【山口観光】日本の歴史に大きく影響した「西の京」山口の歴史的観光スポット15選

伊藤博文氏から安倍晋三氏まで多くの総理大臣を輩出した山口県は、若き維新志士たちの活躍や平氏と源氏最後の決戦の地、壇ノ浦も有名で、歴史に大きく影響をもたらした地です。今回は、たくさんある山口の歴史スポットから、15スポットを厳選してみました。少しだけ、お付き合いください。

山口ってどんなところ?

山口ってどんなところ?

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「おいでませ!山口へ」と柔らかい方言からは想像できないほど、さまざまな歴史に携わった山口県は、紀元前2~3年にはアジア大陸より文化の影響を受け稲作技術が始まっていました。
鎌倉時代には、周防国で大内氏が、長門国では厚東氏が権力を握り、大内氏は現在の山口市に京の都を模した街を造りました。
大陸文化などを多く取り入れ発展し、「西の京」と呼ばれるようになり、大内文化が花開きました。

しかし、厳島の戦いで大内義隆が討たれ、三本の矢で有名な毛利元就が中国地方全域を制覇しました。
関ケ原の戦いでは、西軍の豊臣側に就いたため、萩に居城を移しました。
一端、長州藩は、破綻しかけるほど財政が悪化しましたが、防長三白(ぼうちょうさんぱく)という萩藩の産物を収入源にして約100万石の実力を持つほど甦りました。

その後、藩校の明倫館から、吉田松陰や高杉晋作など優れた人材を輩出し、明治維新の中心的な地となっています。
廃藩置県後は山口県となり、大正期には瀬戸内沿岸地域で造船、化学などの工場が造られ、終戦後には石油化学コンビナートで繁栄しています。
もちろん、総理大臣の数も、1位は東京の13人ですが、2位の8人と数多く輩出しています。

#1 岩国城と城下町を結ぶ、見ているだけでも楽しい橋!錦帯橋

岩国城と城下町を結ぶ、見ているだけでも楽しい橋!錦帯橋

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日本を代表する木造建築の橋。
日本三名橋のひとつとされ、五連の反りが特徴で、大正11(1922)年には、国の名勝に指定されています。
見ているだけで楽しくなるこの橋は、慶長13(1608)年に岩国藩主吉川広家が岩国城を築き、城と城下町の間を流れる錦川に橋を架けたことが始まりです。

流されない橋を作るため試行錯誤を繰り返し、延宝元年(1673)に、現在の錦帯橋が完成しました。
老朽化による架け替えなどは行われるものの、昭和25(1950)年のキジア台風による大増水で流されるまで、約276年間流失することはありませんでした。
1953年に再建され、老朽化による架け替えは行われましたが、現在も美しい姿を誇っています。

#2 吉田松陰が維新の志士を育てた舎!松下村塾

吉田松陰が維新の志士を育てた舎!松下村塾

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天保13(1842)年に、吉田松陰の叔父、玉木文之進が私塾を開いたのが始まりです。
安政4(1857)年に吉田松陰が主宰となり、身分や階級に関係なく誰もが学べる私塾を作りました。
ここからは、久坂玄瑞、高杉晋作、伊藤博文、山県有朋など、歴史上に名を残した人物が育てられました。

木造瓦葺きの小さな小屋ですが、ここから巣立っていった人物の功績を考えながら見学すると、壮大な歴史ロマンを感じられます。
平成27年7月に登録された萩の5つの世界遺産のひとつとなっています。

#3 夜のライトアップが素敵な大内氏の栄華を語る!国宝瑠璃光寺五重塔

夜のライトアップが素敵な大内氏の栄華を語る!国宝瑠璃光寺五重塔

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華やかな大内文化に彩られた西の京、山口タウンにある国宝です。
応永6(1399)年の応永の乱で命を落とした大内義弘の菩提を弔うために建立されました。
和様式を主体に木を多く組んだ禅様と呼ばれる建築方法も取り入れられています。

大きく反り返った檜瓦葺きで、塔身部は上に向かって細くなっており、スタイルがいいのも特徴です。
大内文化の最高傑作と称されており、奈良の法隆寺五重塔や京都の醍醐寺五重塔と並ぶ日本三名塔の一つとなっています。

#4 美しい庭園と国宝の数々はため息もの!毛利氏庭園

美しい庭園と国宝の数々はため息もの!毛利氏庭園

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明治維新後、公爵となった旧長州藩の毛利元昭が建てた邸宅と庭園です。
大正5(1916)年の完成直後には、大正天皇が宿泊しています。
現在邸宅の一部は、毛利博物館として利用され、雪舟の代表作を含み国宝や重文など2万点が展示されています。

