【書評】罪を命でつぐなわせることは、正しいのか――ユゴー「死刑囚最後の日」

あなたは死刑に賛成ですか?反対ですか?許しがたい残忍な犯罪は世界にあふれ、それに対抗する手段として「死刑」が実行されてきました。しかしEUでは加盟国すべてが「死刑廃止」をしなければならないという規約があります。西洋で主流の「死刑廃止論」、その大きな流れを決定づけた作品があります。『レ・ミゼラブル』で名高い作家ヴィクトル・ユゴーの『死刑囚最後の日』という小説です。その命でもって罪をつぐなうのは社会の必要悪か、真の悔悛につながるのか――死刑を論じる上でこれだけは読んでおかなければならない一冊を、今回はご紹介します。
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あらすじ――ユゴー『死刑囚最後の日』

あらすじ――ユゴー『死刑囚最後の日』

image by iStockphoto

ある罪状で死刑を宣告された〈私〉。
6週間後には断頭台が彼を待っています。
ビセートル監獄へ収監されますが、そこで終身刑の囚人たち、徒刑囚たちの惨めきわまりない現状を目の当たりにします。
非人道的な境遇にある罪人たち。
悔い改めても更生の機会が与えられない社会に、憤る主人公。
そして刻々とせまる自分の最後の日を、恐怖とともに送ります。
罪人を裁く方法として「命を奪う」ということの正当性を、問いかけます。

そして6週間が経過し、主人公――死刑囚はついに最後の日を迎えます。
最愛の娘と対面するものの、幼い娘は彼を覚えていません。
まるでお祭り騒ぎの、処刑場グレーヴ広場。
聴罪司祭や役人とともに、処刑台の据えられているグレーヴ広場まで運ばれていく主人公は……手記は衝撃的なところで途切れます。

この死刑囚の手記を読みきった読者にむけて、ユゴーは切々と訴えるのです。
人間は再生可能であるということを、罪人を人間らしく扱う必要を、そして罪人を権力が殺すことの罪深さを――おそるべきリアリズムで死刑囚最後の日を描きだし、罪と命、刑罰の正当性について問いかける。
死刑を考える上で一度は読んでおきたい、死刑廃止論の古典的名作。

彼は、なぜ死刑になったのか?

彼は、なぜ死刑になったのか?

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あと6週間後に死刑の運命にある、主人公。
彼の罪状や境遇は一貫して明かされません。
作品に深みを出す絶妙なトリックです。
ただ手記の内容や周囲のあつかいから、彼が教養ある社会的地位にあったということがぼんやりとわかります。
この「匿名性」はさまざまな仮定を読者の私たちに想像させます。
死刑になるのが、もしあの犯罪者だったら、もし家族や友人だったら、もし自分だったら……

ビセートル監獄、そして処刑場であるグレーヴ広場と引き立てられていく主人公。
彼はその手記の中で、受刑囚の置かれている惨状、非人道的な扱いを切々としたためます。
大半の罪人は、悔い改める機会もあり、実際に悔い改めもした、と手記は書きます。
しかし一度逮捕されれば一生「前科」はついて回り、やはりまた犯罪を犯して捕まり、しまいには死刑場に送られる……そんな負の連鎖をユゴーは表現しました。
その圧倒的ディテール、『レ・ミゼラブル』に勝るとも劣らないドラマティックな展開は、小説としてだけでも一読に値します。

「人間は悔悛も、復活もできる」ユゴーの訴え

手記は衝撃的な一文で締めくくられます。
読者はあっけにとられますが、その後はユゴーの死刑廃止の切実な訴えがはじまるのです。

あの傑作長編小説『レ・ミゼラブル』も、主人公ジャン・バルジャンたちのドラマは6部構成の長い長い作品の何分の1程度。
大半がユゴーの政治的・社会的な訴えで構成されています(それでも、それらをストーリーとリンクさせ、物語として読み切らせるのは、文豪だからこそできる離れ業です)。
ユゴーはどちらかというと、政治小説・社会小説家と言うべきでしょう。
臨場感あるストーリー展開、詩人としても名を馳せたその圧倒的筆力で小説を読ませられ、読み終わって読者は、実際にはユゴーの政治マニフェストを読まされていたことに気づくのです。

