美術館からオリンピックの跡まで。韓国・ソウル観光で見られる近代建築・歴史スポット

日本では海外旅行の定番国の1つになるとなりの国・韓国。旅行の際の楽しみには美容や食、ショッピングと数々ありますが、韓国には世界遺産に登録された歴史的建築・スポットもあり、そうしたところを見るのも良いものです。今回は韓国・ソウルに残る歴史的スポットから、1800年代以降に完成した近代建築を中心に見ていきましょう。

韓国の人々の生活を知る「国立民俗博物館」

韓国の人々の生活を知る「国立民俗博物館」

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韓国の人々の生活を知るときは宮殿「景福宮(キョンボックン)」の敷地内にある「国立民俗博物館」を見てみたいところ。
1945年に「国立民族博物館」として開館した博物館は1993年に現在地へ移転。
韓国の人々が歩んできた歴史・生活文化を知ることのできる観光スポットとして人気で、年間来場者は約200万人になることも。
常設展示は大きく分けて「韓民族の生活史」「韓国人の日常」「韓国人の一生」の3つで構成されています。

「韓民族の生活史」は先史時代から現代に至るまでの韓国の人々の生活史を紹介しており旧石器時代、青銅器時代から近現代に至るまでの生活様式を展示。
2つ目の「韓国人の日常」は季節の変化に合わせて農耕生活を営んできた朝鮮時代(1392~1910)の日常生活を紹介しており、人々が季節の変化に合わせてどのような生活を送っていたのか展示。
3つ目の「韓国人の一生」は朝鮮時代の貴族階級「両班(ヤンバン)」の人々が生まれてからどのような一生を送ったのかを「冠礼(男の子の成人を祝う儀式)」や婚姻、遊び道具を通して紹介。

このほか敷地内には子ども向けの展示を行う「国立子ども博物館」が隣接、韓国の昔話や民族遊びを体験できるコーナーを設置。
子どもも楽しく学べるのは良いですね。
住所:ソウル特別市鍾路区(チョンノ)三清洞(サムチョンドン)37

日本支配下時代の建築物「貨幣金融博物館」

日本支配下時代の建築物「貨幣金融博物館」

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ソウル特別市中区にある「貨幣金融博物館」は日本の支配下にあった1912年に建設された近代建築。
石造りの建物は東京駅、日本銀行を手掛けた建築家・辰野金吾(たつのきんご)の設計で、中央銀行の役割を果たした「旧朝鮮銀行」として利用。
火災や朝鮮戦争による破壊を経て復元工事が行われ、2001年に博物館として開館。
現在は国内の史跡280号に指定されています。
日本の建築家が建設にかかわったことを聞くと、現在の日本に残る銀行建築に似た部分が多くみられますね。

館内は韓国国内を中心に古代から現代までに至る世界中の貨幣を取り扱っており国内経済を動かしている「韓国銀行」の仕組み紹介、貨幣の製造機や「貨幣の一生」、自分の1万ウォン札が本物か偽造か確かめる機械も設置。
子どもの社会見学にも役立ちそうなスポットですね。
また展示物には日本の小判、日本支配下時代の貨幣も展示されており、ここにも日本関連の雰囲気があるのですね。
これらの展示物は無料で見ることができ、貴重な資料と歴史的建築物の両方を楽しめる点は良いところですね。
住所:ソウル特別市中区(チュング)南大門路3街110

かつての裁判所を再使用「ソウル市立美術館」


徳寿宮(トクスグン)の横に位置する「ソウル市立美術館」は面積約4,000坪の広大な敷地を持つ美術館。
建物はかつて大韓帝国初の近代的司法機関「平理院(ピョンリウォン)」が経っていた場所にあり、1928年に「京城(キョンソン)裁判所」として建設。
光復(こうふく。
大日本帝国からの解放を指す言葉)後は1995年まで大法院(最高裁判所)として使用され、瑞草洞(ソチョドン)移ったのち建物の前面をそのまま活かして2002年から開放することに。
かつて「裁きの場」とされた場所が芸術スポットに変わるのはユニークですね。

建物は地下2階から地上3階で構成され、韓国の現代美術を始め世界作品を展示。
展示作品では韓国を代表する画家・千鏡子(チョン・キョンジャ)氏の作品を展示する「千鏡子の魂(2階)」が有名で、彼女が美術館に寄贈した93作品のうち約30点を展示。
館内鑑賞では常設展を無料鑑賞できるのも良いですね(企画展を除く)。
住所:ソウル特別市中区 西小門洞37

徳寿宮内の西洋式建築物「石造殿」

徳寿宮内の西洋式建築物「石造殿」

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韓国5大王宮の1つ「徳寿宮(トクスグン)」の中には近代的建築物が残されています。
徳寿宮にある「石造殿(ソクジョジョン)」は1898年にイギリス人建築家ハーディングが設計、1909年に建設された西洋式建築物で、建物は東館と1938年に完成した西館に分かれています。

建物は皇帝・高宗や皇后の居所・接見などの空間として使用され、日本の支配下に置かれた時代に入ると徳寿宮美術館・李王家美術館として東館は日本近代美術を展示、西館は朝鮮古美術を展示する場に変化。
日本から解放されて以降は「米ソ共同委員会」などが会議室として使用しており、1953年以降は「宮中遺物展示館」として運営。
西館は1998年に「徳寿宮美術館(国立現代美術館の分館)」として再編成されることに。
使用目的の移り変わりが激しいですね。

