【書評】待て、しかして希望せよ!復讐の末の希望――デュマ『モンテ・クリスト伯』

今回ご紹介する本は〈復讐〉の物語。復讐は虚しい、そんなふうに家や学校で教わってはきませんでしたか?しかし法に違反する形で人が投獄され、一生が台無しにされたら、愛しい人と引き裂かれたら……絶対に許されない罪が許されてしまっていたら。この物語の主人公は正義の実現のために、三人の仇を相手にあざやかな方法で復讐していきます。爽快で痛快極まりない一方、正義や善悪というものについて考えてしまう復讐譚。全世界で愛される19世紀フランス文学の傑作、アレクサンドル・デュマ『モンテ・クリスト伯』の世界をごいっしょに。

あらすじ――デュマ『モンテ・クリスト伯』

あらすじ――デュマ『モンテ・クリスト伯』

画像/Amazon.co.jp

1815年、フランス・マルセイユ港。
若き航海士エドモン・ダンテスは、ナポレオンの手紙を運んだがゆえに〈過激政治犯〉という罪を着せられ、婚約者メルセデスとの婚礼の宴で官憲に引き立てられます。
しかしナポレオンの百日天下の煽りを受けて、シャトー・イフの監獄へ14年もの間投獄されてしまいます。
その監獄で出会ったファリア神父から「モンテ・クリスト島に隠されたる財宝」を教えられます。
ファリア神父の死にまぎれて、脱獄。
そして謎を解いて巨万の富を得るのです。

戦争や革命を経て銀行家ダングラール、将軍モルセール、主席判事ヴィルフォール……花の都パリで権力者となっている仇敵たち。
〈モンテ・クリスト伯〉は巨万の富とカリスマを駆使して、人びとを籠絡し、様々な人を駒として使いながら着実に三人を追いつめていきます。
仇敵たちの子供たちのロマンスや、人びとの因縁の対決を描きながら、正義ひいては復讐の実現のために邁進するモンテ・クリスト伯。

「私はエドモン・ダンテスだ」――『巌窟王』のタイトルで日本でも明治時代から愛され、今なお人びとを魅了する最高の長編エンタテインメント。

『モンテ・クリスト伯』フランスの時代背景、わかりやすく解説!

『モンテ・クリスト伯』フランスの時代背景、わかりやすく解説!

image by iStockphoto

物語はエドモン・ダンテス=モンテ・クリスト伯が数えで19歳の1815年から、投獄、脱出、そして9年間にも渡る入念な準備、そしてパリでの復讐の1年間。
およそ40歳までの長い年月が描かれます。
その間はフランスは激動期。
時代背景をまずおさらいです。

エドモンの運命を決定した、ナポレオンの〈百日天下〉。
物語の序盤は、ナポレオンがシッチャカメッチャカにしたあげくのフランスをふたたび統治するために、ブルボン王家が再来して〈王政復古〉が成立しました。
その後、エドモンの運命を狂わせたナポレオンの〈百日天下〉。
一瞬よみがえったナポレオンはすぐに倒され、のちブルボン王家も失墜。

復讐のはじまったのは1838年、フランスはルイ=フィリップ1世による王政での統治下。
そのため男爵・伯爵といった〈爵位〉がブランドだったわけです。
作品のキーパーソン・エデが奴隷になったギリシャ戦線では、実際にジャニナ地方の太守・アリ・パシャが策謀により暗殺されています。
ちなみにファリア神父の語った〈モンテ・クリスト島の財宝〉とは、マキャヴェリ『君主論』の元ネタにもなったチェーザレ・ボルジアにまつわること。
数々の歴史と時事ネタを駆使してのストーリー・テリング。
すごいですね。

復讐は着実に……善良な航海士から〈伯爵〉への変貌

エドモン・ダンテスは善良な人間でした。
若干20歳前で次の船長と目され、人からは慕われ、婚約者と結婚式を挙げる寸前。
エドモンは嫉妬を買います。
同僚フェルナン(のちモルセール)ダングラールの2人に売られ、判事ヴィルフォールにより不正な処理をされた挙句、彼はシャトー・イフの牢獄に14年ものあいだ投獄されてしまうのです。

同じく政治犯として逮捕されていたファリア神父とエドモンは、脱獄計画の過程で、偶然出会います。
エドモンはこのファリア神父から、宮廷に仕えた老神父として彼が知りえた、かぎりない知恵と、愛情、そして〈モンテ・クリスト島の財宝〉を知るのです。
そしてエドモンは驚くべき勇気と才能でもって、脱獄に成功。
財宝を手にいれます。

エドモン・ダンテスはもう変わっていました。
復讐という名の正義を遂行する鬼となっていったのです。
投獄から実に23年。
エドモン・ダンテスは〈モンテ・クリスト伯〉を名乗るイタリア貴族として社交界に登場。
魅力的な人格、カリスマと莫大な財宝で一気に人びとの心を手中に収めます。
この見事な、かつ説得力ある変貌にただただ圧倒されながら、読者は復讐の物語に巻きこまれていくのです。

