【書評】美しい過去をすてて生活へ!――チェーホフ『桜の園』

過去は美しい、とりわけそれが幸福な過去だったならば。しかし過去にしがみついていればやがて現在は破綻し、ことによると破滅すらする……。今回ご紹介する本は、ロシアの文豪・アントン・チェーホフの代表作『桜の園』。戯曲として発表当初から愛され、日本でもたびたび上演されている名作です。ロシアの誇る短編作家・戯作者チェーホフは過渡期にあるロシアの「人間」を描きぬきました。没落貴族が過去にしがみついてしまう哀しさ、愛する家を失う恋しさ、そして生活へむかうエネルギー――世界文学史に残るどんでん返しとラストは必見です。


あらすじ――チェーホフ『桜の園』

95859:あらすじ――チェーホフ『桜の園』

画像/Amazon.co.jp

ときは19世紀末、農奴解放令後のロシア。
時代に乗り遅れ没落した貴族の一家の物語です。
裕福だった時代の感覚が忘れられずお金を使いつづけた結果、資金繰りがうまくいかなくなり、みなが愛した生まれ育った家、そして領地である〈桜の園〉が売りに出されてしまうことに。
しかし女主人・ラネーフスカヤは過去を忘れきれず、物乞いには金貨をやってしまうし、レストランでは豪華な食事を注文してしまう始末。

ラネーフスカヤ夫人の養女・ワーリャは家を切り盛りし、かつてこの家の農奴だった金満家・ロパーヒンはかつての主家のために奔走します。
一方でラネーフスカヤ夫人の実の娘・アーニャと大学生トロフィーモフは、この騒動が終わったらきっと〈生活〉へむけて歩いていこうと誓いあいます。
そしてついに売りに出される、〈桜の園〉。
一体〈桜の園〉はどうなってしまうのか?世界文学史に残るどんでん返し、ラストが待ち受けています。

ロシア文学、短編と戯曲のエキスパート・アントン・チェーホフが送る最上級の舞台。

生き生きと躍動する「舞台上」の人物たち

生き生きと躍動する「舞台上」の人物たち

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さてふだんの読書で「戯曲」を読む機会がある方は少ないと思います。
そんな方のために、読み方のコツをご紹介。

「戯曲」は舞台の台本そのものです。
人物表があり舞台設定があり、セリフがあり、ト書きがあります。
いわゆる「地の文」がないため最初は戸惑いますが、読み慣れてしまえばカンタンに物語の世界へ入っていけてしまいます。
実際の舞台――セットが置いてあって、役者が行き交って、というのを想像しながら読むのが、一番しっくりくる読み方です。
私はたとえばロパーヒンを、香川照之さんで当てはめて読んでいました。
特定の俳優を考えなくても、自分の頭のなかで人物の容姿を変換して読めるのは、小説と同じです。

戯曲はセリフだけで人物の性格、容貌までをもあらわします。
ちょっと形式は違いますが、難しいことはありません。
「戯曲」とは、会話劇なのです。
読んでいるだけでリズムが生まれ、人物はあなたの中で生きはじめます。

〈農奴解放令〉後のロシアの混乱

1861年、ロシアの歴史が転換します。
皇帝アレクサンドル2世は〈農奴解放令〉を発布。
それまでは貴族・地主階級の「所有物」でしたが、ヨーロッパに追いつかなければならないと思ったロシアはついに長いこの制度を廃止します。
そしてこの長く続いた共同体が解体されたことで、ロシアは過渡期に入っていくのです。
その中で非常に優れた文学がたくさん生まれました。
『桜の園』もその一つです。

この時期、農民たちが立ち上がり新しい社会共同体を作るため、帝政をすべし、という政治活動〈ナロードニキ(民衆)運動〉などが起こりました。
登場人物の一人、ラネーフスカヤ夫人の兄・ガーエフは若き日、この〈ナロードニキ運動〉に身を投じていましたが、運動はやがて下火に。
言ってみれば、日本の自由民権運動の志士のなれの果てのような存在でしょうか。

