【書評】村上春樹“ノルウェイの森” 死とセックスと「やれやれ」と

村上春樹の作品でも「ノルウェイの森」は特に有名ではないでしょうか。1969年頃に活発化した学生運動を背景に、男子大学生の恋愛を描いた本作は、1987年に初版され、2010年には映画化もされました。

「村上春樹、河合隼雄に会いに行く」(岩波書店)の中で、村上氏はノルウェイの森について「あの小説の中ではセックスと死のことしか書いていない」と言っています。

死とセックスを通し、繊細で傷付きやすい若者の苦悩を描きだす本書は、初版から30年経った現在でも色褪せることなく読者を惹きつけます。


あらすじ

96686:あらすじ

画像/Amazon.co.jp

主人公のワタナベ君は高校時代に親友(キザキ君)を自殺で亡くします。
当時キザキ君には直子という恋人がいて、三人で遊ぶような良好な関係でした。
キザキ君の死により、疎遠となったワタナベ君と直子は大学生になって偶然にも再会し、恋愛関係に発展します。

少しずつ距離を縮めているかに見えた二人の関係ですが、直子は突如、ワタナベ君の前から姿を消します。
情緒不安定な直子は心身のバランスを崩し、大学を休学して施設に入ってしまったのです。

一方、ワタナベ君は同じ大学に通う緑という女の子と仲を深めていきます。
明るく天真爛漫で強烈な個性を持つ緑には、控えめで影のある直子とは全く違った魅力がありました。
施設に入った直子に対し、回復を待つと約束したワタナベ君は、緑に惹かれている自分に戸惑います。

二人の間で揺れ動く姿は優柔不断に他なりませんが、若さ故の未熟な優しさや正義感には共感させる余白がありそうです。
恋愛を通し“他人を傷付けずに生きられない”ことに気付いていく姿には、現在の自分や嘗ての自分を重ねる読者もいるのではないでしょうか。

最後には死を選んだ直子、一方でワタナベ君の選んだ答えとは何だったのか、是非本書で確かめてみて下さい。

時代背景

時代背景

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物語の舞台は学生運動が盛んだった1968年から70年にかけて。
その頃の時代背景を簡単に紹介します。

東大闘争や日大闘争が有名ですが、1969年は東大が入試を中止する程に荒れていました。
学生運動の波は全国に広がり、ストライキやバリケード封鎖という手段で学生は暴力を辞さず、大学や国に対して反発しました。
反発の理由は様々ですが、当時の学生が怒りの感情を“闘争”という形で表現した点は共通しています。

最終的には機動隊によりバリケードは崩されますが、闘争の過程では死者を含む多数の犠牲者と逮捕者が出ました。
村上龍の「69」という小説では高校生の闘争が描かれており、当時の学生運動が大学生だけでなく広く影響力を持ったことが窺えます。

私自身が1980年代の人間なので、当時の様子が現実にはわかりません。
本気で反発していたのは一部で、多くの人は流行に乗っていただけかも知れませんし、それすらも俯瞰して、無関心だった人もいたはず。

ですが、当時の学生が一斉に反発したことは、それ以降の世代とは違った特有の抑圧とそれに対するエネルギーがあり、支えとなる正義感があったのではないかと推測できます。
その反発が正しいかは別として、この小説の背景として補足します。

下劣な人々

さて、そんな時代において、ワタナベ君はどのような人間性を持っていたのでしょうか。

ワタナベ君は大学がストに入って講義がなくなろうが、「大学解体」と叫ぶ人がいようが、迎合も反発もしませんでした。

やがてバリケードが崩され逮捕者が出てもワタナベ君は興味のないままでしたが、ストが解除され、講義が再開されたとき、ワタナベ君は憤りを見せます。
それは、最初に講義に出席してきたのが、ストを指導した立場の人だったからです。
結局は単位を落とすのを怖がるレベルの連中が「大学解体」と叫んでいたのかと、呆れ果てます。

「こういう奴らがきちんと大学の単位をとって社会に出て、せっせと下劣な社会を作るんだ」

ワタナベ君は、下劣さに対抗する手段として、講義に出ても返事をしないことにします。
出席しても返事をしない奇妙な行動で、ワタナベ君はクラス内で孤立していきます。

調子の良い人間に苛立つワタナベ君は何事にも“公平”であろうとする人なのだと思います。
でも、筋を通すよりも臨機応変に立場を変える方が、結果的に社会では生き残るという構図は、いつの時代にも共通する法則かも知れません。
そういう下劣さの指摘には思わず頷く人も多いのではないでしょうか。

永沢さんという男

ワタナベ君には永沢さんという先輩がいました。
永沢さんは東大法学部に通う天才で、家柄も風采も良く、周りに一目置かれていました。
ストイックな努力家で、常識にとらわれず我が道を行くタイプ。

