【書評】恋の教え、結婚の教え、人生の教え――紫式部『源氏物語』

中世の貴族世界の風俗をくまなく描き、政治小説であり恋愛小説、さらには詩集までもがいっしょになった作品はなぁに?――正解は、世界最古の長編写実恋愛小説『源氏物語』!光源氏は本当にサイアク男だったの?紫の上が最後は正妻じゃなくなったのを知っていましたか?ただの恋愛小説と思うなかれ、『源氏物語』には現代人が生きていくうえで、恋をし結婚をしていく上で、あまりにの大切な数々の教えが詰まっています。恋、結婚、人生、そして自分をとりまく不思議な神や仏の力……。世界に眼を向ける前におさえておきたい日本文学の原点『源氏物語』のご紹介です。

あらすじ――『源氏物語』

95862:あらすじ――『源氏物語』

画像/Amazon.co.jp

「母とはこんな人だろうか」初恋の女性は父の妻でした。
五歳年上の女御・藤壺の宮。
義理の母に禁断の恋をした光源氏。
元服と同時に娶った正妻・葵の上は尊貴かつ堅苦しい女性。
藤壺の宮の面影を探して恋をあさる人生がはじまります。
たおやかでやさしい夕顔と恋に落ちますが、夕顔・葵の上ともに、愛人にしていた六条の御息所の生霊に祟られて亡くなってしまいます。
痛手を受けた光源氏の前にあらわれたのは、藤壺の宮そっくりの面影を宿した少女・紫の上。
のちに彼女は光源氏最愛の妻として一生をともにすることになります。

しかし光源氏は兄帝の寵妃・朧月夜と密通し、遠く須磨、そして明石に流離います。
そこで出会った運命の女人・明石の君。
身分が低いながらも美しく完璧な貴婦人の明石の君は、光源氏の姫君を産み落とします。
京の都へ戻った光源氏は夕顔の娘・玉鬘を養女にします。
かつてのやさしい夕顔の面影を見て、若々しい玉鬘に恋慕する光源氏。

藤壺の宮との不義の子・冷泉帝は帝位につき、息子・夕霧は結婚。
娘・明石の姫君は東宮(皇太子)に入内(じゅだい。
嫁入りすること)。
准太上天皇まで位を進めた光源氏は、すべてが成就して幸福この上ないかと思われました。
しかし身分相応の妻として娶った女三の宮の降嫁により紫の上は正妻の地位を追われ、それによって光源氏の苦悩も深まっていくのです……。

あなたはどの人物に感情移入する?

あなたはどの人物に感情移入する?

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いやあ、あらすじをまとめるのに、苦労しました。
なぜってこの物語はとにかく登場人物が多い!光源氏と近しい主要人物な女性登場人物だけで17人います。
有名どころだと紫の上、藤壺の宮、夕顔、六条の御息所、明石の君……。
どの女性も魅力的ですが、あなたは誰に感情移入しますか?

代表格は、紫の上と明石の君。
明石の君は、神から定められた宿運により光源氏と結ばれ、現地妻で終わるはずだったのが子供まで宿した超強運の持ち主です。
身分は低いながらも、美貌才能心ばえ、すべてを兼ね備えたハイスペ女子。
結婚を夢見る女の子はまず明石の君に感情移入するはず。
そしてパートナーを見つけたあとは、紫の上の愛と苦しみに共感できる部分が多くなるのでは。
何があろうとこの人を自分の片割れとして愛し歩んでいく……そんなときに紫の上の姿を頭に思い浮かべると、勇気をもらえます。

完璧な女性でありながら「2番目」に甘んじなければならない六条の御息所には、たとえば不倫中の女性が感情移入しちゃうかもしれません。
「どうせキレイじゃないわたしなんて……」というあなたには、光源氏に忘れられても何年も待ちつづけ、その甲斐あって光源氏にふたたび愛されたブス女の代名詞・末摘花、そしてかならずしも見目麗しくないのに、やさしくなつかしい心を持ち、家事スキルパーフェクトゆえに生涯の伴侶と光源氏が選んだ1人・花散里にパワーをもらえますよ。

「光源氏サイアク男」説に反論!