主要登場人物の一人・ワーリャは、農奴階級から貴族のラネーフスカヤ夫人のもとへ養子にとられています。
このような光景はロシアによく見られたものでした。
見どころのある農奴の子を手元に引き取って養育するのです。
ワーリャは家の鍵を預かるほど信用されている、まさしく家族の一員。
そしてロパーヒンは解放農奴の息子で、自分で道を切り拓いて財産を築いた金満家。
かつての主家のために奔走します。
『桜の園』は農奴解放令後のロシアの一家庭の姿です。

美しい過去にしがみついてしまう、親世代

登場人物は大きく2つに分けられます。
ラネーフスカヤ夫人、ガーエフをはじめとする親世代と、ワーリャ、アーニャ、ロパーヒンら子供世代です。

親世代たちは輝かしい過去を持ちます。
裕福な財産、ぜいたくな食事、たくさんの召使いや美しい恋愛、政治活動……それらはセリフや行動の端々からうかがえます。
親世代の代表格・ラネーフスカヤ夫人は、財政が火の車だというのに物乞いに金貨を与えてしまったり、ジプシーの楽団を招いて宴会を開こうとしたり。
ダメ男にひっかかって貢いでしまったりもします。
まさしく「世間知らずの箱入り娘が、能天気に歳をとった」図。

たとえどんなことあやまちを犯しても、帰ってこられる場所。
あたたかい母親の懐のような場所。
それが〈桜の園〉の家でした。
それが手放される、売られてしまう……それは耐えがたい苦痛です。
ゆえに、彼らにとっては「売られる」ということ自体、実感のわかない夢物語のようなものでした。
「なんとかなるだろう……」最後まで親世代は楽観的です。
〈桜の園〉は一体誰に買い取られるのか?彼らは一体どうなってしまうのか?私たちは最後までハラハラしながら読み進めることになります。

前を向いて歩いて行く、若い人びと

親世代は「お金は降ってくる」ものと思いこんでいます。
一方、新しい世代である子供たちは「お金は稼ぐもの」という考えでいるのでる。
彼らはもはや貴族ではなく「人間」として生きようとしています。

農奴の娘からラネーフスカヤ夫人の養女になったワーリャ。
そして解放農奴の息子で金満家のロパーヒン、2人のあいだにはロマンスがありますが、どこかですれ違いがあります。
「ワーリャとロパーヒンは結婚するだろう」とみな噂しあいますが、しかし、2人とも適当な言葉にごまかしてしまうだけ。
ともあれロパーヒンはかつての主家のために、〈桜の園〉のために奔走を続けます。
アーニャは家族の誰からも愛される少女、ラネーフスカヤ夫人の娘です。
彼女は大学生で、彼女の死んだ弟の家庭教師だったトロフィーモフとともにこう思います。
――〈桜の園〉が売られたとき、それが本当の生活にむかっていくチャンスなのだと。

さて、ついに売りに出される〈桜の園〉。
一体彼らの運命は?〈桜の園〉は誰に買われてしまうのか?世界文学史に残るドラマティック、あの一言による衝撃のどんでん返しが待っているのです。
もの悲しい喪失の物語に、強い希望の光を感じられるラストまでチェーホフは用意しています。

喪失の物語、そして生活へ、前へ前へ

19世紀末、過渡期ロシア。
旧価値観は崩壊し、ドストエフスキー、トルストイはじめとした文豪も数多く「喪失の物語」を描いています。
この『桜の園』も喪失の物語。
しかしなんだかんだいって、人間は生きていくのです。
家と故郷を、つまり過去のすべてを失ったとしても、前へ前へ、生活にむけて歩きだしていく……。
ロシア文学で人間心理を描かせたらチェーホフの右に出る作家はいません。
これまで守ってきた大切な何かを失ってしまった人、生きることに張りあいを見いだせない人にぜひ読んでほしい一作です。
最後まで読めば、かならず眼の前が明るくなった気分になります。
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Writer:

文学少女が世界文学の時代背景に興味を持ち、調べていたら大学では文学部じゃなくて歴史学部に入ることになっちゃった。生粋の文学好き美術好きの27歳です。現在はライターとして活動中。夢はロシアのサンクトペテルブルクでドストエフスキー「罪と罰」ごっこをすること。楽しくおもしろい歴史と本の世界を少しでも伝えられれば幸いです。

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