江戸時代の最悪の法「生類憐れみの令」ってなぜおきたの?真実は?

公開日:2020/3/6 更新日:2020/3/6

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なぜおかしな法令と言われるようになったのか?

この法令の一番の目玉ともいえる「犬屋敷」こと犬を収容する「御囲(おかこい)」という施設。
これは綱吉が戌年生まれだからではなく、江戸にはびこる野犬が人々を襲う事件がひんぱんに起きていたために、野犬を収容して人々(特に子供)を守るための施設だったのでした。
しかしなぜこんな悪口を言われたのかというと、その一番大きかったという中野は、今の東京ドーム20個という広さで、元々住んでる人を追い出して作り、エサ代も維持費も税金からまかなったので、庶民から「人間より犬が大事か!」と大ブーイングが起きたからだったのですね。

この犬小屋に対して「水戸黄門」で有名な水戸藩主「徳川光圀(とくがわみつくに)」が、犬の毛皮を綱吉に送りつけたという批判をしています。
同じ徳川なのだから処分はされないよね~と思われる方も多いと思いますが、実はこの法令があった24年間で、処罰されたのは72件しかありません。
それもほとんど武士階級なのでした。
とはいえ、この犬の毛皮の話は出典がなく、創作という話もあります。

ドラマとかである、蚊を叩いて殺したからお役御免になったとか犬を殺したから死罪になったとかいうことはなく、病気の馬を捨てたり、鳥を鉄砲で撃ってそれを売って商売していた役人とか、けっこうまともな理由で処罰されています。

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