イタリア旅のリピーターは要チェック!日帰りできるおすすめの美しい街7選

ヨーロッパ旅行で人気のイタリアは何度も行かれた方も多いのではないでしょうか。
ツアーや個人旅行でもよく行く都市はローマやミラノ、ヴェネツィア、フィレンツェといったところだと思います。
これらの都市には見ごたえのある建物や絵画、お買物と楽しみがいっぱいですが、ひとつ足を延ばして今までと違うイタリアを見てみるのもお勧めです。
地方によってそれぞれの特色のあるイタリアの中から、主要都市から日帰りや1DAYトリップできる美しい街を7つ、その歴史とともにご案内します。

イタリアの統一王国を作ったサヴォイア家の街・トリノ

イタリアの統一王国を作ったサヴォイア家の街・トリノ

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トリノはピエモンテ州の州都であり、東側にはアルプスが広がるミラノから北にある街です。

トリノの街といえば、日本人の私たちはトリノオリンピックで活躍した荒川静香さんを思い出しますね。
またてんとう虫のパッケージでおなじみのイタリアのジャンドゥーヤとチョコレートのお店カファレルもこの街で生まれました。

トリノには古代タウリニー人が住んでおり、ローマ共和国領になった時、アウグスタ・タウリノールムと改名されました。
トリノの名前の由来だと言われています。

フランスとスイスの国境に近いため、古代ローマ時代からアルプスを超えるための要所して整備されました。

歴史的にはフランスとの縁が深く、16世紀に一時的にフランスの領地になった後はサヴォイア家のものとなります。
スペイン継承戦争でオーストリア側についたサヴォイア家がフランスに勝利。

18世紀になるとサヴォイア家が婚姻によって得たシチリアとサルデーニャ島を交換し、サルディーニャ公国を設立。
トリノはその首都となり、イタリア統一後はイタリア王国の首都となっています。

サヴォイア家の栄華が詰め込まれた王宮たち

サヴォイア家か最も栄えた17~18世紀に建てられた王宮などが街内外に残っており、1997年に「サヴォイア王家の王宮群」として世界遺産に登録されています。

「サヴォイア王家の王宮群」には6つの宮殿と城と聖堂があります。

カステッロ広場に面したトリノの中心にある王宮は左右対称が印象的な建物です。
1660年頃にひとまずの完成を見ましたがその後約200年にわたって改築や改装が行われました。

マダマ宮殿は王宮のすぐ南側にあり、古代ローマ時代の建物の上に15世紀に中世の城館へ改築されました。
中に入るとローマ時代の遺跡の後を見ることができます。

ストッピニージ宮殿は郊外に狩猟用の宮殿として建てられました。
典型的なピエモンテ・ゴシックの様式で、中央の建物から左右に広がる作りはエレガント。
正面の屋根の上に雄鹿の像が設置されており、狩猟の館と主張しているようで可愛らしいく感じます。

マダマ宮殿の南側にあるカリニャーノ宮殿は初代国王ヴィットリオ・エマヌエーレ2世が生まれた宮殿です。

この宮殿は17世紀に設計された西側は赤みを帯びた色調の壁が印象的なファサード、反対の東側は19世紀に増築された白いファサードと2つの顔をもつバロック建築の名作と言われます。

ヴェルサイユ宮殿をモデルに作られたヴェナリア城は「ピエモンテのヴェルサイユ宮殿」と謳われ、夏の狩りのために1675年に建てられました。

内部のディアーナのガッレリア(大回廊)は、44の窓からの光が淡いクリーム色と水色の壁面と床のモノクロの大理石を照らし、とても美しいバロック様式の華麗さで私たちの心をとらえます。

そして、ヴェルサイユの庭園をモデルとした庭園もあり、城とあわせてその美しさを楽しむことができます。

トリノの中で1番高い丘の上にあるスペルガ聖堂。
1706年にトリノの戦いでフランスに勝利した記念に建てられ、バロック様式の聖堂として最も美しいと言われています。

美しい湖畔と優美なクルージングを楽しむマッジョーレ湖

美しい湖畔と優美なクルージングを楽しむマッジョーレ湖

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ミラノから北に上がっていくと現れるイタリアで2番目に大きい湖・マッジョーレ湖。

