インド旅行なら「ファテープル・シークリー」は外せない!行き方、料金や営業時間は?

「勝利の都シークリー」を意味する「ファテープル・シークリー」は、ムガル帝国第3代であった皇帝アクバルによって建設された都市です。1986年には、ユネスコの世界文化遺産にも登録され、定番のインド観光地となっています。今回は、そんな「ファテープル・シークリー」の歴史やみどころを紹介していきたいと思います。

アクセスは?

アクセスは?

image by iStockphoto / 43756678

ファテープル・シークリーは、アグラ市街から約40km離れた場所の高台に位置しています。
車でおよそ1時間ぐらいですので、オプショナルツアーなどに申し込んで連れて行ってもらうのが安全でしょう。

遷都に合わせて建設された

遷都に合わせて建設された

image by iStockphoto

「ファテープル・シークリー」を建設したアクバル帝は、後継に恵まれずに悩んでいましたが、この地に住む、聖者サリーム・チシュティーに相談したところ息子を授かるだろうという予言をもらいました。
その後、息子を授かることができたアクバル帝は、当時のアーグラから遷都し、この地に都を作ったのです。
「勝利の都」という名前は、アクバルがグジャラート地方での戦いに勝利したことに由来していると言われています。

14年で捨てられてしまった都

14年で捨てられてしまった都

image by iStockphoto

ほとんどが赤左岸によって建設され、建築様式は土着のものとイスラーム建築の融合と言われています。
そんな歴史的価値の高い遺跡ですが、実際に使われていたのはたったの14年でした。
慢性的な水不足と猛暑のため放棄され、廃墟の街となってしまったのです。
使われた期間が短かったため、建物の痛みが少なく綺麗なまま保存されました。
これも世界遺産登録に繋がった一つの要因なのかもしれません。

宮殿地区

宮殿地区

image by iStockphoto

ファテープル・シークリは大きく宮殿地区とモスク地区に分けられます。
モスク地区の北東にある宮殿地区は、幾何学的なグリッド上に多くの建物が配置されていて、その軸線はメッカに向けられるためのものと言われています。
ここでは、王族たちが暮らしていました。
ヒンドゥー建築とイスラーム建築が融合した建造物が随所に見られ、宗教の融合を望んでいたアクバル帝の意思を具現化したものとなっています。

アクバルの謁見のための建造物、ディワーネ・ハース

アクバルの謁見のための建造物、ディワーネ・ハース

image by iStockphoto

ディワーネ・ハースは、アクバル帝が私的に謁見のために使用していた建物です。
2階の吹き抜け部分には、ブリッジが体格上に取り付けられており、アクバル帝は、このブリッジの交差部分に座り、一階で行われている賢人知者たちの議論を見ていたと言われています。
そのような光景を想像しながら遺跡内を歩くと、また違った見え方ができるかもしれませんね。

皇帝と国民が接する場所、ディーワーネ・アーム

皇帝と国民が接する場所、ディーワーネ・アーム

image by iStockphoto

広々とした中庭と、それを囲むように作られたアーケードが特徴のディーワーネ・アームは、国民と皇帝が接する解放された建物でした。
この場所で、象に踏み潰させる処刑が行われていたそうです。

アクバルの宮殿、ジョーダー・バーイー

アクバルの宮殿、ジョーダー・バーイー

image by iStockphoto

ジョーダー・バーイーは、アクバル帝の妃で、第4代皇帝ジャハーンギールの母でもあったマリヤム・ウッザマーニー・ベーグムの名がつけられた宮殿です。
他にも、「ハルカー・バーイー」や「ヒール・クンワーリー」という呼ばれ方をしていました。
マリヤム・ウッザマーニー・ベーグムの廟は、アクバル廟から1kmほど離れた地点に死後、約4年かけて建設されました。

強い存在感、パーンチ・マハル

強い存在感、パーンチ・マハル

image by iStockphoto

壁がないことから、納涼、展望、遊戯に使われていた建物と考えられています。
5層からなる構造が特徴で、宮殿地区の中でもひと際目立っており、強い存在感をしめしています。

特徴的な柱と梁がむき出しになった構造は、ヒンドゥー建築の様式で、イスラム建築には見られない様式です。
ここでは、人間を駒に見立てたチェスが行われ、アクバル帝を楽しませたという逸話が残っています。

モスク地区

モスク地区

image by iStockphoto

モスク地区は、ジャマー・マスジドが大部分を占めています。
ジャマー・マスジドの西側には、小宮殿群が並び、南側には公衆浴場もあります。
今はどちらも荒廃してしまっています。
西側の礼拝室は赤左岸によって作られており、インドの伝統的な建築様式とペルシアのアーチ構造が組み合わされています。
これは、宗教の融和を目指していたアクバル帝の考え方をよく反映したものと言えます。

金曜礼拝のためのジャマー・マスジド

金曜礼拝のためのジャマー・マスジド

image by iStockphoto

モスク地区の大部分を占めるこのジャマー・マスジドは、金曜礼拝をするための場所です。
ジャマー・マスジドはデリーにのちに造営されていますが、それに匹敵する規模で、中庭まで含めると、1万人もの人々を収容できたと言われています。

勝利の都「ファテープル・シークリー」

いかがでしたか?14年という短い期間しか使われなかった短命の都、ファテープル・シークリーについてご紹介してきました。
アグラ観光の際には、タージ・マハルだけでなくぜひファテープル・シークリーまで足を伸ばし、当時の人々の生活を想像しに行ってみてください。
photo by iStock