この『死刑囚最後の日』でもユゴーは、小説を通して、そして最後の雄弁な論文を通して大きな問いを突きつけます。
生きて罪をつぐなうことができる、とユゴーは言います。
罪人が置かれている状況があまりにも悲惨であることを、すさまじいディテールで描きだしました。
更生の機会があたえられない狭量な社会。
生きているかぎり、人間は再生することができる。
博愛主義者・ユゴーはそれを強く信じぬいていました。

ユゴーが見落とした「被害者」の気持ち

しかしユゴーは重要なものを一つ、見落としています。
わざとのように言及を避けているのです。
それは、「被害者」の存在。

筆者も犯罪被害にあった経験を持ちます。
セクハラ程度でしたが深く傷つき、加害者が生きているというだけで、今も恐怖と脅威を感じます。
まして重い犯罪の被害者、そして被害者家族からしたら、自分に危害を加えた存在がこの世にいるというだけでもおそろしい苦痛でしょう。
この世から自分の仇を抹殺したい……法がそれを執行しないのならば、自らの手で。
そう考える人が出るかもしれません。
死刑廃止は私刑を呼ぶのではないでしょうか。

何よりも人間が生きるのには、食べるものも衣服も住む場所も必要。
それらは税金から出ます。
被害者は苦しみぬいているのに、あるいは苦しんで殺されたのに、なぜぬくぬくと彼らは生きている?その問いも私たちは真剣に考えなければならないでしょう。
そしてもう一つ、死刑廃止を行ったEUで問題になってきていることがあります。
死刑が存在しないがために、現場で射殺されるケースが非常に増えているのです。
終身懲役に処せられても、悔悛を行わない犯罪者が一定数いるのも事実。
ユゴーにこの問を突きつけたら、どんな答えをするでしょうか。

現在も続く「死刑か、生きて罪をつぐなうか」

死刑。
古代から罰の極刑として、罪人の前に用意されてきた刑罰。
それははたして社会のためになるのか?罪人本人のためになるのか?被害者はどう思うのか?そもそも死刑とは何なのか?本書はその問いを鋭くつきつけます。

筆者は死刑賛成派です。
犯罪被害にあった人は、深く傷つき、人生が狂いさえします。
その元凶である罪人は、殺しても飽きたらないでしょう。
その悲惨さを見ると「死刑反対」の訴えは安易すぎると感じさえします。
罪人を生かすお金は誰が出すのか?と考えると、憤りを感じもします。
しかし、もし罪人が冤罪だったら?死刑囚に手を下す死刑執行人は、どのような気持ちを抱くのでしょう?そもそも罪をつぐなうとは、どんなことなのでしょうか?

それでもこの作品は読んでおきたい一冊。
たんなる情緒論に流されず、具体例を出しながら展開される後半部はすぐれたスピーチです。
そしてユゴーの切々たるこの作品を読むと、心のどこかで思います。
死刑囚も人間であることを。
少なくとも死刑にあたってのすさまじい恐怖を感じる、人間であることを。
そのことをどう考えるかは、私たち次第なのでしょう。

死刑を考えるなら、この一冊を読んでから

死刑反対派のバイブルとして、今なお強い影響力を放つ『死刑囚最後の日』。
19世紀フランスを代表する大文豪にして博愛主義者・ヴィクトル・ユゴーの筆致は鋭く、人間の本質、そして罪と罰の是非を描きだします。
前半部だけでも、小説として一読の価値あり。
死刑とは一体、何なのか?ユゴーの言うことを鵜呑みにする必要はありません。
どうかにむけて自分に問いながら読み進めてください。
死刑のことを、犯罪者のことを、被害者の気持ちを、人の命を奪うとはどういうことなのかを――死刑を考えるなら、まずはこの作品を読んでから。
死刑を考えるすべての人が手にとってみるべき一冊です。
photo by iStock

あきこのむ

Writer:

文学少女が世界文学の時代背景に興味を持ち、調べていたら大学では文学部じゃなくて歴史学部に入ることになっちゃった。生粋の文学好き美術好きの27歳です。現在はライターとして活動中。夢はロシアのサンクトペテルブルクでドストエフスキー「罪と罰」ごっこをすること。楽しくおもしろい歴史と本の世界を少しでも伝えられれば幸いです。

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