屋久杉の一枚板を使った板戸など贅沢な造りの邸宅と池泉回遊式庭園は一年を通して美しい景色を望め、邸宅、庭園、共に国指定の名勝となっています。
春は桜、秋は紅葉の名所としても有名です。

同じ防府市内には、日本三天神のひとつ防府天満宮もあるので、併せて訪れて天満宮の歴史と庭園の美しさを味わってみてはいかがでしょう。

#5 赤レンガ造りの日本最古の領事館!旧下関英国領事館

赤レンガ造りの日本最古の領事館!旧下関英国領事館

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領事館として使われた日本に現存する最古の建物です。
平成11(1999)年5月に国の重要文化財に指定されています。
駐日英国大使アーネスト・サトウの本国への具申により、明治34(1901)年に開設されました。
異国情緒漂う赤レンガ造りの重厚な建物も素敵ですが、内部もゆっくり見学できます。
レストランLizでは、伝統のアフタヌーンティをはじめ、ランチやディナーも堪能できます。

英国の人気キャラクター、ピーターラビットが公式キャラクターとなっており、下関と英国の絆をつないでいます。

#6 松陰が暮らした杉家の旧宅!吉田松陰幽囚ノ旧宅

松陰が暮らした杉家の旧宅!吉田松陰幽囚ノ旧宅

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吉田松陰が密航に失敗し投獄された野山獄を出た後に、杉家の旧宅にある、3畳半の和室で謹慎生活を送った場所です。
読書や著述に専念する傍ら、弟子たちに書を講じました。

孟子などを論じるようになり、その後、松下村塾へと発展しました。
松陰が過ごした小さな和室も必見ですが、21.4平方メートルもある、大きな建物としても見る価値ありです。
松下村塾と共に世界遺産に登録されています。

#7 山口県の金融史を展示する資料館!山口銀行旧本店

山口県の金融史を展示する資料館!山口銀行旧本店

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大正9(1920)年に三井銀行下関支店として竣工した、旧山口銀行の本店です。
御影石で作られた重厚な外観は、イオニア式とコリント式を組み合わせた柱頭や牛の頭の彫刻、櫛型のペディメントを備えた古典主義建築のファサードが美しい建物。

二層吹き抜けの内部は、周囲に歩廊を巡らしており、典型的な銀行建築を見ることができます。
現在は、やまぎん資料館として利用されており、山口県の金融史の資料や伝統工芸品が展示されています。

#8 錦帯橋と城下の絶景を望む岩国城

錦帯橋と城下の絶景を望む岩国城

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岩国藩主吉川広家が慶長13(1608)年に築城した、美しい白壁が印象的な3層4階造りのお城です。
現在建っているものは、昭和37(1962)年3月21日に天守構造図といわれる絵図を元に、鉄筋コンクリートで天守が建てられました。
平成18(2006)年には、日本100名城の74番に選定されています。

最上階から見る眺望は最高で、錦帯橋や岩国の城下町、瀬戸内海のみならず、晴れた日には四国まで一望できます。
最上階の床部分に古い地図が描かれており、現在の風景と見比べながら眺望を楽しめるんですよ。
また、内部では刀剣や書画などを展示しています。

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#9 日本初代の総理大臣!伊藤博文旧宅・別邸

日本初代の総理大臣!伊藤博文旧宅・別邸

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旧宅は伊藤博文が14歳から14年間を過ごした場所で、29坪という小さな木造萱葺の平屋建ての家です。
建物の内部には入れませんが、外から勉強部屋を見ることができ、庭には母に叱られて立たされたという出世石が残っています。
17歳の時に、この家から松下村塾に通い、吉田松陰の教えを受けました。
近くにある萩焼でつくられた陶像も見る価値ありです。

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別邸は、明治40(1907)年に東京都大井町に建てられた豪華な建物です。
玄関、大広間、離れ座敷の3棟を萩に移設しています。
旧宅と別邸は隣り合っているので、総理大臣になって成功をおさめた伊藤博文の栄華を感じとれます。

