実は美女ではなかったクレオパトラ!?王として、女として生きた彼女の波乱の人生

公開日:2019/2/3 更新日:2020/2/3

クレオパトラという名前を聞いて、どんな女性を思い浮かべますか?やはり、絶世の美女であり男性を次々と虜にしていったイメージを持つ方が多いのではないでしょうか。そんな彼女が実は美人ではなかったという説もあるんですよ。ではなぜ男性にモテたのでしょうか。そこには、エジプトを背負って立つ女王としての運命と、愛する男性に尽くした女性としての顔があったのです。今回は、クレオパトラの人生と彼女の歴史を彩った男性たちについて見ていきましょう。

クレオパトラと古代エジプト、プトレマイオス朝

私たちが知っている女王クレオパトラは、実際にはクレオパトラ7世と言います。
彼女は古代エジプト・プトレマイオス朝の最後のファラオとなりました。
プトレマイオス朝は、アレクサンダー大王の部下・プトレマイオスが大王の没後に起こった後継者戦争で生き残り、エジプトを拠点として打ちたてた王朝になります。

ここでファラオについて簡単にご説明しましょう。

ファラオとは古代エジプトの王の称号で、神権によって国を治めていました。
つまり神と同等の存在だったのですね。

古代エジプトのファラオで有名な人物と言えば、やはりツタンカーメンだと思います。
彼のミイラがどんな格好をしていたか、なんとなくイメージがおありでしょうか。
肘を曲げて腕を交差し、手首を胸の上に置いたものです。
これがファラオのポーズであるため、ファラオのミイラはみんなこの姿勢で埋葬されているんですよ。

古代エジプトについてもご説明しておこうと思います。

諸説ありますが、前3000年頃から前30年まで続いたエジプト王朝を指します。

長い歴史の中でいくつかの時代に分かれており、世界遺産として有名なギザのピラミッドは、前2500年頃の古王国という時代に造られていました。
女性ファラオ・ハトシェプストやツタンカーメン、最強のファラオと言われるラムセス2世などは、前1570年頃から前1070頃の新王国時代の人物になります。

こうした錚々たるファラオたちの歴史の最後に登場したのが、クレオパトラなのです。
彼女のプトレマイオス朝は末期王朝とも呼ばれ、前306年から前30年まで続きました。

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