2014年には事業費141億ウォン(当時の金額で約14億2400万円)をかけて建物の復元工事を実施。
このときは元の建物を設計したハーディングの設計立面図青写真、日本の浜松市立図書館で見つかった配置図などの資料を参考に復元を実施し、この年11月に「石造殿 大韓帝国歴史館」として一般公開。
ここでは設計されながら亡くなったことで使用されずに終わった純貞孝皇后の寝室も復元されています。
住所:ソウル市中区貞洞(チョンドン)5-1 

ソウルオリンピックの跡「オリンピック公園」

ソウルオリンピックの跡「オリンピック公園」

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ソウルにはオリンピックに関するスポットもあります。
松坡区にある「オリンピック公園」はソウルオリンピック(1988年)を控えた1986年に造成された公園で、敷地総面積は約158,000平方メートル。
園内にはオリンピックのメイン競技場以外に芝生広場、湖などが設置。
三国時代・百済前期の都城遺跡で百済時代の土城として外敵防御に貢献した「夢村土城(モンチョントソン)」は史跡第297号に指定。

鳥が翼を広げたような形をしているオリンピック公園のシンボル「世界平和の門」は高さ24m、長さ62m、幅37mを誇り、翼には西洋画家のペク・クムナム氏が手掛けた青龍、白虎の姿も。
門の下にある聖火はオリンピックが終わった後も絶えず燃え続けており、「オリンピックの火」は今でも消えていないのですね。

また敷地内にはコンサートの有名会場もあり、体操競技会場としてオープンした「オリンピック体操競技場」は韓国屈指の規模を誇るコンサート会場として有名。
K-POPファンの間では「聖地」と呼ばれる場所でもあります(リニューアル工事中で2017年12月まで閉館中)。
オリンピックホールも2,500~3,000人を収容するコンサート会場で、ホール周辺の歩道に埋め込まれたK-POP歌手のハンドプリンティングブロックも注目点。
音楽ファンは公園を楽しみつつこちらも見ておきたいところですね。
住所:ソウル特別市松坡区(ソンパく)芳荑洞(パンイドン)88

韓国カトリック教会を代表する聖堂「明洞聖堂」

韓国カトリック教会を代表する聖堂「明洞聖堂」

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神聖な聖堂も代表的な近代建築になっています。
繁華街・明洞(ミョンドン)にある「明洞聖堂」は1784年に「明礼坊(ミョンネバン)」と呼ばれる宗教集会により形成された信仰共同体をきっかけとして1892年にフランス人司祭エウジェニー・コステ神父の指揮で建設開始、1898年に韓国初のレンガ製ゴシック建築として完成。

その後は今日に至るまで「韓国カトリック教会を代表する聖堂」の1つとされてきており、地下にある小聖堂の地下墓地には殉教者らの遺骸が安置されています。
2006年からは本格的な外装修繕工事に。
2008年末に外装工事が完了するとゴシック様式の姿が再現されました。

現在は国の史跡258号に指定され、ライトアップされたときの絶景でも人気に。
盛大に行われるクリスマスミサでは多くの人を集め、ドラマファンの人々にとっては「美男(イケメン)ですね」や「美しき日々」など人気ドラマの撮影地として「ロケ地巡り」の定番コースに。
地下には聖堂公式記念品ショップ「1898+(プラス。
1898は聖堂が完成した年)」やカフェがあるスペースになっており、人々には「神聖な祈りの地」と「観光地」2つの面を持った重要な場所なのですね。
住所:ソウル特別市中区 明洞2街1-1

複雑な歴史が隠された「奨忠壇公園」


「奨忠壇(チャンチュンダン)公園」はソウル中区・奨忠洞(チャンチュンドン)にある公演で、公園名についている「奨忠壇(チャンチュンダン)」とは朝鮮時代末期の1895年に勃発した「乙未事変(いつびじへん)」に関わるもの。
事件で暗殺された皇后・明成皇后(めいせいこうごう)を守ろうとして亡くなった忠臣、烈士を祀るために1900年時の皇帝・高宗が官公署命じて作らせた祀堂のことを指します。

この公園では春と秋に祭祀を行っていましたが、1910年に日本の支配下に置かれて以降に奨忠壇は廃止、日本風の公園に改装されることに。
現在の公園名が名づけられたのは桜の木、遊び場などが設けられた1919年のことで、その後1950年からの朝鮮戦争時に祀堂に付属する建物は破壊。
現在の公園には1945年に発見された「奨忠壇碑」が1969年に現在地へ移動。
1984年には自然公園「南山公園」の一部となり、公園一帯には奨忠壇碑や独立運動家・柳寛順(ユ・グァンスン)などの銅像も設置。
地元住民憩いの場とされる公園ですが、人によっては複雑な歴史も感じるスポットかもしれませんね。
住所:ソウル特別市中区 東湖路261

Junya Higashi

Writer:

これまで旅行に行った土地は鹿児島・霧島や韓国・ソウルなど。世界の土地や風習のことなど、自分の知らない世界を調べて見るのが好きです。旅行経験やライター活動で得た知識が、これから旅行を楽しむ人の役に立てば大変嬉しく思います。どうぞよろしくお願いいたします!

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