暗黒の中世から人々を解放した人間的文化!イタリアルネサンスってどんなものだったの?

ルネサンスは一般的に、「文芸復興」や「再生」という言葉で表現されています。古典古代の文化を復興しようとした芸術や思想の革新運動といったものです。宗教的政治の分裂から自由な発想を持った人々の力により14~16世紀にイタリアフィレンツェで花開き、ヨーロッパに波及したルネサンスとはどんなものか気になりませんか?今回は、ルネサンスとはどんなものだったのかを、触れてみたいと思います。

初期ルネサンスとはいったいどんなものだった?

初期ルネサンスとはいったいどんなものだった?

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中世のカトリック教会は異端排除など異なる宗教には厳しい存在でした。
イスラムが勢力を増し、世界の中心となったことにより、ギリシア古典の言語と文化に精通した人物がイタリアへと亡命してきました。
世界的に有名な三美神の彫刻など古代ギリシアの芸術も、イタリアへ流れ込みサンドロ・ボッティチェリなどによって、新しいスタイルの彫刻や絵画などに再生されました。

また、中世にイギリスやフランスなどで12,000以上の城が建てられていましたが、それらも、15世紀中ごろには、火器や爆薬が開発され、城壁なども防備の役目を果たさなくなり、城の優位は終わりを迎えました。

イタリアの都市国家ってどんなもの?

イタリアの都市国家ってどんなもの?

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独立した小さな国家の集まりだったイタリアでは、次第に独自の自治形態を発展させていきました。
フィレンツェに見られたような市民たちが指導者と議会を選ぶ共和国や、ミラノに代表される世襲の名門による公国が、代表例です。
ルネサンス期におけるイタリアは、職人たちが物を作り、商人がヨーロッパ全土に売りさばくという商人と職人の連携により繁栄しました時代でした。

ルネサンスの代表的なものには、ヴェネツィアンガラスやウルビーノのマヨリカ陶器、ミラノの鍛冶屋があります。
名門エステ家が統治したフェラーラは、文化の中心都市として繁栄。
富裕な銀行家メディチ家が治めたフィレンツェ最大のライバル的存在には、ヴィスコンティ家が統治するミラノ公国があり野心家国家と呼ばれています。
かの有名な、レオナルド・ダ・ヴィンチのパトロンとしても有名です。

華麗なるメディッチ家

華麗なるメディッチ家

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イタリアは、ローマ教皇と皇帝によって2分しており、教皇は中央イタリアに、皇帝は神聖ローマ帝国に君臨していました。
この時代においては、フィレンツェなど自治都市国家は、独立を保つのが難しい状態でした。
そういった中でも、芸術家や哲学者、文学者などを支援するパトロンとして、ルネサンス期に貢献したのがメディチ家です。
特に、フィレンツェを統治したメディチ家のロレンツォは勢いある存在でした。
町は繁栄し活気に満ち、イタリアルネサンスの巨匠たちが花の都と称されるフィレンツェの町を造り上げていたいのです。

莫大な資金を投じて最高の芸術家に絵画や彫刻の作製を依頼していました。
これがフィレンツェの黄金時代といわれており、イタリアルネサンスが花開いた瞬間でした。
フィレンツェ大聖堂をはじめフィレンツェの力の象徴であるライオンの像や貴重な古典ギリシャ語やラテン語による写本がたくさん所蔵されている、国立マルチャーナ図書館やラウレンツィアーナ図書館などが有名です。
現在も街を歩けば、至る所でルネサンス時代のお宝と巡り合うことができます。

郊外に建ちはじめた別荘と田園生活と芸術の進化

郊外に建ちはじめた別荘と田園生活と芸術の進化

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15世紀のイタリアの富豪たちは、夏を田舎で過ごすようになります。
彼らは、都会の喧騒と雑踏に辟易しており、また、疫病が流行ったこともあり、フィレンツェやローマ、ヴェネツィア近郊の田園地帯におしゃれな別荘を建てました。
16世紀の半ばになると、丘陵地の広大な土地を利用して、幾何学模様の庭園などを完備した別荘が建つようになります。
田園生活を描くことが流行となり、避暑地で過ごすという生活がはじまったのも、イタリアルネサンスの特徴です。

ルネサンスの芸術家たちは、古代ギリシアの美と調和と理想が数学的に基づいていることに気が付きました。
それとともに遠近法を使った絵画などが書かれています。
また、芸術における幾何学と数学の役割の追及も行われるようになっています。
レオナルド・ダ・ヴィンチ作の『最後の晩餐』が有名ですね。
他にも、ローマのスパーダ邸の中庭には、1652年にボロミーニ作「遠近法のアーケード」が造られています。

ルネサンス期のライバル

ルネサンス期のライバル

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レオナルド・ダ・ヴィンチがルネサンス期にフィレンツェにいたことは先ほどお話ししましたが、1482年からはミラノに活動の拠点を移していました。
1500年4月にフィレンツェに帰って間もなく、ライバルと出会います。
それは、ミケランジェロです。
ちょっと面白い逸話が残っており、1504年に彼らの優劣を試されるときが来ました。

