江戸時代の最悪の法「生類憐れみの令」ってなぜおきたの?真実は?

公開日:2020/3/6 更新日:2020/3/6

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綱吉の死、憐れみの令の終焉

綱吉は1709年1月10日に亡くなりました。

そしてその死と共にこの生類憐れみの令は廃止されました。
しかし、捨て子禁止令と病気の牛馬の遺棄の禁止は継続されました。
枝葉の動物愛護は廃止されて、根底の捨て子禁止令は残り、人を殺すことはとんでもないという考えは残ったのですから、結果的には成功した法令だったのかもしれません。

それなのに、なぜここまで言われるようになってしまったのかというと、綱吉の亡き後に政権をとった「新井白石」が自分の改革を良く見せるために、これみよがしに悪く記録に残したという説があります。

それだけではなく、テレビドラマ「水戸黄門」と「忠臣蔵」にも原因があるといわれています。
特に忠臣蔵を正当化してヒーローとして成立するには、この時代の悪の根源として綱吉は悪人として存在しなければならなかったのでしょう。
これは気の毒としか思えないですね。

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