永沢さんには恋人(ハツミさん)がいましたが、色々な女の子をナンパしては酒を飲み、セックスをする行為を繰り返します。
ワタナベ君も何度か行動を共にして、ある時、空しくないのかと質問します。
永沢さんは「空しくなるのはお前がまともな人間の証拠だ」と答えます。

永沢さんはその手の素行をハツミさんに隠しません。
“そういう自分を恋人にするかはハツミの問題だ”というような、良く言えば自立した、悪く言えば傲慢な人柄でした。

浮いた存在のワタナベ君と、一目置かれる永沢さんは仲良くなります。
でも、ワタナベ君は、永沢さんの人間性を認める一方で、絶対に心を許すまいと考えていたそうです。

きっかけは、永沢さんが酒に酔って女の子に意地悪くするのを目にしたことだそうですが、具体的な内容はわかりません。
ただ個人的には、ワタナベ君も一緒に刹那的なセックスをしているわけで、傷付いた女の子もいたかも知れないし、永沢さんに対して偉そうに言える立場なのかと疑問には思います。

ハツミさんという女性

ハツミさんは永沢さんの行動を全て黙認した上で、永沢さんを愛し、いずれ結婚し普通の家庭を築きたいと夢見ていました。
一方で、永沢さんは結婚するような凡人ではないとわかっていて、思い描く幸せはないと悩んでもいました。

やがてハツミさんは永沢さんと離れ、数年後に別の男性と結婚し、その数年後に自殺します。

「ハツミの死によって何かが消えてしまったし、それはたまらなく哀しく辛いことだ。
この僕にとってさえも」

ハツミさんの死を告げる永沢さんからの手紙をワタナベ君は破り捨てます。

そして、「永沢さんにも僕にも彼女を救うことができなかった」と悲嘆します。

“誰かを救う”という表現は美しく正義感に満ちていますが、ワタナベ君のエゴに思えてなりません。
救うという表現に何かしらの傲慢さを感じてしまうのは私だけでしょうか。
個人的にはハツミさんの行動はハツミさんの問題だとする永沢さんの考え方に同意します。

ワタナベ君と永沢さんの相違はどちらが正解という類の話ではないのかも知れませんが、後に紹介するレイコさんという女性は、ワタナベ君の感傷的な弱さをズバリ指摘します。

「やれやれ」というセリフ

ここで少し脱線します。
レイコさんに触れる前に、ワタナベ君の独特な話し方について言及させて下さい。
実は、著者の登場人物は他の小説でも共通して、似たような言葉遣いをする特徴があります。

例えば「もちろん」「まさか」「やれやれ」「あるいは」といったもの。

一般的には、「もちろん、~だよ」「まさか、~のわけないよ」というように、後に説明を続けると思うのですが、ワタナベ君はこの一言で会話を済ませようとします。

その言い回しは簡潔がゆえに、セリフに行間が生まれ、ワタナベ君自身に洒落た雰囲気を与える効果がありますし、著者の作品が純文学的な彩りを持つ一因なのかも知れません。

さて、本書の中でも特に下巻において目に留まるのが「やれやれ」というセリフ。

「やれやれ、参ったな」という状況は日常的にありますので、心の声として発することはあっても、音として発することは果たして一般的でしょうか。
文脈を一つ引用します。

(ワタナベ)「それが君の今いちばんやりたいことなの?」

(緑)「そう」

(ワタナベ)「やれやれ」

違和感と行間のある言い回しだと思いませんか。
「やれやれ」だけでなく、独特のセリフに注目して読んでみるのも面白いのでお勧めです!

レイコさんという女性

さて、話を戻します。
心を病んで施設に入った恋人の直子が自殺すると、ワタナベ君は喪失感と無力感に苛まれます。
施設で直子を世話していた女性(レイコさん)は、ワタナベ君を心配して訪れ、「あなたの責任ではない」と繰り返します。

感傷的なワタナベ君に、レイコさんは「強くなりなさい」と告げます。
緑に魅力を感じ、直子を裏切った自分が許せないと苦悩する姿に、緑と幸せになるように勧めるレイコさん。
やはり女性に比べると男性は繊細で弱い部分があるのかも知れません。

ですが、物語はここから急展開。
随分とウジウジしていたワタナベ君が、当然の流れなのか、レイコさんとセックスを始めるのです。

直子や緑、その他行きずりの女性たちだけでなく、レイコさんとも関係を持つワタナベ君。
少し前まで自己嫌悪と自己憐憫に浸っていたワタナベ君。
愛に傷付いたはずのワタナベ君。

「やれやれ」はこちらのセリフだ!と、言いたくなります。

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