人生最高の旅行をするために、持って行くべき、たったひとつのもの。

旅先で退屈な思いをしたり、あまり楽しい経験ができなかったとき、私たちはその場所を「何もない」と表現することがあります。ですが、目の前に1本の草も生えていないような、本当に何もない場所などはありえず、少なくからず私たちは何かを見て、耳にし、感じ取っていることに間違いはありません。それでもやはり「何もない」と感じてしまう私たち。自分自身がいったい旅行に何を求めているのか、それを考え直すときかもしれません。

世界はいつでも、すぐそばにある

世界はいつでも、すぐそばにある

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インターネットにスマートフォンなど、昔、SFアニメで描かれた夢のツールを現実に手に入れたことによって、私たちはいつ、どこにいても世界中の人たちとやり取りができるようになり、リアルタイムに遠隔地の情報を手に入れられるようになりました。

小型無人飛行機ドローンの技術運用もいっそう期待されるところですが、流通技術も高度化したことで、通信販売もますます便利になり、日本国内だけではなく、世界各国の特産物が、翌日には自宅で楽しめるような環境が整いつつあります。

また、Google Earthのような映像技術、GPS技術も進化し続けていて、画面を数回タップすれば、アマゾンの秘境からエベレストの頂上に至るまで、世界中のバーチャル旅行を楽しむことができますし、音声技術の高度化により、ナイアガラの滝の音、熱帯ジャングルの鳥たちのリアルな鳴き声を聞くことも思いのままです。

変わる旅行風景、変わる価値観

変わる旅行風景、変わる価値観

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現代の技術を利用すれば、その場所に行かずとも、五感のほとんどで世界を感じることができるようになり、まるで距離が縮まった錯覚を持ってしまうほどの夢のような世の中ではありますが、その一方で、私たちに起きている変化を見過ごすことはできません。

世界中にある美しいものやおいしいものに慣れてしまうにつれ、世界が当たり前のものとして見え、多くの絶景が普通の景色として映り、食事をしても驚きではなく、「○○に似ている味だ」という比較でしか表現できなくなってしまうなど、私たちが感じる新しいものへの驚きは次第に少なくなり、満足感のハードルはどんどんと高くなるばかりです。

源泉数は、国内最多。日本一の温泉地、大分

源泉数は、国内最多。日本一の温泉地、大分

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かつて観光客で賑わった日本の名所は、いまや古き良き時代の産物でしかないのでしょうか。

4,000を超える日本一の源泉数をほこり、湯布院や別府など、日本を代表する温泉地として知られる大分県。
その特徴は、世界で11あると言われる泉質のうち、10の効能をこの大分だけで堪能できるという豊富さにあり、近年では韓国・中国を中心とする海外からの宿泊客も訪れる温泉名所になりつつあります。

ですが、今から40年前、大分には年間約800万人もの宿泊客が訪れていましたが、海外格安プランの登場や、世界中の観光地との広告合戦にさらされた結果、かつての「日本のお風呂場」は、シャッターを閉めるお土産屋が後を絶たず、最近の宿泊客数は500万人程度にまで落ち込んでいます。
2016年4月の熊本地震の風評で観光客はさらに減り、被害額は100億円を超え、今年度の宿泊客は当時の半分以下、350万人程度に留まるとも言われています。

かつての高級リゾート、熱海

かつての高級リゾート、熱海

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日本一のリゾート地と言われ、首都圏から最も近い温泉街のひとつ、熱海。
ピーク時には年間600万人近い宿泊客が訪れたこの地も、現在は300万人程度にまで半減し、かつての賑わいは失われつつあります。

江戸時代には徳川家康も訪れ、徳川家御用達の温泉地として名を馳せたこの地は、特に明治・大正・昭和の時代に多くの文学作品に登場したことにより、有名作家や財界人の高級リゾートとして知られるようになり、彼らの別荘のいくつかがいまも残っている歴史ある温泉街ですが、こうした「大正ロマン・昭和レトロ」な印象が裏目に出てしまったのか、いま現在の熱海のイメージに関するアンケート調査では、「さびれている」「一昔前」「温泉しかない」といったネガティブな回答が大半を占めているそうです。







受け身になった、私たちの旅行スタイル

受け身になった、私たちの旅行スタイル

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海外旅行に慣れた私たちが、いま大分や熱海に行って思うことは、「何もない」の一言なのかもしれません。

ですが、大分の街のあらゆるところからは今も湯煙が立ち上がる光景があり、熱海には変わらず石畳や建造物が残されていて、目の前に広がるのは、当時、観光客で賑わったときと変わらない風景や雰囲気であることを考えると、「何もない」と感じてしまうのは、その場所のせいではなく、贅沢になってしまった私たちの心次第のように思えてきます。

いつのまにか私たちの旅行のスタイルは、世界中の「見たことのない絶景」「味わったことのない料理」「経験したことのないアクティビティ」、こうした新しい何かに驚かせてもらうことに価値が置かれ、「楽しませてもらう旅行」「受け身の旅行」に変わってきているように思います。

旅行とは、宝探しのように何かを見つけ出そうとする探究心や好奇心が原点にあるはずで、もっと自分から楽しみを見つけていくもののはずです。
一見「何もない」光景であっても、それにワクワクし、文化や風情、人々の価値観などを探しだし、目の前の全てを楽しもうとする好奇心こそ、旅行に持って行くべき最も大切なものではないでしょうか。

「何もない」場所なんて、ない。

旅行は「楽しむもの」であって、「楽しませてもらうもの」ではありません。
また、それを楽しいか退屈かを判断するのは、ガイドブックではなく、自分の気持ちであることも言うまでもありません。
ガイドブックを制覇しようと忙しなくスケジュールを追いかけるよりも、目的なくゆったりと街を歩き、名前も知らない川を眺め、見つけたカフェに立ち寄り、そこで出会った人と会話する、それでも自分が「楽しい」と思えれば、それ以上に価値ある旅行はないはずです。
絶景であろうと、なんの変哲も無い風景であろうと、そこに好奇心さえあれば、その旅行は必ず、人生最高の経験になるはずです。
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