「光源氏ってあっちこっち女に手をつける浮気男なんでしょう?マジ最悪!」一夫一婦制の現代では当たり前の意見です、私もそう思います。
しかし「光源氏」を免罪符に使う世の浮気男のみなさま、しばしお待ちを。

光源氏は歴史上まれに見るチートハイスペック男子。
皇子様でイケメン金持ち、やさしくて思いやりがあり、作中で何度も登場人物たちが語るとおり「光源氏がその場にいるだけで幸せになる」オーラを振りまくのです。
ましてや時代は一夫多妻の平安時代。
もう、しかたないですよ。

光源氏は35歳のころに〈六条院〉と呼ばれる邸を造ります。
そこにはなんと!これまで関係した女性をみーんな住まわせて、死ぬまで面倒見たのです。
お手つきになった女房も含めると相当数にのぼります。
そこまでの甲斐性がある男はなかなかいないもの。
光源氏、なかなかやってくれる男です。
浮気するなら、相手の女の一生を最後まで面倒見る覚悟でいたいものですね。

恋したい!結婚したい!ならばココを読むべし!

『源氏物語』は筆者の人生バイブルにして恋愛バイブル。
結婚に行き着くことができたのも『源氏物語』のおかげです。

まずは『帚木』の帖にある有名な「雨夜の品定め」。
結婚するならどんな女がいい?ということを若き貴公子たちがダベる男子会です。
やさしいだけの女はダメ、ほんのちょっと嫉妬してくれるくらいがちょうどいい。
家事はできなきゃダメだよね。
家に帰ったらちょっと薄化粧をして多少はおしゃれして、仕事の話をウンウンと話を聞いてくれる。
……そんな妻がほしい!と。
現代の男性にも通じるものがあるのでは?

次いで『藤のうら葉』において、息子・夕霧に語り聞かせる「男の幸せ結婚術」。
理想の人が見つからない?しかし高望みしてもチャンスを逃がすだけ。
「なんか違う!」と思う女性と結婚したとしても、妻の親への思いやりとして大切にあつかうことだ。
多少の我慢をしても、自分にも相手にもよいように添い遂げるべし、と光源氏は説くのです。
かなり役立つことを言ってると思いませんか?ほかにも『夕霧』の帖にある「女の嫉妬対処法」なども必見。







恋は「前世の因果」、ふしぎ極まりない力

光源氏、頭の中将(のち太政大臣)、夕霧、柏木……平安貴族の恋の蝶々たちは、必殺!逃げ口上「前世の因果」を持ちだして恋愛と不倫と浮気を正当化します。
そう、恋愛は前世からの因縁、ふしぎなご縁なのでしょう。
恋したことがある人なら承知のとおり、その引力には逆らえません。
しかしそれゆえに多くの苦しみや悲しみが生み出されます。

『若菜』の帖以降は日本文化のベースともなった「もののあはれ」全開です。
高貴な正妻として女三の宮を迎えた光源氏は、手痛い裏切りを体験します。
紫の上を苦しめた恋の因果。
そして両親、保護者、恋人など多くの大切な人を見送った生死の因果。
その大きな力の前に、みずからがしてきた選択に、光源氏は無力を痛感します。
自分をとりまく、大きな流れ。
恋に苦しみ、愛に生き、晩年には自らの片割れであった最愛の人を喪った光源氏は栄光の中で、一体何を見出すのでしょうか。
光源氏の人生を通じて私たちは、生きることの美しさ、尊さ、そして無力さを体験するのです。

1000年の時のかなたから、光源氏が伝えること

1000年を経てなお、光源氏、そして多くの女人たちの物語は私たちに人生を、愛を、恋を語りかけ、それらについて尊い教えを与えてくれます。
『源氏物語』には数多くの現代語訳が出ていますが、そのうちでも与謝野晶子訳は青空文庫やKindleにて無料で読むことができます。
谷崎潤一郎訳も著作権が切れたのでじきに無料配布されるでしょう。
訳によってまったく異なる文章・情緒のあるのを楽しむのも『源氏物語』の愉しさの1つです。
また入門書としては大和和紀の漫画『あさきゆめみし』がイチオシ。
ぜひともこの機会に日本の古典の最高傑作に触れてみてください。
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Writer:

文学少女が世界文学の時代背景に興味を持ち、調べていたら大学では文学部じゃなくて歴史学部に入ることになっちゃった。生粋の文学好き美術好きの27歳です。現在はライターとして活動中。夢はロシアのサンクトペテルブルクでドストエフスキー「罪と罰」ごっこをすること。楽しくおもしろい歴史と本の世界を少しでも伝えられれば幸いです。

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