現在も実は世界恐慌の真っただ中?アメリカで起こった株暴落から始まった世界恐慌とはどんなもの?

日本にもバブル時代があったなんてちょっと信じられない気がする今日この頃。いつになっても、不況続きでなんだかうんざりしてきますね。1929年にアメリカで起こった世界恐慌ってどんなものだろう?もしかししたら、この不況を乗り越える術が見つかるかも?今回は、世界大恐慌の歴史について少しだけ触れてみたいと思います。

日本のバブル崩壊

日本のバブル崩壊

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1987年、1997年、2007年と10年周期に襲ってくる、世界を揺るがす株価の暴落。
この10年周期を考えると、今年2017年が世界経済を揺るがす、株の大暴落が起こる年になりますね。
くわばら、くわばら!

日本のバブリーな時代は、飲めや歌えやの日々を謳歌し、お金は天から降ってくるものと勘違いするほどの時代で、本当に華やかだったんです。
バブルとはよくいったもので、一瞬花を咲かせたと思えばいつの間にか泡のごとく消え散ってしまう、まさにシャボン玉のようなものでした。
このバブルを弾かせたのが、株の暴落でした。
1990年10月1日には、2万円割れという半値近い水準にまで落ち込み、1992年中ごろをピークに急降下していきました。
でもまだ、日本の人々はこれが長い苦しみになるとは思わず、「またすぐ景気は上がるよ!」と楽観視していたのです。

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これが深刻なバブル崩壊だと気が付いたのは、1993年に入ってからでした。
実は、バブル期は、1986年12月から1991年2月までの4年3か月を指しており、とっくに崩壊していました。
これで、分かるように、バブルの崩壊は急激にやってきたわけではなく、少しずつ進行していったのです。

ヨーロッパ三大バブル

ヨーロッパ三大バブル

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バブル崩壊を味わったのは、日本だけではありません。
世界最古のバブルといわれるオランダで17世紀に起きたオランダの「チューリップ・バブル」や18世紀にイギリスで起こった「南海泡沫事件」、同じく18世紀に起きたフランスの「ミシシッピバブル」が有名です。
これは、近世ヨーロッパ3大バブルと呼ばれています。

オランダの事件は、オランダを象徴するチューリップの球根に人気が殺到し、異常なほどハイランクの値が付いたというもの。
しかし、この価格は100分の1より更に下回り、オランダ経済を大混乱に陥れたものでした。
でも、これらは世界を巻き込むほどの不況には至りませんでした。
でも、この地球上で、世界規模の経済不況「世界恐慌」が起こっていました。
世界で一番初めに起こった世界恐慌は、1857年のアメリカでした。
でも、更に世界中を震撼させたのが、1929年に起こってしまった世界大恐慌なんですよ。

世界恐慌前のアメリカ

1920年代半ばのアメリカは「永遠の繁栄」と呼ばれるほどの経済的栄華を誇っていたのです。
ヨーロッパが主な戦場になった第一次世界大戦で自国の領土を無傷で終えたアメリカでは、鉱業や軍事部門が発展し自動車産業も目覚ましく成長しました。
これらにより、膨大な利益を得たのです。
これによって債権国になったアメリカは、世界中の金の内半分を手にしたといわれるほどでした。

世界大恐慌は、バブルなんて生ぬるいものではなく、本当に世界中が嘆き苦しむほどの悲劇でした。
世界恐慌の半年前のアメリカは、誰もが株を買える時代でした。
しかもハイリスクなローンまでして、株を楽しむ状態でした。
日本のバブルと同じで、自分たちの優雅な生活がいつまでも続くものと考えていたのです。
だって、疲弊したヨーロッパのお金が、どんどんアメリカに流入していたのですから。

ウォール街で始まった世界恐慌

ウォール街で始まった世界恐慌

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こんな夢のような日々が長く続くわけはありません。
そうです。
1929年10月24日に「暗黒の木曜日」と呼ばれる、アメリカから全世界を恐怖へと陥れた金融危機が起こりました。
ニューヨーク株式市場での株の大暴落でした。
1日で、30億ドルものお金が消え去るという金融市場最も恐ろしい事態は、アメリカのみならず世界中を不況の渦に巻き込んだのです。
これは、地球規模の経済破滅ともいえるのではないでしょうか?アメリカと密接な関係にあった日本は、もちろんこの経済不況のあおりを直に食らいました。

