ブータンが鎖国から近代化するまでの歴史…ヒマラヤ山脈の麓に位置する幸せの国

wondertripでは世界の絶景を紹介していますが、歴史地区や古代都市などの絶景スポットは、その歴史を少しでも知ることでより観光が楽しめます。今にも残る世界遺産のストーリーは、知識欲も刺激されますね。本日は「ブータンの歴史」をご紹介します。

ブータンってこんなところ

ブータンってこんなところ

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ブータンは、ヒマラヤ山脈の東端に位置する、『幸せの国』として有名な、日本の九州ほどの小さな国です。
険しい山岳と切り立った渓谷エリアがあり、村々によって現在も言語や文化が違うというユニークさが魅力です。
20世紀半ばまで鎖国状態が続き、現在も手つかずの自然やヒマラヤ文化と伝統が息づいています。
自由に観光出来る訳ではないですが、世界各国からブータンに魅了された人々が数多く観光に訪れています。

ブータンが世界に誇る自然環境は、国土の72%が森林に覆われ密林からそそり立つ白銀の岩峰まで豊かな自然が広がり、その素晴らしさには感動を覚えます。
標高100m以下から7500m以上にまで標高差があり、土地には、5600種類以上の維管束植物が生息し、野生のランなど105種類もの固有種も見ることができます。
「青いケシの国」で有名なブータンには、まだまだ発見されていない植物が存在するといわれる未知の国でもあります。
2011年に、国王夫婦が来日してスポットを浴びたブータンの歴史について少しだけ触れてみたいと思います。

チベットの中にあったブータン

チベットの中にあったブータン

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およそ4000年も前からブータンには人が住んでいたということが、発掘された土器などから分かっています。
考古学的なことが進んでいないため詳しいことは分かっていません。
長期間に亘ってシナやチベットの北から人々が渡ってきていたといわれています。
現在あるブータンの地名は「ロモンの国(南のモン)」と呼ばれていたようです。

歴史としての始まりは6~7世紀にかけてのこと。
チベットの一部で、仏教が崇拝されたころです。
ソンツェン・ガンポ王が初めてチベットを統一したことにより、中国(当時、唐)やネパールやインドとの交流ができ、外国文化が入り始めました。
もちろん、インド仏教が広まったのもこの時期からです。
本格的にブータンに仏教が定着したのは8世紀に入ってからでした。

この王は仏教信仰が厚く、彼の時代にブータンには2つの寺が建てられています。
そのひとつはパロにあるキチュ・カラン。
チベットを支配していた魔女(羅刹女)のツボを封じる13の寺を建てるよう、唐の文成公主が降嫁した際に仏教と風水を伝えた時に助言したとチベットの古い経典に残っています。
もうひとつ、悪霊鎮目のために108の寺院が建てられました。
その中のひとつがブムタンにある、ジャンパ・ラカンです。
チベットで世界最古の寺のひとつといわれています。

宗教弾圧を受けたブータンの仏教と再興

宗教弾圧を受けたブータンの仏教と再興

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9~10世紀にかけてはチベット仏教が宗教弾圧されてしまいました。
これと同時にブータンは政治的混乱期を迎え、チベット王政が崩壊してしまったのです。
残念なことに数百年間ブータンは歴史上から姿を消してしまいます。
11~12世紀にはチベット仏教の復興期が訪れました。
これにより考えられないほど栄えることになります。
8世紀に定着した、パドマサンババ(インド人の高層)のニンマ派に加え、カギュ派、サキャ派、カダム派(後にゲルク派と合流)など、インドからの新派が誕生しました。
新派の活躍に負けじと、古派のニンマ派も新しい形となりヒマラヤ一帯に更に浸透したようです。

この当時、中央アジアや東アジアの覇者となったモンゴルが勢力を拡大していました。
このモンゴルと手を結んだチベット本国では、我こそが国教だとゲルク派、カギュ派、サキャ派、ニンマ派の4派が争いを始め、サキャ派が実権を握っていました。
他派も同様な形でだんだんと権力を握っていたのです。
一方ロモンはパドマサンババが法典を隠した聖地として注目の的になりました。
7世紀にキチュ・カランが建設されたパロのティンプーを中心に、カギュ派のラ派とドゥク派が強い影響力を持っています。
チベットの辺境だったブータンはこの争いに負けた宗派の避難先になったという裏事情があったようです。

