「レ・ミゼラブル」の時代背景。ジャンバルジャンはなぜパンを盗んだ?

公開日:2019/3/22 更新日:2020/3/7

第二の人生を送っていた1823年のモントレイユ

 

第二の人生を送っていた1823年のモントレイユ

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ジャン・バルジャンは1815年に仮釈放となってから、親切にしてもらった神父から心を入れ替えて生きる決心をします。

罪人だった過去を悔い改め、盗んで生きていくことをやめたのです。

そこから物語は一気に時代がすすみ、1823年の北方の港町モントレイユに舞台が移ります。

ここでジャン・バルジャンは工場を経営する市長となっていました。

この時代、フランスの産業革命はまだ本格的ではありません。

しかし、モントレイユは中世の時代から軍港として栄えた街で、フランスの領土内でも北側に位置し、イギリスなどの技術が流れやすい場所でした。

18世紀半ばに起こったイギリスの産業革命はそれまでのヨーロッパの経済に新しい波を送り込みます。

その起こりはイギリスは古来から農地が少なく、経済の中で農業が占める比重がフランスやドイツと比べて少ないため銀行や商業などが発達しました。

そして、アメリカやインドなどの植民地から砂糖や小麦、香辛料などの貿易で栄え、さらに鉱脈を利用してさらに経済的に発展していったのです。

ではフランスはどうだったかというと、中世から続く農業中心の経済で成り立っていました。

ブルボン王朝の国外との戦争やアイルランドの火山爆発などで天候が不順となり、それによる不作と労働者不足などで常に赤字状態でフランス革命を迎えました。

フランス革命後も政府が不安定なこともあり、共和国政府が倒れ、1815年にはナポレオンによる帝政も終焉を迎え、1823年は王政復古の時代でした。

ナポレオンの帝政時代には、産業についての強化が行われたことで、イギリスの工業化が徐々にヨーロッパ大陸内にも伝播し、特に港町などで工場を起こして財を築いた者も出てくるようになります。

土地の所有で財を持っている貴族や地主権力者ではなく、工場経営者という新しい層が生まれたのです。

ジャン・バルジャンはちょうどその流れに乗って、身分を隠して偽名で市長と工場を経営し、第二の人生を過ごしていたと考えられます。

本当に身を売るということ

 

ジャン・バルジャンが経営する工場で働いていた美人の女工・ファンテーヌ。

彼女はジャン・バルジャンが経営する紡績工場の女工として働いていました。
モントレイユは中世の時代からシーツの産地として有名でしたのでその産業を機械工業化した会社をだったのかもしれません。

その中で美人でおとなしいファンテーヌと関係を持ちたがる工場長と、妬む女工たちが描かれています。

歌の中にもありますがこの時代は働く場所があるだけでも幸せ。
たとえそれが嫌味な親方や少ない賃金といやな思いをしても、一日が過ごせるだけで好運と言えるほど市井は貧困だったのです。

そして、未婚の母であるファンテーヌの身の上を知らなかった親方が騒ぎを起こしたとして彼女を解雇します。

その騒動でジャン・バルジャンが親方に治めることを一任しますが、私たちの感覚では責任者なのに冷たいと感じるところです。

しかし、フランスではオーナーなどが現場の采配ややり方に口を出すという習慣がなかったと言われています。

働く場を失ったファンテーヌは女工から一転して身を崩していきます。

彼女は自分が持てるものを売っていきます。

まず、豊かで美しい髪と歯です。

これらは富裕層のカツラや指し歯として需要があるものでした。
特に若い女性のものは値が高く付けられます。

生きていくために、文字通り切り刻んで身を売っていくのです。

しかし、髪は伸びるのに時間がかかりますし、歯もそう何本も抜くことはできませんので、最終的には春を売ることになります。

当時も引き続き経済はどん底で、後ろ盾もなく財産もを持たない女性が働ける場所はなかったため、唯一持ってる自分自身を売る人が多かったのです。

そのことにより港町では性病や流行病が蔓延し、衛生面も整わず、さらに何でもありの無法地帯が存在しました。

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