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先ほどご説明した、ハイリスクなローンは、ブローカーズローンと呼ばれるものでした。
このブローカーズローンにおける総額は、8年前の10倍近くになっており、株の暴落が起こると、この巨額のローンが破綻すると共に、金融危機に直結する状態でした。

イギリスの金融政策が生んだ世界恐慌

イギリスの金融政策が生んだ世界恐慌

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イギリスがこれまでに放出したお金を回収するために、9月26日に金利を大幅に上げるというものでした。
だって、今までヨーロッパに流れるはずのお金が、ニューヨークに流れてきたおかげで、ここまでの繁栄を手に入れていたんですもの。
それを取り返すとなれば、ニューヨークの経済は潤ったままとはいかないことは誰にでも分かることでした。

このイギリスの金利を大幅にアップ。
これはすぐさま結果となって現れました。
金利の高いロンドンにお金が流れ、アメリカの株は小刻みに下落していきます。
しかも、その日の朝に、ゼネラルモーターズの株が少し下がったことで売りが殺到したのです。
それを機に他の株価もどんどん売り出されました。
株価が下がったことを知ると人々がウォール街に押し寄せ、一時は治安維持のために警官が出動するほどでした。
銀行連合が株を買い動乱を沈めようとしましたが、情報伝達の遅れなどでそれは叶いませんでした。

世界恐慌で起こったこと

世界恐慌で起こったこと

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ここから、1300にも及ぶ銀行が倒産。
それに伴い物価はどんどん上昇していきました。
しかも、アメリカ国民の4人に1人が職を失うといった、異常事態へと進んでいきました。
この時の失業者数は1200万人だったとか。
この自国の産業を守ることに死守したアメリカは、世界各国から輸入する製品に高い関税をかけたのです。
日本をはじめアジア各国は、大打撃を受けました。

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アメリカに農産物など輸出できなくなったのです。
日本では、昭和恐慌が起こってしまいました。
ここから日本は破滅へと向かいます。
アメリカは、政府が経済に介入するなどニューディール政策を行い、イギリスとフランスは自給自足のブロック経済を決行。
ドイツは、人の自由より国家の利益を優先させるファシズムに走りました。
イタリアは幸運なことに、第一次世界大戦直後から経済不振に陥っていたために世界恐慌の影響はほとんど受けていません。
しかし、イギリスやフランスが行ったブロック化などは、第二次世界大戦の原因になりました。

世界恐慌を予想できたこと

世界恐慌を予想できたこと

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アメリカの1920年代は繁栄を謳歌した時代でした。
これは、永遠に続くものと、世界恐慌が起こることを疑いもしませんでした。
自動車、電機、住宅産業などは、ハイスピードで発展していきました。
しかし、農業などは衰退したのです。
経済や産業のバランスが崩れてしまいました。
これも世界恐慌の予兆といわれています。

この世界恐慌で有名な話があります。
ケネディ大統領の父、パトリック・ケネディは、ある時ウォール街の靴磨きの少年の話を聞いて、「これは危ない株の暴落が起こる」と察知したようです。
いち早くブローカーから足を洗い、実業家へ転身し、成功しました。
しかし、投資家の中には悪いやつもいました。
この暴落を察知したブローカーは、株の空売りなどで一儲けしたものもいたようです。
現在も、世界恐慌時代といえるのではないでしょうか?

世界を巻き込んだ経済不況を起こしたアメリカはやっぱり世界を牽引する国

世界を巻き込んだ世界恐慌は、ゼネラルモーターズのほんの少し株価が下がったことをマスコミの過剰報道したことにより起こったともいわれています。
ちょっとしたことが、第二次世界大戦の原因になるなんて、怖いことですね。
現在の私たちは、世界恐慌の真っただ中だと思います。
何か、解決方法はないだろうかと景気回復を望むばかりです。
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