「レ・ミゼラブル」の時代背景。ジャンバルジャンはなぜパンを盗んだ?

公開日:2019/3/22 更新日:2020/3/7

全く生活が変わらないパリ市民

 

ファンテーヌが死に、その娘のコゼットという守るべきものに出会ったジャン・バルジャンは追手のジャベールから逃れてパリの街に身を隠します。

コゼットの守護者となってから9年の歳月が経った1832年のパリはどこから不満の火の手が上がってもおかしくないくらい、市民は疲弊していました。

ナポレオンが失脚した1814年に列強諸国の後ろ盾でブルボン王朝が復活しました。

復活したブルボンの王の政治はフランス革命以前に戻そうとするもので、政策や法令などの発布の権限は王にあり、代議員などは飾りでしかありませんでした。

1830年には復古王政は崩壊し、七月勅令によって七月革命がおこりました。

パリ市民からの支持が全く得られなかったシャルル10世は退位となり、変わって中産階級から支持得ていたをルイ16世の弟のひとりルイ=フィリップが即位したのです。

七月革命の結果がさらに王政となったことに共和主義者は不満に思っていました。

映画の中でも小さな戦士ガブローシュが「自由のために戦った者が今はパンのために戦っている」と皮肉を言っています。

また「ダメな王を倒したのに新しい王も役にはたたない」と王が変わっても無産階級の生活は改善しないと、腹の底で黒い怒りを市民が抱いていることが分かります。

六月暴動への道

 

六月暴動への道

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映画の中で学生たちがバリケードを築いて戦ったのは、六月暴動と呼ばれる史実の出来事がモチーフになっています。

この六月暴動が起こった背景には1820年後半からの深刻な経済問題がありました。

ナポレオンが産業を推進し、手工業から機械工業に力を入れ、不作が続く中でも経済を安定させようとした政策は効力を失っていました。

というのも、1790年ごろからダルトン極小期と呼ばれる太陽の力が弱い時期に入っており、地球全体が冷え込んでいたのです。

そして1816年にインドネシアのスンバワ島のタンボラ山が1600年ぶりの大噴火をおこします。

タンボラ山だけでなく、1812年にカリブ海とインドネシアのサンギヘ諸島で、1813年に鹿児島の諏訪之瀬島で、1814年にフィリピンのルソン島で大規模な噴火が起こっています。

たび重なる世界各地での噴火に加えて、大噴火のタンボラ山が加わり、地球全体を火山灰が覆い、そのせいでさらに気温が上がらず地球規模での不作となったのです。

その打撃は大変大きく、フランス革命前の経済状況よりも悪かったといわれています。

さらにヨーロッパ全土を襲ったコレラがパリにも発生し、18000人以上の死者を出しました。

このコレラにかかって亡くなった人の中に、共和主義者たちから人気の高かったラマルク将軍がいました。
そのラマルク将軍の民衆葬儀で警備隊が発砲したことから一気に暴動へと発展していったのです。

パリ市民たちもバリケードを作るのに協力したりしましたが、国民衛兵隊にせん滅され、結果としては失敗に終わりました。

この暴動に参加した者はほぼ労働者階級だったそうです。

この暴動が後に二月革命へとつながっていき、フランスは第二次共和制へと移行していきました。

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