【書評】カフカ著「変身」から見る“さとり(ゆとり)世代”のコスパ感覚

ある朝目覚めると巨大な虫に変身していたことで始まるこの小説は、設定のインパクトが強く、読まずとも知っている方は少なくないと思います。

20世紀初頭のドイツで書かれ、“実存主義文学の先駆け”という小難しい肩書もありますが、21世紀日本にも通ずる身近な問題が描かれています。

そして、解釈によっては「さとり(ゆとり)世代」の長所や期待としても読める、とてもポジティブな本なのですよ。

あらすじ

96684:あらすじ

画像/Amazon.co.jp

巨大な虫に変身したのは、主人公のグレーゴルザムザ(以下、Gとします)。

精神的には人間のままだったGは、仕事に遅れぬよう虫の姿で出勤しようとします。
慣れない身体に悪戦苦闘しつつ、やっとの思いで部屋を出ると、家族と訪れた職場の上司に目撃され、恐怖の対象となります。

以降のGは、出勤どころか人間の食事や排泄もできず、虫としての生活を余儀なくされます。
露骨に嫌悪する父親、いつか人間に戻ると盲信する母親、唯一世話をする妹―、そしてGは気持ち悪い姿を見せまいと、部屋にこもって暮らすように。

一方、これまでGの収入に頼っていた家族は一気に困窮。
リタイアした父親だけでなく、学生だった妹や身体の弱い母親も働き始め、自宅の部屋を下宿として貸します。
それでも苦しい生活に雰囲気は悪化し、妹さえもGに対してぞんざいに。

Gの言葉は人間に通じず、人間の言葉はGに通じるため、伝えたいことは伝わらないのに、知りたくない本音を知ってしまう皮肉な日常。
ある日、不慮の事態から父親の逆鱗に触れたGはリンゴを投げられて致命傷を負い、心身ともに弱って虫のまま亡くなります。

もしも身体だけでなく心も虫に変われたなら絶望せずに済んだのではないか、Gの変身が家族や労働、人間の価値を読者に問い掛けます。

“実存主義文学”として読む

“実存主義文学”として読む

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まず、肩書になっている「実存主義」という観点での読み方を一つ紹介します。

「人間存在と倫理」(飯塚勝久編者)を参考に、「実存主義」を説明しますと“道具は先に目的(本質)があって作られるが、人間は違う。
本質に先立って実存がある”のだとか。

ややこしいですが、この考え方が本書の内容とどうシンクロするのかというと、“不条理な存在を受け入れて、どう生きるのか”をテーマとしている点です。

実存主義は「人がなぜ生まれたのか」を問わず、人間存在は「そもそも不条理なもの」だとします。
確かにGは物語の中で「なぜ突然、虫になってしまったのか」を考えず、虫として生きようとします。

その姿勢はGの家族も同じで、息子(兄)に起きた突然変異の原因を追究せず、父親はただ嫌悪し、母親は元に戻ると盲信し、妹は世話をします。

こうして不条理な存在を受け入れる姿勢が、実存主義文学という位置付けになるようです。

この実存主義を一躍有名にしたのはサルトルという哲学者ですが、著者カフカよりも後の人物になります。
カフカ自身は「変身」を実存主義文学とは言っていませんので、飽くまで解釈の一つだということを捕捉します。

“病気で働けなくなった息子”として読む ~父~

“病気で働けなくなった息子”として読む ~父~

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さて、一般的な実存主義文学としての読み方を紹介したところで、ここからは個人的な解釈に移ります。
虫に変身したGを家族側から見ると、“病気になって働けなくなった息子(兄)”のようにも見えるのです。

Gは、父、母、妹の4人家族。
5年前に父親の商売が破たんしたことを契機に働き始め、職場の社長に借金があるようです。
Gはただの店員から外交販売員という職にのし上がったものの、労働環境は劣悪。
社長に負債があるために手を抜くことが許されず、一方では家族の生活を一手に支えているため、板挟み状態に悩んでいたようです。

ここで“虫”に変身したという状況を“病気”になったと置き換えてみます。
Gは懸命に働くものの、心身ともに限界を超えて、ある朝身体が動かなくなったと捉えることはできないでしょうか。
例えば“うつ病”のように、少しずつ蓄積された無理やストレスがある時、溢れたのかも知れません。

さて、虫になるまで身を削ったGですが、父親からの労いはありませんでした。
変身後は役に立たない気持ちの悪い存在となり、辛辣な態度を示してGを一層追い込むだけ。

うつ病になり働けなくなった息子も、“ダメな人間”として扱われれば、回復どころか余計に引きこもってしまうかも知れません。

“病気で働けなくなった息子”として読む ~母~

“病気で働けなくなった息子”として読む ~母~

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一方、母親はいつか“元に戻る”と信じています。
父親にリンゴを投げられた時、最後にかばったのは母親でした。
妹が虫としてのGが過ごしやすいように、部屋を模様替えしようと提案した時も、母親はそのことで人間に戻ったGが戸惑うのではないかと心配します。