イタリアの北の州であるピエモンテ州とロンバルディア州のちょうど間にあり、北側3分の1はスイス領です。

この湖の楽しみは、多くの歴史のあるヴィッラと庭園をもった保養地を巡る小島へのクルージング。

観光の起点になるストレーザの街は国際的な保養地で、昔からたくさんの芸術家たちを魅了してきました。
30キロ離れたところには標高の高いモッタローネ山もあり、ヨットやテニス、水遊び以外にも冬はスキーも楽しむことができます。

ストレーザの街からはモッタローネ山へロープウェイで登ることができ、優美なマッジョーレ湖をアルプスを背景に見ることができます。

また、ロンバルディアの貴族ボッロメオ家が所有する優美な島々をめぐるクルージングの船が出るのもこの街からです。

ボッロメオ諸島のクルージング

ボッロメオ諸島のクルージング

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12世紀以来、貴族のボッロメオ家が領有してるベッラ島をはじめとする5つの島々を遊覧することができます。

個人所有のエリアなので、イベントなどがあるときには行くことはできませんが、基本的に3月~10月までの期間の間に解放されています。

ベッラ島はボッロメオ諸島の中で一番大きな島でもあり、ハリウッド映画の舞台にも使われるほど絵になる美しさを持つ島です。

17世紀に建てられたボッロメオ宮殿とその庭園がほとんどを占めています。
ロンバルディア・バロック様式の宮殿の中はフレスコ画をはじめとするたくさんの絵画やタペストリーで彩られています。

また、中にはナボレオンが滞在した部屋やムッソリーニが会談に使用した部屋や舞踏会の間など華麗な部屋のほかに、地下には凝灰岩で作られた洞窟をモチーフにした幻想的な部屋もあります。
17世紀ごろに流行ったこのような洞窟風(グロッタ風)の様式から「グロテスク」という言葉が生まれたそうです。

庭園に出ると10段の階段ピラミッドのようなイタリア式のバロック庭園が広がります。
階段の最上階には噴水があり、ボッロメオ家の紋章である白い一角獣が建っています。

湖から見ても美しい城壁やピラミッド型の庭園の姿を楽しめます。

ペスカトーリ島またはスペリオーレ島と地元の人たちが二つの名前で呼ぶ島がベッラ島の北西にあります。
こちらは名前から「ペスカトーリ(漁師)」の島だったようで、漁師の家々が並んでいましたが、現在はレストランやホテルなどが多くなっています。

マードレ島はとても静かで、ここにも18世紀に建てられたボッロメオ宮殿があり、17世紀の美術品が展示されています。
また、マリオネットの展示も豊富で、ベッラ島にあるマリオネット小劇場の収集品がこちらで展示されています。

中世から続く大学の街 パドヴァ

中世から続く大学の街 パドヴァ

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ヴェネツィアから南西に30キロ程度離れたところにあるパドヴァは、北イタリアでもっとも古い都市であるとされています。

パドヴァが中世の時代から有名なのは1222年に設立されたパドヴァ大学があったからです。
イタリアだけでなく、ヨーロッパ中の大学の中でも歴史が長く、このパドヴァ大学に縁のある教授や学生はとてもたくさんいます。
特に医療や自然科学の分野が有名で教鞭をとったダンテ、ペトラルカ、ガリレオ・ガリレイ。
卒業生にコペルニクスなどがいました。

この大学の建物自体も歴史があり1594年に作られた最古の解剖教室があるそうです。

そんな大学の医学部付属施設として、治療用ハーブを育てるために作られた世界最古の植物園があります。

この植物園は世界遺産として登録されており、1585年に植えられた棕櫚の木は1786年に訪れたゲーテも見て感動したそうで、その棕櫚の木は今現在も見ることができます。