#10 萩藩の歴史を彷彿とさせる毛利氏居城跡!萩城跡指月公園

萩藩の歴史を彷彿とさせる毛利氏居城跡!萩城跡指月公園

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慶長9(1604)年に毛利輝元が築城した、毛利家の城です。
山の名前から指月城と呼ばれています。
城は明治7(1874)年に解体され、現在は堀と石垣が残るのみですが、指月山一帯は現在もかつての威厳を保っています。

桜の名所としても有名で、城の敷地内には志都岐山神社や旧三の丸にあった茶室「自在庵」を移設した、趣ある花江茶亭があります。

#11 壇ノ浦決戦の地!みもすそ川公園

壇ノ浦決戦の地!みもすそ川公園

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平安時代に長年にわたって争い続けた、源氏と平氏の最後の合戦地となった、壇の浦古戦場跡が現在は公園となっています。
壇ノ浦の合戦は、寿永4(1185)年3月24日に行われ、平氏が有利に進んでいましたが、潮の流れの変化により一気に源氏が盛り返し勝利しました。
ここにはその様子を物語る、源義経と平知盛の像が建っています。
また、攘夷戦争や下関戦争で使用された長州砲のレプリカも展示しています。

#12 武蔵と小次郎の熱戦を今に伝える巌流島

武蔵と小次郎の熱戦を今に伝える巌流島

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関門海峡に浮かぶ巌流島は、正式名称「船島」という無人島です。
慶長17(1612)年に剣豪として名を馳せた佐々木小次郎と武芸者だった宮本武蔵の熱戦が繰り広げられました。
約束の時間に遅れてきた武蔵は、舟の魯を削った木の剣で戦いを挑み、小次郎を倒したとされています。

この戦いの後、各地を放浪していた武蔵は、小倉の細川家に仕え晩年を全うしたようです。
また、黒田官兵衛にも仕えたともいわれています。
巌流島の名前は、敗者となってしまった巌流佐々木小次郎から付けられました。

#13 世界遺産の反射炉遺跡!萩反射炉

世界遺産の反射炉遺跡!萩反射炉

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椿東前小畑に位置する萩反射炉は、現在煙突部の遺構が残っています。
近世の反射炉として日本に現存するのは、静岡県の韮山反射炉と鹿児島県の旧集成館の3つのみです。
2015年に「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」として、世界遺産に登録されました。

この反射炉は金属溶解炉で、鉄製大砲の鋳造のために造られたようです。
炉は玄武岩とレンガを使用したもので高さは10.5mあり、基底は長方形で上部が次第に狭くなり、2本の煙突に分かれています。
試験運転の記録は残っていますが、本創業はされていません。

#14 商家や町家が残る200mの白壁が続く!柳井白壁の町並み

商家や町家が残る200mの白壁が続く!柳井白壁の町並み

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江戸時代に商都として栄えた、白壁と本瓦葺きの商家が200mも続く、街路に面した美しい街並みです。
この辺りは、岩国藩のお納戸と呼ばれており、当時の豪商屋敷の「商家博物館むろやの園」や国の重要文化財指定の旧油商家「国森家住宅」が見どころとなっています。

国森家住宅は典型的な商家の家造りで、館内は細部に至るまで当時のまま保存されており、江戸時代の商家の暮らしぶりを垣間見ることができます。
また、明治の文豪、国木田独歩の旧宅も合わせて訪れるのもおすすめです。

#15 レトロモダンな客車に乗って津和野までの旅!SLやまぐち号

レトロモダンな客車に乗って津和野までの旅!SLやまぐち号

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山口県には煙をもくもく上げながら蒸気機関車が、3~12月の土日祝を中心に走っています。
このレトロな列車に乗れば、新山口駅から津和野駅間の2時間の列車の旅を楽しめます。
明治・大正・昭和・欧風・展望車風などデザインが異なっており、優雅な気分を味わえます。

車窓からの景色は、田園地帯や山岳地帯など山口の自然を体感できます。
また、機関士さんが石炭をくべる様子も見学できます。
せっかく山口まで来たら、往時の旅の様子を満喫できるSLは、乗ってみる価値ありです。

早くから大陸文化の影響を受け、今の日本の礎を築いた人々を育てた山口県に訪れてみませんか?

山口県の歴史的観光スポットのご紹介は、いかがでしたでしょうか。
江戸時代の萩藩御用達の商人の家で日本最古級の菊谷家住宅や高杉晋作誕生の地など、まだまだご紹介したい観光スポットが目白押し。
ここは沖縄かと思わせるくらい美しい海景が見られる角島大橋や、関門トンネル、唐戸市場なども一緒に観光するのも醍醐味です。
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