知ったら聖地に行きたくなる!ブッダの生涯とおすすめ観光スポット

仏教の開祖ガウタマ=シッダールタ(ブッダ、お釈迦様)はいまから2500年ほど前に、ネパールとインドの国境沿いで生まれました。彼が悟りをひらき、教えを伝え、そして亡くなった場所はいま、仏教の聖地としておおくの仏教徒や観光客がおとずれています。ブッダはどんな生涯をおくったのでしょうか?観光スポットとあわせてご紹介しましょう。
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ブッダ生誕の地、ルンビニ

ブッダ生誕の地、ルンビニ

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ガウタマ=シッダールタの誕生、「天上天下唯我独尊」

ヒマラヤ山脈の南、ガンジス川の中流域は夏の雨がおおく、昔から肥沃な大地でした。
人々はそこに移り住み、鉄器の農具をつかって稲を栽培しました。
紀元前600年ころには、いくつもの王国が栄え、たくさんの部族をしたがえていました。

そんな部族のひとつ、シャカ族の妃マーヤー夫人はある日、不思議な夢をみます。
枕元にいっぴきの白いゾウがたち、やがてマーヤー夫人のお腹へと入ったのです。
目を覚ますと彼女は妊娠していました。

やがて臨月となり、マーヤー夫人一行はお産のため実家へと旅立ちます。
旅の途中、ルンビニという地で彼女は産気づきます。
そこで近くのプスカリニ池で産湯をつかい、池のそばにあるアショーカの木につかまって、ひとりの男の子を出産しました。

これがガウタマ=シッダールタ、のちのブッダの誕生です。
彼は生まれた直後に7歩あるいて、右手を天に、左手を地にむけて「天上天下唯我独尊」と言ったと伝えられています。
これは「この世界で私ひとりだけが尊い」という意味です。
ほんとうだったらすごい赤ちゃんですね。

マーヤー夫人は出産からずっと熱がつづき、7日後には亡くなってしまいます。
そこでシッダールタはマーヤー夫人の妹にあずけられ、シャカ族の王子として育てられました。

ルンビニ観光にはリクシャーや寺院宿泊もおススメです

現在ルンビニはネパールにあり、インドとの国境近くに位置するちいさな村となっています。
それでもブッダ生誕の地として、仏教四大聖地のひとつにかぞえられ、世界中からおおくの信者や観光客がおとずれます。
また世界遺産にも登録されています。

ブッダ誕生の場所には現在、マーヤー=デヴィ寺院があり、ちかくにはプスカリニ池もあります。
紀元前249年にマウリヤ国のアショーカ王がたてた石柱ものこっています。
その石柱には、ブッダ生誕の地であるルンビニの住民には税を免除すると彫られており、この石柱の発見によってルンビニがブッダ生誕の地と判明しました。

1970年代からは、これらの遺跡をふくめて周辺一帯を聖地公園にしようという計画が立ち上がりました。
日本の建築家、丹下健三がマスタープランをえがき、周辺にはいろいろな国名を冠した寺がつくられました。
いまもルンビニ聖地公園は整備中です。

ルンビニへのルートとしては、隣町のバイラワまで飛行機や陸路で行き、そこからバスで20キロほどの道のりになります。
聖地公園内はけっこう広いので、レンタサイクルや、リクシャーとよばれる三輪タクシーをつかってもいいでしょう。

周辺には格安ホテルから、和食や和室の完備した日系ホテルまで、宿泊施設はかなり充実しています。
また仏教寺院に宿泊するプランもあって、世界中の人たちとふれあうこともできます。

ブッダ成長の地、カピラヴァストゥ

ブッダ成長の地、カピラヴァストゥ

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シッダールタのめぐまれた生活と身分社会

ガウタマ=シッダールタは一族の王子として、シャカ族の都カピラヴァストゥで大切に育てられました。
シッダールタ専用の宮殿がつくられ、世話係や家庭教師もついて、いたれりつくせりの環境だったようです。
こんななかでシッダールタは多感で聡明な青年へと成長していきます。

シッダールタが生まれたころの社会は身分制度が発達していて、人々は4つの身分に分けられていました。
最上位はバラモンとよばれる聖職者階級で、祭式や自然への祈りをつかさどり、精神面で人々を支配していました。
つぎの階級はクシャトリヤという戦士階級で、戦争や政治をおこなって実質的に人々を支配していました。
シッダールタはじめシャカ一族もこのクシャトリヤ階級にあたります。

3番目はヴァイシャとよばれる商人階級で、シッダールタのころには経済がさかんだったこともあり、かなりの力をつけていました。
4番目はシュードラという階級で、かれらは上位3階級に奉仕する義務がありました。
さらにその下には不可触民とよばれる最下層の人々もいて、死肉の処理や清掃に従事していました。

シッダールタはこのような社会を、カピラヴァストゥの城からながめて育ったのでした。
16歳のときには若い妻をもらって、はた目からみれば何不自由のない、幸せな生活を送っていました。

「四門出遊」とシッダールタの出家

しかしシッダールタはしだいに、身分制度をはじめとした社会のあらゆる物事に対して、疑問をいだきはじめます。
そして、生きることは苦しみであると感じはじめます。

そこで彼は、この苦しみの原因を知り、解放される道をさがすため、出家したいと思うようになりました。
というのも、このころにはバラモン階級だけでなく、いろんな階級の人たちが真理をもとめて世間を離れ、修行するようになっていたからです。
こうした修行僧たちのことを当時はシュラマナ(沙門)と呼びました。

ある日、シッダールタがカピラヴァストゥの東門から出ようとすると、歩くこともままならない老人がいました。
またあるとき、今度は南門から出ようとすると、病人が苦しんでいました。
またあるとき、今度は西門から出ようとすると、火葬場へとむかう葬列に出会いました。
そして今度は北門から出たとき、シッダールタはひとりのシュラマナ(沙門)に出会います。

沙門の堂々とした姿にふれ、生・老・病・死の苦しみから救われる道をさがそうと、シッダールタはついに出家を決意します。
これが「四門出遊」の故事です。
妻とのあいだに子どもが産まれたのを機に、シッダールタは夜半、カピラヴァストゥの城をぬけだします。
シッダールタ29歳のときでした。

現在、カピラヴァストゥの場所はよくわかっていません。
ルンビニの西にあるティウラコットだとも、インドのピプラーワーだとも言われています。

ブッダ悟りの地、ブッダガヤ

ブッダ悟りの地、ブッダガヤ

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