝一絶の「五花海」

撮影スポット「諾日朗瀑布」、九寨溝一絶の「五花海」

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九寨溝の渓谷はY字型になっていて、長さは南北に約30キロにもおよびます。
渓谷ぞいに点在する湖は「海子」とよばれていて、滝とともに観光スポットの中心です。
九寨溝は5つのエリアに分かれているので、それぞれの見どころを紹介しましょう。

まずY字の一本足にあたるエリアが「樹正景区」です。
ここは見どころの多い場所として知られています。
もっとも有名なのが諾日朗瀑布(だくにちろうばくふ)。
高さ25メートル、幅320メートルのおおきな滝で、記念撮影に人気のスポットです。
そこから下流には犀牛海(さいぎゅうかい)という海子があり、時間によって色の変化がおおきいことで有名。
さらに下流には、19の海子があつまった樹正群海、湖底の沈殿物を龍にみたてた臥龍海、水面のきらめくさまが火花にみえる火花海(かかかい)などの海子もあります。

Y字の右枝にあたるエリアは「日則景区」とよばれます。
ここには九寨溝を代表するみどころ、五花海(ごかかい)があります。
まっさおに透きとおった水、サンゴ礁のような湖底の倒木、時がとまったかのような静けさは、「九寨溝一絶(九寨溝にしかない)」といわれるのも納得です。
また日則景区には珍珠灘瀑布(ちんじゅたんばくふ)という滝もあり、マイナスイオンをたくさん浴びることができます。

広大な「長海」、あざやかな「五彩池」、盆栽のような「盆景灘」

Y字の右枝をさらに先端にすすむと、「原始森林景区」というエリアにたどりつきます。
ここの見どころは芳草海(ほうそうかい)とよばれる海子。
名前のとおり、湖の中には草がたくさん茂っています。
切り立った山にはまされているので、両側の雄大な山々はせまってくるかのよう。
ここは立ち寄る観光客も比較的すくなく、早朝などはとくにおススメです。

いっぽう、Y字の左枝にあたるエリアは「長海景区」とよばれています。
ここには九寨溝でいちばんおおきな海子である長海があります。
長さ8キロメートル、幅600メートルの長海の景観は、大陸の自然の雄大さを感じさせてくれます。
またそこから右手に行くと、九寨溝一のあざやかさをほこる五彩池。
その水の色はまるで南国の海のようです。

九寨溝の入り口にもどってくると、Y字の一本足のいちばん下にあたるエリアに「宝鏡崖景区」があります。
ここはいちばん最後におとずれる観光客が多いようです。
見どころは、浅瀬に生えるツツジや松などの木々がまるで盆栽にみえる盆景灘(ぼんけいたん)。
石灰岩がつくった自然の棚田のような浅い湖に、木々が点々と生えているさまはまるで庭園のようで、心癒されます。
またここにはほかにも、鏡のようになめらかな巨大な一枚岩の宝鏡岩などがあります。

九寨溝に行くなら動植物や近くの見どころも堪能しよう

九寨溝のめずらしい動植物

九寨溝のめずらしい動植物

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九寨溝はバスをうまく使えば一日でまわることもできますが、できればひとつひとつ、時間をかけてゆっくり観光したいところ。
とりわけ日程に余裕があれば、海子や滝のながめをたっぷり楽しむとともに、動植物にふれたり、べつの見どころまで足をのばして堪能したりしてみましょう。

九寨溝は希少な植物の宝庫で、周辺には約3000種の植物があるといわれています。
7月から8月にかけては、めずらしい高山植物がいっせいに花を開きます。
あわい青が美しいブルーポピーや、メコノプシス科のケシ、またキンポウゲやアツモリソウ、エーデルワイスといったおなじみの植物まで。
九寨溝を歩くときには、足元の植物にもぜひ目をくばってみてください。

また九寨溝にはさまざまな動物も生息していて、そのうち27種は中国の国家重点保護動物に指定されています。
もっとも有名なのはジャイアントパンダ。
四川省全体で1000頭あまりしかいないので、めったに見ることはできませんが、かつて九寨溝でパンダが水を飲んでいたという湖は「パンダ海」と名づけられています。
ほかにもキンシコウや藍馬鶏など、九寨溝にはめずらしい動物がたくさんいます。
運がよければ見かけることができるかも。

黄龍や松州古城にも足をのばそう

九寨溝から南へ70キロほど行くと、黄龍という渓谷があります。
九寨溝とともに世界自然遺産に登録された景勝地で、長さ7.5キロメートルの渓谷に、青い水をたたえたいくつもの湖を見ることができます。
とくにおススメは渓谷のいちばん奥にある棚田のような池のあつまり。
無数のお盆のなかにエメラルドグリーン色の水が注がれたような景観には、おおくの観光客が言葉をうしないます。

黄龍は九寨溝とくらべて長さがみじかいので、すべてを見るのにそれほど時間はかかりません。
九寨溝に旅行の際には、黄龍もぜひセットで見学してみてください。
ただ、みじかいといっても標高3000メートルの高地。
往復ともに歩くよりも、行きはロープウェイを使ったほうがいいでしょう。
ロープウェイは入り口から渓谷の最奥まで、8時半から17時半のあいだ運行しています。

黄龍からさらに南西30キロのところには、松州古城という、城壁にかこまれたちいさな町があります。
この松州古城は2300年前から、中国とチベットとの交易で栄えたところです。
唐の時代にはソンツェン=ガンポが文成公主を迎えにこの町までやってきたという言い伝えもあり、二人の仲睦まじい銅像が建っています。
チベットの民族衣装を売る店や、城門のライトアップもあるので、松州古城もぜひ立ち寄ってみてください。