贖罪のための礼拝堂

そんな歴史あるパドヴァでぜひ見ておきたい教会があります。

それがスクロヴェーニ礼拝堂です。

この礼拝堂はエンリコ・デッリ・スクロヴェーニという高利貸を営む一族のひとりからの出資によって14世紀はじめに建てられました。

当時、高利貸という仕事は過剰に利子を取ることからキリスト教では罪の深い職業とされていました。
その職業の者は地獄に落ちるとされ、高利貸の人々はその罪を赦してもらうため、教会への寄進をこぞって行っていたほどでした。

エンリコは特に生前に高い利子で財をなした父親と自分の贖罪のために、私財を投じてこの礼拝堂を建てて教会へ寄進したのです。

外観は大変シンプルな様相ですが、中に入ると美しい碧い天井と両壁にびっしりと書かれたフレスコ画が描かれています。

このフレスコ画は絵画史上たいへん重要な作品で、ルネサンス初期に活躍したジョットによって聖母マリアの一生が描かれています。

ジョットはフィレンツェの大聖堂付属の鐘楼「ジョットの鐘楼」の設計をした人物です。

1305年にこの絵画は完成。
ジョットは当時主流だったビザンチン様式の決められた描き方ではなく、現実的に三次元の空間表現などで人物を描きました。

正面の最後の晩餐ではエンリコ自身がマリアへ礼拝堂を捧げている様子も描かれており、現実の世界も混ざっているところもいかにもルネサンス的。

この表現方法は画期的で、ルネサンスの扉を開いた彼の代表作になります。

エンリコの神への思いと合わせて、ルネサンスの始まりを感じることができる礼拝堂です。

街全体が神に捧げられたような祈りの場 アッシジ

街全体が神に捧げられたような祈りの場 アッシジ

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イタリア半島のちょうど中心にある山間の地域にあるウンブリア州は「イタリアの緑のハート」と言われています。
その自然が豊かで穏やかな地域に、巡礼が絶えない小さな街アッシジがあります。

街はこの地方特有のうっすらとピンク色がかった石材で作られており、緑の中に浮かぶ優しいピンク色にホッとします。

11世紀にこの街に生まれた裕福な商人の息子が、愛と平和と清貧をもって神への奉仕を行うようになりました。
聖フランチェスコです。
彼の活動は法王からも修道会として認められます。
大変信仰心が篤く、彼の手足にはイエスが十字架に架けられた時に打ち付けられた場所が現れる聖痕があったといわれています。

彼の考えに賛同した人は庶民から貴族まで、ドイツやオーストリアからも修道会へ入る者もいました。

穏やかに平和に祈る場所

聖フランチェスコがなくなって2年後に着工されたのが、サン・フランチェスコ聖堂です。

斜面の上に立ってあることから上下に分かれた建築になっており、下部はロマネスク様式で上部はゴシック様式で作られいます。

1239年に完成した後はほぼその姿を変えておらず、1997年の大地震によって大きく破損したのですが、ボランティアによる修復工事が行われ、2000年にほぼ元の姿に戻りました。

この聖堂ではジョットをはじめとし、チマブーエやシモーネ・マルティーニなどの初期ルネサンスを代表する画家たちのフレスコ画を見ることができます。

また、アッシジには聖フランチェスコに心酔した貴族の娘キアーラを祀る教会もあります。
彼女はその身分を捨て、女子修道院クララ会を創立し、その信仰心とフランチェスコへの忠誠心から「もうひとりのフランチェスコ」と呼ばれ聖人となりました。
教会は白とバラ色の石灰岩で作られており、とても優しい雰囲気の建物です。

緑の丘の上に立つアッシジは巡礼者だけでなく、一般の観光客にも優しく門戸を開いてくれているよう。

アッシジを訪れた時には、2人の聖人の信仰心の美しさを感じつつゆかりの教会を訪ねていきましょう。

フィレンツェの永遠のライバル シエナ

フィレンツェの南にある古都シエナ。

この街は古来より金融業や商業を中心に栄え、12世紀ごろには北からローマへ向かう巡礼の中間地点として発展し、フィレンツェのライバルでした。

今でも世界最古の銀行と言われるモンテ・デイ・パスキ・ディ・シエナ銀行の本店があるのもこのシエナです。

銀行業だけでフィレンツェとライバルだったわけではなく、絵画などの文化でもよく比較されます。

また中世のイタリアの都市国家で巻き起こった教皇派と皇帝派の対立でもフィレンツェとシエナは対立。
これは「あちらが教皇派なら、うちは皇帝派」といった考え方からのようですが、ピサと同じく常にフィレンツェと対立する立場を選んできました。