仇敵3人の子供世代の成長物語

フェルナン・モルセール、ダングラール、ヴィルフォールにはそれぞれ子供がいます。
アルベール・モルセール、ユージェニー・ダングラール、ヴァランティーヌ・ヴォルフォールです。
エドモンの復讐の物語とともに、若い人びとのドラマやロマンスも描かれます。
というのも、財産問題から昔の秘密を知る人間同士で子どもたちの婚約を進めたからです。

もっともドラマティックなのは、岩波文庫では2巻から登場する、アルベール。
なんとエドモンの最愛の婚約者メルセデスと、仇敵のひとりフェルナンとの息子です。
メルセデスは今や、仇・フェルナンの妻となっています。
最愛の女性と人生を賭けて倒すべき男との間にできた息子であるアルベール。
明朗闊達な青年は、復讐に何の関係もありません。
モンテ・クリスト伯はどのような結末を用意するのでしょうか。

モンテ・クリスト伯は復讐の過程で、彼らの将来をあるときは支援し、あるときは踏みにじります。
どちらにも感情移入できてしまうのが、読み進める上でのハラハラポイント。
子供世代は若い人間が常にそうであるように、絶望することなく前を向きます。
そのあり方もこの作品に光を投げかけるのです。

「私がエドモン・ダンテスだ」

いよいよ後半。
正体と本名を隠しつづけていたモンテ・クリスト伯は牙をむきます。
カリスマと知恵、財宝から得た地位で仇敵たちを完璧に丸めこんだモンテ・クリスト伯は、9年間の長い準備期間のあいだに用意した、最強のカードを繰り出します。
このためにひたすら隠忍自重し、調査を重ね、布石を打ち、できうる限りの手をつくしてきたのです。

〈復讐〉のもっとも苛烈な形を、エドモンは知っていました。
相手に属するすべてをはぎ取ることです。
家族、財産、故郷、愛情、希望――。
その中には、罪もない子供世代も含まれています。
エドモンと関係のなかったダングラールやヴィルフォールの妻もいます。

自分を破滅に追いこんだ男たちの前に絶望を作り上げ、彼はついに名乗るのです「私はエドモン・ダンテスだ」――そのときフェルナンは、ダングラールは、ヴィルフォールはどんな〈復讐〉を眼にするのでしょうか。
そしてそこに救済はあるのでしょうか。

人間の智慧のすべてはこの二言に――「待て、しかして希望せよ!」

この大長編の読み方は2つに分かれます。
一気に読み進めるか、読み終わるのがもったいなくてチビチビ読むか。
筆者は後者でした。
無邪気な好青年が策長けた伯爵になるまでの変身は見事の一言。
岩波文庫で全7巻ありますが、飽きることなく一気に読み進めることができます。
はたしてモンテ・クリスト伯は復讐を遂げられるのか?すべての人物にはどのような最後が?モンテ・クリスト伯は最後に言います。
読者の手の中に救いの呪文のように残る一言です。
彼の長い旅はこの一言に集約されます。
「待て、しかして希望せよ!」その正体は、ぜひあなたの眼で。
photo by iStock

あきこのむ

Writer:

文学少女が世界文学の時代背景に興味を持ち、調べていたら大学では文学部じゃなくて歴史学部に入ることになっちゃった。生粋の文学好き美術好きの27歳です。現在はライターとして活動中。夢はロシアのサンクトペテルブルクでドストエフスキー「罪と罰」ごっこをすること。楽しくおもしろい歴史と本の世界を少しでも伝えられれば幸いです。

この記事のカテゴリ

書評

関連記事を見る

書評の記事を見る

【書評】村上春樹“ノルウェイの森” 死とセックスと「やれやれ」と
【書評】カフカ著「変身」から見る“さとり(ゆとり)世代”のコスパ感覚
【書評】自由をむしり取られた先の「楽園」――ジョージ・オーウェル『一九八四年』
【書評】恋の教え、結婚の教え、人生の教え――紫式部『源氏物語』
【書評】美しい過去をすてて生活へ!――チェーホフ『桜の園』
【書評】家族の中の「いい子」をやめる!摂食障害本「それでも吐き続けた私」(冨田香里著)
【書評】「もやしもん」~主人公はもしかしたら菌? 石川 雅之著
【書評】天にしたがい、道を説く人――下村湖人『論語物語』
【書評】イギリスの新米獣医「ヘリオット先生奮闘記」/ジェイムズ・ヘリオット 著
【書評】考古学学会では無視される壮大なロマン「神々の指紋」/グラハム・ハンコック著
【書評】「記憶に自信のなかった私が世界記憶力選手権で8回優勝した最強のテクニック」 /ドミニク・オブライエン 著
【書評】ものづくりには夢がある!「世界を変えるデザイン」/シンシア・スミス著