九寨溝へのアクセスと宿泊

九寨溝へのアクセスは成都経由がおススメ

九寨溝へのアクセスは成都経由がおススメ

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九寨溝へ行くには、まず四川省の省都である成都を目指すのがいちばん便利です。
日本の主要空港から成都へは直行便が飛んでいて、成田空港からの場合6時間たらずのフライト。
また西安や北京などの中国国内や、ソウルや台北などを経由して行くこともできます。
ちなみに成都ではパンダの繁殖基地を見学したり、本場の四川料理を楽しめたりします。

成都から九寨溝へは、飛行機かバスで移動します。
飛行機の場合は成都双流国際空港から九寨溝黄龍空港まで約1時間、空港を降りてから九寨溝まではバスかタクシーで1時間半ほどの移動になります。
なおチャーターでない場合、空港から九寨溝までは乗合バスとなるので、定員にならないと出発しません。
また、成都からバスで九寨溝へ向かう場合は、10時間ていどかかります。

九寨溝に着いたら、渓谷内の移動は専用のグリーンバスです。
30キロもある渓谷なので、仮にすべて歩いてまわったら3日間かかります。
ただハイシーズンには観光客で車内はすしづめ状態。
最近は渓谷内専用のチャーターバスを貸し切るツアーも多いので、混雑がいやな人はチャーターバスのあるツアーを組んでいくといいでしょう。

九寨溝にはホテルがいっぱい

観光客のなかには九寨溝の魅力を満喫しようと、九寨溝で2日、3日とすごす人もすくなくありません。
そうした観光客向けに、九寨溝にはホテルが30件以上立ちならんでいます。
英語表記で「HOTEL」「INN」と出ていたり、中国語で「大酒店」「賓館」「青年旅舎」などと表記されていたりするのが、宿泊施設です。

宿泊施設のおおくは、九寨溝入口近くの省道ぞいにかたまっています。
入口から西へ約2キロにわたって、東へは約4キロにわたって、たくさんのホテルが集まります。
この省道ぞいには飲食店やお土産屋さん、劇を鑑賞できる演芸館やバスセンターなども立ち並んでいるので、ホテルから出てぶらぶら散策したい人にはおススメの場所です。
外資系のシェラトン九寨溝リゾートなどもこの省道ぞいにあります。

九寨溝の渓谷のなかにもいくつかホテルがあります。
また、九寨溝からすこし離れた場所にもホテルが点在し、おちついてゆっくりすごせます。
ちなみにホテルのなかには、チベット風の外観やおもてなしを特徴にしているものもあります。
予算や目的、日程や観光趣旨にあわせて、宿泊施設をえらぶといいでしょう。
ただ宿泊施設のおおくでは、オフシーズンである冬には全面休業したり、一部の施設が使えなかったりします。
宿泊先の情報をよくチェックしてください。

九寨溝を観光するときに気をつけること

いちばん混雑するのは10月初め

いちばん混雑するのは10月初め

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最後に、九寨溝観光のさいの注意点をまとめてみます。

まず観光に適した季節ですが、積雪のなくなる4月から11月中旬にかけてが、九寨溝のハイシーズンとなります。
冬でも入場は可能ですが、湖や滝の水量もすくなく、また積雪のためおおくの遊歩道が閉鎖されます。
春には山火事がおおいので、やはり遊歩道の制限があったりします。
夏は雨がおおいため、傘やカッパが必需品です。
そして秋になると紅葉が見ごろとなり、いちばん混雑します。
とくに中国の大型連休にあたる10月初めは人並みでごったがえします。

九寨溝の入場料は2017年現在、ハイシーズンで大人1名あたり220元、11月16日から3月31日のオフシーズンは80元です。
入場券は1日だけ有効となります。
また1日あたりの入場人数に制限があるので、とくに秋には夕方から行くと入れないことも。
早めの入場をおススメします。

九寨溝のなかの移動は専用のグリーンバスをうまく利用しましょう。
1日フリー乗車券はハイシーズンで90元、オフシーズンには80元です。
Y字の交点部分にはバスの乗り換え地点があります。
ちなみに乗り換え地点のすぐ近くには観光センターもあり、バイキング形式のランチを食べることもできます。

気になる高山病は……

九寨溝の観光で気になるのは、高山病です。
九寨溝黄龍空港は標高3500メートル、九寨溝の入口が標高2000メートル、渓谷のいちばん奥にある長海では標高3200メートルに達します。
ただ、健康で、かつ走ったりムリしたりしなければ、そんなに心配いりません。
空港などで携帯用の酸素ボンベも売っているので、心配な人は購入しましょう。
もし高山病の症状が出てきたら、すぐに休んでください。
それでも治らなければ成都などの低地まで早めに降りましょう。

服装は、季節にあったものを着ていくといいでしょう。
冬は冷え込みますが、1月の平均最高気温は4度前後と、そこまでの寒さではありません。
春には20度以上に気温が上がりますが、夜は10度以下になることもあるので、重ね着をこころがけましょう。
夏には基本、Tシャツ一枚でだいじょうぶです。
ただ雨がおおいので上にはおるものがあるといいでしょう。
秋も春と同様です。
また九寨溝の遊歩道は最高級の木材でしっかり整備されているので、歩きやすい靴であれば、それほど気をくばることはありません。

以上の点に気をつけて、九寨溝の観光を楽しんでください。

一生にいちどは九寨溝の絶景を見なくっちゃ!

いかがでしたか。
中国では「童話世界」とよばれて親しまれている九寨溝。
いろんな情報を書きましたが、旅行するときにはいちどすべて忘れて、ただただその美しい景観に見とれるのがいちばんの楽しみ方かもしれません。
なにはともあれ、まずは行ってみなくっちゃ。
感動的なよい旅を!
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