ローマ時代の名残そのまま感じる、モロッコの「ヴォルビリスの古代遺跡」

ヴォルビリス遺跡には、全盛期には2万人もの人々が住んでいたと言われています。それぞれの家の床には色鮮やかなモザイク画が描かれていました。

ローマ時代の所要都市

ローマ時代の所要都市

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ヴォルビリスはマウレタニアのユバ2世の造った都市のひとつで、ローマ時代以前から存在しており、ワリリと呼ばれていました。
この名称はウラリリ(バラ色の月桂樹という意味)が変化したものです。
1世紀からヴォルビリスはマウレタニア・ティンギタナの司政長官の居住する都市となり、ローマ帝国の支配下にはいると、すぐにマウレタニアの主要都市のひとつになりました。

ヴォルビリスの古代遺跡の住所・アクセスや営業時間など

名称 ヴォルビリスの古代遺跡
名称(英語) Archaeological Site of Volubilis
住所 Route de Volubilis, morocco
営業時間・開場時間 9:00−12:00, 14:30−18:00
利用料金や入場料 20ディルハム
参考サイト http://whc.unesco.org/en/list/836
最新情報は必ずリンク先をご確認ください。

1874年から発掘される

1874年から発掘される

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ヴォルビリスは2~3世紀には油、麦、野生動物(ライオン、ヒョウ、象など)の取引で繁栄しました。
3世紀末、ベルベル系諸族の圧迫が強く町は衰退します。
789年、イドリース1世がこの町のイマーム(イスラームの導師)であることを宣言し、この町は再びワリリと呼ばれるようになりました。
フェズの建設で町はさびれ、やがて1755年の地震で完全に崩壊しました。
フランスのモロッコ全権大使ティソによりこの遺跡が発見されました。

鮮やかな色のモザイクが残る ヴィーナスの家

鮮やかな色のモザイクが残る ヴィーナスの家

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ヴォルビリスに残る邸宅は、すべて同じモデルに従って建てられており、どの邸宅にも応接間、個室、モザイク装飾のある中庭(パティオ)があります。
ヴィーナスの家には2つの大きなモザイク画が見られます。
1つはダイアナとアクタエオンの話の一場面で、狩猟の女神のダイアナがニンフと水浴びをしているところを、アクタエオン(人間の狩人)に見られてしまった場面です。
もう1つは、ヘラクレスとニンフ、メリティの息子とされるヒラスがニンフ達に訓練を受けている場面。

四季が擬人化されている ディオニュソスと四季の家

四季が擬人化されている ディオニュソスと四季の家

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北アフリカのモザイクや彫刻のモチーフにはワインの神様であるバッカス、ディオニュソスがよく見られます。
この部屋の上から3番目がディオニュソス、その周りにニンフ、そして丸い枠の中の顔が大きいものは四季の擬人像です。
秋の擬人像が頭につけているのはブドウの葉。

様々な動物と戦った様子が描かれている ヘラクレス功業の家

様々な動物と戦った様子が描かれている ヘラクレス功業の家

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ヘラクレスはギリシア神話の中で12の功業を果たしています。
メダイヨン(楕円の枠)の中に、その苦行の様子がそれぞれ描写されているモザイクです。
12枚のうち10枚の保存状態がよく、花柄の装飾や細かな飾りもはっきりと残っています。
このモザイクはかなり凝っていて、数字の4で整理されています。
様式化された楕円形と三角のメダイヨンに囲まれた四角形の中にヘラクレスの肖像があります。

眠れるアドリアネを見出すバッカス 騎士の家

眠れるアドリアネを見出すバッカス 騎士の家

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組紐の飾りで縁どられた六角形の中に描かれているのは、バッカスと恋人アドリアネです。
バッカスがナクソス島の海岸でアドリアネが眠っているのを見つけたギリシア神話の一部が描かれています。

保存状態の良いモザイク画 オルフェウスの家

保存状態の良いモザイク画 オルフェウスの家

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円形のメダイヨンの中には、写実的な野生動物や家畜が自然の中を飛びまわっている様子が描かれています。
神話では、オルフェウスの竪琴の技は非常に巧みで、彼が竪琴を弾くと、森の動物たちが集まり耳を傾けたとなっており、動物たちが集まって聞き惚れている様子がとても繊細に描かれています。

古代ローマのサーカス デザルターの家

古代ローマのサーカス デザルターの家

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デザルターとは、ギリシア語で馬から馬へ飛び移りながら2頭以上の馬をいっしょに走らせる運動技術を持った男のことをいいます。
古代ローマでサーカスの人気種目でした。
このデザルターの様子を描いたモザイクのように、ローマ時代の生活の様子が描かれたものもあります。

町の西ゲート カラカラ帝の凱旋門

町の西ゲート カラカラ帝の凱旋門

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この凱旋門は217年、カラカラ帝をたたえて司政長官マルクス・アウレリウス・セバスティアヌスが建立しました。
正面右手にはカラカラ帝の肖像が壁面に掘られています。
212年、当時の皇帝カラカラはアントニウス勅令を発布し、全属州の自由民にローマ市民権を付与しました。
そして、すべての属州民に課せられていた属州民税(収入の10分の1)がなくなったため、属州のヴォルビリスは財政の面で楽になり、属州民として市民権取得のためローマ軍に入らなくて済むようになりました。
逆に、ローマ本国は税収の減収にいたり、国家財政が苦しくなりました。

ゼウスを祀る神殿 キャピトル

ゼウスを祀る神殿 キャピトル

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ここにはゼウスが祀られています。
階段を上ったところの柱はほとんど修復されたもの。
柱の上には野生のコウノトリが巣を作ることもあります。

建物の中で最も大きい フォーラムとバシリカ礼拝堂

建物の中で最も大きい フォーラムとバシリカ礼拝堂

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フォーラムは市民の集会所として使われていました。
多くは町の南北と東西の幹線道路の交わるところにあり、近くにバシリカ礼拝堂、浴場、市場、ジュピターなどの主要な神々を祀る神殿がおかれるのも通例でした。
バシリカは、公的な会議、取引所、裁判所、市場として使われていました。
4列の列柱、3つの身廊(中央の通路)からなり、ローマが衰退してキリスト教が入ってくると教会施設になりました。

現在も続いている発掘作業

出土品の重要なものは、ラバトにある考古学博物館に保管されています。
ユバ2世の頭部像や、ベルベル人の青年の頭部像、ブドウの飾りを冠したラバの頭部などの価値の高い遺物が展示されています。
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