しかし、15世紀になると黒死病が街の人口の半分を奪い、国力が亡くなったことから、フィレンツェの支配を受け入れることになりました。

この古都を象徴する美しい場所は2か所。

ひとつは市民たちが熱狂するパリオが行われるカンポ広場と白と黒の縞模様が印象的なファサードの大聖堂です。

世界一美しいカンポ広場

世界一美しいカンポ広場

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市民最愛のイベント・パリオのは年に2回7月2日と8月15日に開かれる競馬で、17地区のうち選ばれた10地区の代表の馬がレースに参加します。
市民たちはレースが終わると翌日から1年間の準備期間に入るほどの力の入れよう。

そんなレースが行われるのが市庁舎の前に扇形に広がるカンポ広場です。

市庁舎が扇の要の位置にあり、少し下にさがっているので横から見るとすり鉢のような形をしています。

普段は市民の憩いの場として人々が集い、緩やかな傾斜に寝転がって市庁舎横のマンジャの塔やプブリッコ宮殿と一緒に青空を仰ぎみて過ごすようなのんびりとした広場です。

広場の真ん中には「ガイアの泉」と呼ばれる噴水があります。
高台にあるシエナにとっては、戦争籠城の際に問題になっていた、必要な水を確保するためのものです。
サイフォンの原理を使って地下水路を作られています。

広場全体を見てみたい方にはマンジャの塔を登ってみることをお勧めします。
扇形の広場だけでなく、シエナの街全体とトスカーナの丘陵を楽しめます。

シエナの芸術がギュッと詰まった大聖堂

シエナの芸術がギュッと詰まった大聖堂

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シエナ特有の黒い石と白い石で造られた大聖堂はイタリアゴシックの典型で、12世紀中ごろから着手され200年かけて作られました。

その途中でもっと大きな大聖堂にしようと試みられましたが、財政不足によりその建築はストップ。
今もまだ建設途中のままの姿を留めています。

内部で特徴的なのは象嵌と掻き絵で描かれた床面装飾です。
普段は保存のために覆われており、8月から10月までしか公開されていません。

それぞれに美しいシエナ絵画と豪華な祭壇、そして美しい色彩のフレスコ画で全面彩られているピッコローミニ家の図書館など見ごたえがある大聖堂です。

シエナ派と呼ばれる絵画はフィレンツェルネサンス絵画とまた違った趣を楽しめます。

フィレンツェと合わせて訪れて比較するのも面白いと思います。

地中海の美しさを堪能するアマルフィ

地中海の美しさを堪能するアマルフィ

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日本でも人気のアマルフィは、ナポリの南側に飛び出た半島南側の海岸線の中心地。

東西に広がる海岸線はすぐそばに山が迫っており、山の斜面に必死で張り付いているような建物で作られた街が点在する地域です。

その中にあるアマルフィは古代ローマ時代からその存在が確認されており、この複雑な地形から外敵から守られていたと考えられています。

中世の時代になると海洋国家としてナポリ公国から独立し、アマルフィ公国となります。
このアマルフィ公国は9世紀から12世紀まで、ジェノバ・ヴェネツィア・ピサと合わせてイタリアの4大海洋国家として地中海貿易の中心的存在でした。

そして、アマルフィでは航海に関する法律「アマルフィ海法」が作られ、この法典が海洋に関する法の基盤となりました。

現代のイタリア商船旗や海軍旗に使われているアマルフィを含む4つ国の国旗が当時の隆盛を感じさせてくれます。

黄金に輝くアマルフィ大聖堂

黄金に輝くアマルフィ大聖堂

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そんな栄光を極めたアマルフィは今では明光風靡なリゾート地として観光客でにぎわう街になりました。

