台湾の歴史にはこんな日本人との関わりがあった

公開日:2020/3/6 更新日:2020/3/6

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かつて日清戦争で日本が勝利したことにより、清国から戦利品として台湾がもたらされました。日本は、荒廃していた台湾を統治すると共に成長に貢献したとされていますが、日本人が大好きな台湾の歴史ってちょっと気になりませんか?今回は、台湾の歴史についてご紹介したいと思います。

台湾の始まり

台湾は、氷河期時代以前は中国大陸と陸続きでした。
漢人はもとより、マレー・ポリネシア系の人々など他民族の島国だったようです。
この台湾は、1544年にポルトガルによって発見されました。
緑に覆われた美しい台湾島に感動したポルトガル船員により、「イリヤ・フォルモサ(美麗島)」と命名されました。
16世紀の明の時代には、近くを航行する船などの寄港地としたり、倭寇(わこう)という朝鮮半島や、中国大陸の一部、東アジア諸国で活動した海賊などの根拠地とされたり、かなり治安は悪かったようです。
清の時代の頃には、漢民族や日本人などの移住が始まりました。
この頃から中国に組み入れられたという見方もありますが、はじめて台湾を領有としたのは、オランダの東インド会社でした。

オランダによる統治時代

大航海時代は、ヨーロッパ各国が世界中を旅するようになり植民地化を進めた時代です。
台湾も同じ状態でした。
1624年にオランダ東インド会社は、大員(現台南市周辺)を弾圧しゼーランディア城という要塞を築いたのです。
1626年には、スペインも台湾北部に侵攻し要塞を建てるなどしましたが、すでにスペインの力は弱まっており、オランダが追い出しました。
オランダは、労働者として中国から漢民族を連れてきて開拓を進めました。
1644年に中国では明朝が滅亡し、生き残った鄭成功(ていせいこう)が明朝の威信をかけて、台湾にいるオランダを1662年に制圧しました。
この時に鄭成功は、台湾を「東都」と改名しています。
残念なことに清朝に攻撃され、鄭成功一族は3代で台湾統治に終焉を迎えました。
実質21~23年のことでした。
実は、清国と台湾の戦いは日本でも知られており、後に近松門左衛門作の人形浄瑠璃として「国性爺合戦」が作られました。

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