これは母の愛にも見えますが、息子の苦しみを無視して、光の部分しか見ようとしない都合の良い愛情とも取れます。
息子は不運にも“うつ病”になっただけで、すぐに治ると信じているのかも知れませんが、無理をしたからこそ病気になったのです。
“働く息子=立派”という理想が強すぎて等身大の息子が見えていないように思えてなりません。

こうあって欲しいという親の愛が逆にプレッシャーや存在否定につながることもあります。

息子側としては、“仕事ができなくとも容姿が醜くとも自分の息子に変わりはないという愛情”から安心を得て自信を取り戻すのではないでしょうか。







“病気で働けなくなった兄”として読む ~妹~

“病気で働けなくなった兄”として読む ~妹~

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妹だけは虫の兄にも情愛を持って世話をしました。
食事を検討し、家具の配置を考えて、“現在の兄(=虫)”と向き合います。
虫に対して「兄さん」と呼びかける妹の姿に、G自身も救われ、感謝したと思われます。

ただ、それもどこかに無理が生じたようです。
経済的に困窮し、働きに出て忙しくなると、妹の心に余裕がなくなります。
最終的に切羽詰まった妹は「もう充分に面倒を見たからこの“けだもの”を追放するべきだ」と両親に訴えます。

妹は両親の負担やショックを考えて、自分が頑張らなければと気負い過ぎたのかも知れません。
うつ病の患者をケアする家族が精神的に追い込まれるというケースをよく聞きますし、16~17歳の幼い少女には、相当なストレスだと考えられます。

一方、追い込まれたとは言え、妹の口から出た“けだもの”という言葉にGはどれだけ衝撃を受けたでしょう。
信じていた妹への絶望も手伝って、翌朝Gは亡くなります。

以上が“病気になった息子(兄)”としての読み方です。
今回は、蓄積した心身のストレスから発症する病の例として“うつ病”を挙げましたが、これに限らず色々な病気が当てはまると思います。

新世代の登場

新世代の登場

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このように“虫”を“病気”と読み替えて本書を解釈すると、現代日本を映しているようにも見えませんか。
不況を背景に、過労で心身を壊すケースは珍しくありません。

家族の対応がGの衰弱と死を助長した点は既に指摘しましたが、そもそもGの側に問題はなかったのでしょうか。
その答えには、不景気を生き抜くヒントがきっと隠されているはずです。

Gは真面目でプライドが高過ぎました。
過酷な労働に耐えたのは、家族の為でもあり、家族や社会から認められたいという自己実現でもあったはず。
もしも身の程を知って「できない」と断る勇気があれば、変身も死も免れたのではないでしょうか。

実はこの問題に、新たな解決策を提案する生代として、“さとり世代(=ゆとり世代)”が登場します。

ただし、この書評を書いている私はさとり世代より年上ですから、この先は「さとり世代 盗んだバイクで走りださない若者たち」(原田曜平著)を参考にしながら進めたいと思います。

さとり世代のコスパ感覚

さとり世代のコスパ感覚

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「さとり世代」の定義について、今回は「ゆとり世代」の同義とします。
ゆとり世代とは、1987年度以降に生まれた年代に対し施行されたゆとり教育に由来しますが、ネガティブな意味合いも含むため、本人たちも「さとり世代」という呼称を喜ぶそうです。

実はこのさとり世代、本書によると“無駄な消費や無駄な努力を拒否し、コスパ(コストパフォーマンス)重視の価値観”が特徴なのだとか。
具体的にはバブル世代のように高級車に興味はなく、恋愛も遊びも節約意識が強く、例えば外でお金と体力を使うより、家でゲームをすることに“コスパの良さ”を感じるそうです。

さて、この価値観をもしGが持っていたら変身することも死ぬことも免れた気がしませんか。
「家族の為に身を削って努力した結果、虫に変身した」というGの運命、これ程コスパの悪い生き方があるでしょうか。

本書によれば「さとり世代は“面倒臭い”が最上位概念」だそうですから、そもそも、他人の為に努力することをどこか冷めた目線で俯瞰するような印象さえあります。

家族を支えるGの姿は美しく、無理をしているGに気付けなかった家族側にも問題はありますが、自分の限界は自分にしかわからないもの。
G自身に見栄を張らず頑張り過ぎないコスパ感覚があれば、救われたのではないかと思わずにはいられません。

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