セブ島旅行にいくなら知っておきたい歴史:スペイン統治からフィリピン独立まで

wondertripでは世界の絶景を紹介していますが、歴史地区や古代都市などの絶景スポットは、その歴史を少しでも知ることでより観光が楽しめます。今にも残る世界遺産のストーリーは、知識欲も刺激されますね。本日はフィリピン「セブ島の歴史」をご紹介します。

ポピュラーなビーチリゾート!セブ島ってこんなところ

ポピュラーなビーチリゾート!セブ島ってこんなところ

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ホワイトサンドの真っ白なビーチやキラキラと輝く透明度の高い海でのんびりしたときの流れを満喫できるセブ島は、日本人にも人気のアイランドリゾートです。
特に、島を囲む美しい珊瑚礁を望みながらのダイビングは、訪れる観光客たちを魅了し続けています。
セブ本島と2本の橋でつながったセブ随一のリゾートマクタン島には国際空港があり、ビーチ沿いは高級リゾート感満載です。
初めてのセブ島旅行にはマクタン島に泊まるのが一番!

いくつかの島を巡るアイランドホッピングやセブ島最大のカワサンの滝やトップスという夜景スポットからロマンティックな夜景を望むのも素敵です。
驚くことに月1回無料で公開される、セブ刑務所のダンス鑑賞というユニークな観光も楽しめちゃいますよ。
息を吞むほどに美しいリゾート!セブ島の歴史に少しだけ触れてみたいと思います。
ぜひ、参考にしてくださいね!

アジア諸島と陸続きだったフィリピン諸島の始まり

アジア諸島と陸続きだったフィリピン諸島の始まり

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フィリピンに人類が現れたのは2万5000年以上前の旧石器時代といわれています。
陸続きだった東南アジアから移り住んできたという説が濃厚なようです。
紀元前200~300年前にマレー人が侵入してきました。
彼らは先住民と仲良くなり少数民族を形成し農業を始めています。

セブ島はスペイン統治時代前には、「スグブ(Sugbu)」または「スブ(Zubu)」と呼ばれていました。
14世紀頃にはマレー半島からイスラム教が入り全島に広がったようです。
15世紀頃には中国やタイ、東インド諸島などと交易が始まり、各国からさまざまな文化が入ってきました。
ここからフィリピン独自の歴史が幕を開けます。

ヨーロッパのフィリピン諸島発見

ヨーロッパのフィリピン諸島発見

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フィリピンがヨーロッパの歴史に登場するのは、1521年にポルトガルの航海士フェルナンド・マゼランがセブ島を発見したことから始まります。
彼は、スペイン王カルロス1世の命により、1519年8月10日にセビリアを就航し、1521年4月7日にセブ島に上陸しました。
このときの航海記にマゼランはフィリピン人のことを、「ものの道理が分かる人」と評価しています。
既に王のもとで社会的な秩序がたもたれ独自の文化もあったことを証明したのです。

マゼランは、この土地の支配者フマボン王に気に入られ何度も王宮に訪れています。
彼はファナ女王にサント・ニーニョ(幼きキリスト像)を送り、キリスト教への改宗を成功させました。
この頃のセブ島のフマボンは周辺王の中でも力を持っていたので、全力で布教活動をしたようです。
マゼランが精力的なが布教活動したことにより、フマボン王をはじめ500人が洗礼を受けました。
次にマゼランは、セブ島周辺の王たちにキリスト教への改宗を強要し始めます。

マゼランの死

マゼランの死

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布教活動だけに留めておけばよかったのに、セブ王への服従も要求するようになりました。
ほとんどの王がマゼランに服従するようになりますが、中には反対派もいたのです。
しかし、従わないものには武力で迫りました。
マゼランはマクタン島の街を焼きはらい島民の恨みをかっています。
この頃マクタン島には2人の王がおり、一人の王ズラは従うが、もう一人の王ラブラブが従わないとマゼランに応援要請をしました。

セブ島での成功で鼻高々だったマゼランは、4月27日に49名の部下を連れてマクタン島に乗り込みました。
しかし、ラブラブ王が1500人の家来を率いて応戦したのです。
最新の武器を持っていようが甲冑を着ていようが、1500人対49人。
勝ち目はなくマゼランは遂に戦死しました。
今では、日本人にも人気のセブ島随一のリゾートマクタン島で、人類初世界一周を成し遂げたマゼラン艦隊にこんな事件が起こっていたなんて・・・。
ラブラブはフィリピンの英雄として現在も称えられています。
マゼランが亡くなった後の艦隊は、彼の後継者や幹部たち24人が、セブ王によって殺されました。







スペインによる統治時代

スペインによる統治時代

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マゼラン艦隊の生存者がスペインに帰国後、フィリピン諸島の評価を報告しました。
この後も、侵略を進めるが何度も失敗に終わっています。
マゼラン艦隊が到着してから44年後の1565年4月28日には、ミゲル・ロペス・デ・レガスピとアンドレス・デ・ウルダネータが500人ものスペイン軍を率いて再びセブ島へ訪れました。
植民地として開拓するため島を攻撃した後制圧。
スペイン王の下島を支配すると宣言し、移民を始めました。
このときフランシスコ会から修道士を連れて、マリアナ諸島や他のビサヤ諸島にも訪れています。

1565年のセブ島制圧に続いて1569年には近代的な街として知られるパナイ。
1571年には15世紀にイスラム教が入ってきた際、イスラム王国となったマニラが陥落しました。
セブ島はマニラの司教区から独立した司教区になっています。
この植民地化でセブ島は、1565年にはフィリピン初の教会「バシリカ・ミレノ・デル・サント・ニーニョ」、同年から建設が始まったサンペドロ要塞などが造られました。
セブ島はスペインの植民都市として大いに繁栄しています。

スペインからの独立を求めるセブ島

スペインからの独立を求めるセブ島

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17世紀になると他の国と同じように自由獲得運動が盛んになりました。
武力闘争が各地で起こり、フィリピン革命へ発展していきます。
1898年にはアメリカがフィリピンの独立を支援するとして米西戦争が始まりました。
8月13日にアメリカが勝利し、今度はアメリカの植民地となってしまいます。

翌年の6月12日にはフィリピン第一次共和国として、革命リーダーのエミリオ・アギナルドが独立宣言しました。
この戦争の背景には、勝利したアメリカがスペインに2000万ドルもの大金を払って買い取ったともいわれています。
しかし、フィリピンはアメリカと戦争を始め、フィリピン第一共和国は崩壊、40年間に及ぶ過酷な植民支配を受けることとなりました。

第二次世界大戦とその後のセブ島

第二次世界大戦とその後のセブ島

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第二次世界大戦中の1942年4月には、日本軍がセブ島に上陸しました。
セブ島は重要な物資補給地点となり、軍事拠点となっています。
1945年3月にアメリカ軍が再びセブ島を占領しました。
セブ市がアメリカ軍に奪回されるも制海権をアメリカに握られており、日本軍は逃げることもできず山岳部にこもり地元民とゲリラ戦を繰り広げています。

300年以上に及ぶスペインの植民地から始まり、続いてアメリカ。
一旦は独立できるかと思いきや、日本軍に占領されてしまったのです。
長きに亘り植民地とされたセブ島ですが、第二次世界大戦で日本軍が敗戦したことにより、やっと独立を果たすことができました。

次のページでは『独立後のセブ島』を掲載!
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