改装される、パラッツォ・ヴェッキオ大会議場の壁画大作の作成依頼を2人にしています。
ミケランジェロは途中で、法王ユリウス二世の墓を作るためローマにいってしまい、ダヴィンチは書きかけた壁画を不慮の事故で絵の具が流れ修復不能となり、共に完成を見ることはありませんでした。
市民は2人の世紀の対戦が見られると思っていた分残念がったようです。
芸術家たちはお互いにライバル心を持って競い合い、ルネサンス期にたくさんの芸術が生まれました。
後に、この2人に加えラファエロは、盛期ルネサンスの三大巨匠と呼ばれています。

ルネサンス期のファッション

ルネサンス期のファッション

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ルネサンス期の衣装は富と地位のシンボルとして、中世とは比べものにならないほど贅沢になりました。
絹や毛皮など高価な素材が気軽に入手可能となったことも起因しています。
イタリアでは、他のヨーロッパに比べてファッションが重視されました。
政府が幾度も奢侈禁止令をだし、華美なファッションを法律で禁じるも効果はありませんでした。

1500年ごろの男性は、長髪で髭を剃ったスタイル、1520年ごろは短髪に顎髭、1600年ごろには、長髪と髭を剃ったスタイルに戻るという変化がもたらされました。
女性においては、金髪が流行し、1日中太陽の光を浴びて脱色するなど苦労したようです。
いつの時代もオシャレをするのは大変ですね。

天文学も画期的に進化したルネサンス

天文学も画期的に進化したルネサンス

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紀元2世紀にギリシアの天文学者プトレマイオスが宇宙について定義したころから、地球は宇宙の中心だという天動説が有力視されていました。
1543年のポーランドの天文学者コペルニクスが新理論を唱えました。
これは太陽が宇宙の中心で、地球をはじめ惑星はその周りをまわっているという地動説です。

この後にはガリレオ・ガリレイは、数個の惑星が木星のまわりをまわっていることを発見し、コペルニクスの地動説が正しいことを証明しています。
また、オランダからイタリアへ伝わった望遠鏡を参考に、世界初の完全な天体望遠鏡を造りだしています。
1610年代には金星の満ち欠けを観察し、金星が太陽の周りを回っているとの考えを表しています。

戦争と兵器

戦争と兵器

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15世紀のイタリアは、都市国家間の戦争でフランスからの執拗な攻撃により打撃を受けました。
16世紀には宗教戦争がヨーロッパ全土に広がり、火器と爆薬が大いに発達しました。
軍事技術者は兵器だけでなく、要塞や橋の建設という重要な役割を持つようになります。

レオナルド・ダ・ヴィンチは、ミラノの支配者に「巨大な石弓から戦艦に至るまで、何でも設計できる技師」と自選状で売り込みをしています。
実現していませんが、たくさんの多銃身砲を造っています。
他にも火薬入れや剣、戦士デッサンなどを書き、傭兵募集のポスターなどにも使われています。

印刷機の普及

印刷機の普及

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ルネサンス期で忘れてはならないのが印刷技術の開発です。
11世紀に可動活字が既に中国で使われていました。
1450年にはドイツのヨハネス・グーテンベルクが金属鋳造の可動活字を使い、本を丸ごと印刷しました。
これは、ワイン用の葡萄圧搾機の原理を応用して作った印刷機で、1日に約300枚を印刷したのです。
彼は、聖書も印刷しており、1200余りのページを2巻に纏めています。

書籍のコピーが安く素早くできる印刷機はすぐに広まりました。
1500年ごろには、ヨーロッパで1000を超える印刷所が作られています。

ルネサンスが残したもの

ルネサンスが残したもの

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16世紀を通じてヨーロッパに広まったルネサンスは、世界を新たな視点で見る自由や個人の考え方などを表しています。
17世紀に入っても、なおかつ、ルネサンスの業績は西欧政界を鼓舞し、影響を与えています。
シェークスピアの古典は、新しいものとして世に出回り、職人はアーティストと呼ばれるようになりました。
ニュートンやパスカル、デカルトなどが生み出した仕組みや研究哲学は、次世代に残したルネサンス時代の遺産といえるでしょう。

イギリスのケンブリッジ大学、ドン・キホーテなどのベストセラー文学、シェークスピアが書いた『ヴェニスの商人』や『ロミオとジュリエット』などの劇場再現なども、ルネサンスの遺産です。
他にも、ダヴィンチが描いた『モナ・リザの微笑』やニュートンの反射望遠鏡、ガリレオの仕事を受け継いだニュートンの科学的進歩などもルネサンスの温床と呼べると思います。
再生という意味のルネサンスは、現在も私たちの生活に息づき、感動を与えてくれています。

イタリアで始まったルネサンスという古典文化の復興運動は、ヨーロッパ各地に広まっています

北イタリアは地中海貿易で財を成した、フィレンツェなどの都市に住むパトロンたちによって、開花した文芸復古です。
ずらずらっとどんなものができてきたかをさらってきましたが、私たちの生活に密着したものが美しさという言葉を身に纏って発展していったものかもしれません。
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