近代ブータンの基礎ができた17世紀

近代ブータンの基礎ができた17世紀

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ドゥク派の開祖ツァンパ・ギャレー以降世襲制のラルン寺座主が400年に亘り、南チベットを掌握していました。
17代座主を巡り後継者抗争に陥ってしまい、1616年にはンガワン・ナムゲルがチベットを脱出しロモンに亡命しました。
彼は、ティンプーのパンリ・ザンパ寺院を拠点とし、西ブータンへの仏教布教を始め宗教上の指導者としての地位を確立します。

また、時には布教活動だけでなく調伏や軍事行動により対立勢力を圧倒しロモンの国を統一したのです。
ラルン寺座主のドゥクは教団と同義だったのも幸いし、チベット中央政府(ツァンパ政権)が介入した結果、現在のブータンを納めることに結びついたようです。
この後、ブータンはロモンという名からドゥク派の国「ドゥク・ユル(龍の国)」と呼ばれるようになりました。
これがブータンの国の始まりです。







国家として民族意識が高まるブータン

国家として民族意識が高まるブータン

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シャプドゥン(ナムゲル)は政治的なブータンの統一を進める傍らで、地方を納めるための拠点として城塞の建築と行政組織の構築、法律の制定を行いました。
政府が宗教上の長と統治者の2つを担うことを目指し実行したものです。
最終的には国家レベルにまで押し上げることに成功しました。

しかし、これを見ていて面白くなかったのがチベット本土。
彼らは強い反発心を抱きました。
やがて軍事遠征による征服を企むようになり、何度も侵入してきたのです。
ブータンの地形や気候の変化を知っているシャプドゥンは、一度も侵入を許すことなく、逆にブータンの人々の信頼を厚くし民族意識を高めたのです。

シャプドゥンの死後は世襲制がなくなり、一族から後継者が選ばれることはなくなりました。
しかし、これは権力者間の争いとなり、ブータンに暗い影を残す結果となります。

鎖国に終止符を打つブータン

鎖国に終止符を打つブータン

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18世紀になるとブータンはチベットとの関係を安定化させました。
ベンガルからアッサムにかけてのインド北部の平野部を植民地としていました。
植民地と交易をする中で貢納を強要し、奴隷狩りもしていました。
更にブータンは南に支配力を強めていきました。
インドにどんどん侵入したことにより、イギリス帝国の反発が起こってしまいます。
1864年に武力衝突となり、ドゥアール戦争に発展しました。
5ヶ月の戦いの結果、ブータンは敗北し、1865年11月にイギリス帝国と「シンチュラ条約」を締結しました。

ブータンはインド平野部の領地を全て割譲されましたが、代わりに毎年50000ルピーの補償金を受け取ることになりました。
ここから新しい国際的なかかわりを持つことになり、中央集権的な政府の必要性を認識するようになりました。
ジグミ・ドルジ・ワンチュクは首都をティンプーに置き、農奴制廃止など近代的なブータンに向けて活躍し、鎖国主義に終止符を打ちました。
1971年には国連への加盟も実現しています。

ブータンの近代化

ブータンの近代化

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1972年に4代目国王となったのは16歳のジグメ・センゲ・ワンチュクでした。
彼は若くして即位したことで息の長い国王となり、国を安定化させました。
国際社会に大きな衝撃を与えた、国民総生産(GNP)で表される経済的・物質的な豊かさではなく、「心の豊かさ」と説いたのも彼です。

他にも王政をなくし、ブータン初の総選挙を行いました。
議会による政党政治が始まり、新憲法を発布するとともに立憲君主国としてのブータンを作り上げました。
2006年からはジグメ・ケサル・ワンチュクが国王に即位し、新設された国家評議会と従来の国民議会の二院制の国政選挙を実施し新憲法を発布しました。
急速に権力を掌握し国民の心を掴んだようです。
彼は、2011年11月15日に国賓として来日し、イケメン国王として大人気になりました。

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