街の中心地はやはり大聖堂。
アマルフィ大聖堂は長い階段の上の高い場所にあります。
海から帰ってくる船乗りたちが遠くからでも故郷がわかるように海に向かって立っているのです。

この大聖堂は9世紀に作られましたが、7回も改修を行っており、そのたびにロマネスクやバロック、イスラムやゴシックなど様々な建築様式が混ざりあって、独自の建物になりました。
また、地下には地下聖堂があり、13世紀に十字軍の遠征で持ち帰った聖アンデレの聖遺物が奉納されています。

この大聖堂が最も美しいのは夕暮れ時。
地中海へ落ちていく華やかな夕陽が大聖堂の正面を照らすと黄金に輝いて見えるのです。

そして徐々に紫色の空が街を包んでいくまでの時間は、まるでアマルフィがたどった盛衰の時間を早回しにしてみているよう。

この時間を楽しむためにも、アマルフィに宿泊をしたいですね。

マヨルカ陶器が美しいカルタジローネ

マヨルカ陶器が美しいカルタジローネ

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古代ローマ時代から穀倉庫といわれるほど豊かな小麦の生産地だったシチリア島。
肥沃な土地であるがゆえに、さまざまな国に支配された歴史をもつことになりました。

この島の南東にある高さ600メートルの高台にカルタジローネはあります。
先史時代からこの地域では陶器作りが盛んでテラコッタなどの産地として有名でした。
9世紀ごろにシチリアを支配したアラブ人達がマヨルカ陶器の技術をこの街にもたらし、そこからはマヨルカ陶器の産地として現在まで街の経済を支えてきました。

15世紀末、スペイン支配の時にユダヤ人追放令が出され、多くのユダヤ人職人が離散し、経済的にも文化的にも大きく打撃受け、1671年には飢饉が街を襲い、2000人が亡くなったこともありました。

そんな中、1693年1月に起きたシチリアの大地震で街はほぼ全壊。
現在見られるバロック建築で再建され、その街並みはほかの街と合わせて世界遺産に登録されています。

再建されたバロック建築の街並みの中でひときわ目立つ街のランドマークとして有名なのが、サンタ・マリア・デル・モンテ階段です。

下から見上げると壮観!カラフルタイル142段

カルタジローネの街は1606年に旧市街地と新市街地を長さ130メートル・142段の階段で結ばれました。

この階段は1693年の地震で損傷し、1844年の改修を経て、戦後1954年に根本的にすべて作りかえられました。

まず、この階段の踏み板は、今なお噴火をし続けるエトナ山の溶岩で作られています。
エトナ山はカルタジローネの北西にあり、古代の時代から活動を続けている火山で、その被害はシチリア全体を襲うこともしばしば。
それの噴火の被害も街の歴史として残すためにあえて溶岩で作られたのです。

そして、階段の垂直部分はマヨルカ陶器のタイルで飾られています。
このタイルは当時活躍していた陶器作家のアントニーノ・ラゴーナが10世紀から20世紀のアンティークな柄から現代的な柄まで選び、デザインしました。
142段で同じデザインのタイルはありませんので、登りながらそのデザインをひとつずつ楽しむことができます。

夜にはイルミネーションが輝き、さらに見ごたえがあります。

この階段を下から見上げると、カラフルなタイルにこの街の歴史を感じてることができると思います。

都市にはない美しさを見に行きましょう

北の湖からマヨルカ陶器まで幅広い街をその歴史とともにご紹介してきました。

本当はまだまだご紹介したいほど。

イタリアと言えば、と浮かんでくる名所や絵画を堪能しただけでイタリアの旅を終えてしまうには、余りにももったいほど個性にあふれた地方の街があふれています。

今回は美しい建物や景色が見れる街をご案内しましたが、食べ物やお城などテーマを決めて回るのも面白い国です。

次回のイタリアへの旅の参考になったらとてもうれしいです!

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