湯河原温泉の歴史とお薦めスポット3選!万葉集にも詠まれた古湯です

湯河原(ゆがわら)温泉とは神奈川県の西部、相模湾に面した、小田原と熱海のちょうど中間位に位置する風光明媚な温泉地。一年を通じて穏やかで温暖な気候に恵まれ、古くから良質の湯が湧くとして、多くの文人墨客に愛されてきた趣きある町並みが魅力です。純和風の日本旅館が建ち並ぶ古き良き風情漂う湯河原温泉の魅力、歴史を紐解きながらたっぷりとご紹介してまいります。


歴史ある古湯・湯河原温泉の歴史

万葉集にも登場する歴史ある温泉場

万葉集にも登場する歴史ある温泉場

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湯河原温泉は、伊豆半島から熱海、箱根方面へと連なる火山群から形成されるカルデラ内に湧き出す湯が源泉と言われていて、かなり古くから湯量が豊富であったと考えられています。
そのため温泉としての歴史は古く、1300年ほど前には既に、湯が湧く場所として認識されていたようです。

奈良時代に編纂された歌集『万葉集』の中にも、東歌(あずまうた)の合間にこんな歌が詠まれています。

”あしがりのとひのかふちにいづるゆの よにもたよらにころがいはなくに”

冒頭部分の”あしがりの~”は「足柄の土肥の河内に出づる湯」であり、湯河原地方がその昔土肥(とひ)と呼ばれていたことから、この歌が湯河原のことを指しているのと考えられているのです。
現在の湯河原温泉は、湯河原駅から千歳川という川に沿うように温泉旅館が建ち並び、趣きある風景を作り出しています。

おそらく、奈良時代のこのあたりは、まだそれほど人が住んではおらず、集落らしい集落もなかったと思われますが、それでも既に、昼夜問わず河原にこんこんと湯が湧き出る印象深い場所として知られていたのでしょう。

また、湯河原には、源頼朝がしばらく身を潜めていたことでも知られています。
頼朝は若いころ、伊豆に幽閉されていましたが、1180年(治承4年)、北条氏を始め土地の豪族たちと共に、打倒平家を掲げて挙兵。
しかしこのときは敵の側に分があり大敗を喫して敗走し、しばらくの間、湯河原の地に身を潜めていたのです。
頼朝はその後、海を渡って難を逃れ、再起を図ることとなります。
一説には、湯河原を治めていた土肥氏が頼朝を故意に見逃した、とも伝わっていて、そんな縁から、湯河原の地には頼朝ゆかりの地がいくつも残されているのです。

江戸から明治へ・人気湯治場となった湯河原温泉

江戸から明治へ・人気湯治場となった湯河原温泉

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相模湾に面し、海の幸山の幸に恵まれた名湯として、江戸時代には湯治場として人気を集めた湯河原。
江戸後期、相撲番付を真似て作られた「温泉番付(諸国温泉功能鑑)」でも、”豆州湯河原の湯”という名称で東方の前頭、小結のすぐ下にランクイン。
草津や那須といった大規模な温泉地と肩を並べ、順位としては箱根(相州足の湯)より上という健闘ぶり。
評価が高かったことが伺えます。
当時から、湯河原の湯は薬湯としても人気があったそうで、特に切り傷などに効果があると言われていました。

江戸から明治に入ると、湯河原温泉にも大きな転換期がやってきます。
交通機関の発展です。

1872年(明治5年)に新橋から横浜(現在の桜木町駅)の間に鉄道が開通し、路線が西方面にどんどん伸びて1887年(明治20年)には国府津駅が開業。
鉄道によって多くの観光客が運ばれるようになり、熱海、箱根と共に湯河原にも、より多くの湯治客が訪れるようになりました。

といっても、熱海や湯河原に、明治の初めごろにすぐ鉄道が引かれたわけではありません。
当時、湯河原に湯治客を運んだのは、なんと人力による鉄道。
道にレールが敷かれ、トロッコのような箱車に乗客を乗せて人夫数人で押すという、世にも珍しい交通機関が1896年(明治29年)に開通。
豆相人車鉄道(ずそうじんしゃてつどう)といい、1906年(明治39年)には社名を「熱海鉄道」に変更して、動力も人車鉄道から軽便鉄道(一般的な鉄道よりも安価で簡易的な鉄道)へ。
小田原から熱海までの間の14駅を、1923年(大正12年)の関東大震災によって全線不通・廃線となるまでの足掛け30年余りの間、主に湯治客を乗せて運行していました。

複数の開湯伝説を持つ湯処・湯河原温泉

複数の開湯伝説を持つ湯処・湯河原温泉

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温泉地というと、大抵、徳の高い僧侶が発見したとか、有名な武将が戦いの傷を癒しに通ったのが始まりだとか…その温泉がどうやって発見されたのか、いわゆる「開湯」にまつわる伝承があるもの。
この湯河原には、そんな開湯伝説が複数存在するのも、古湯・湯河原の面白さのひとつに挙げられます。

最も古いものが「山伏説」。
加賀の国(現在の石川県)の二見加賀之助重行が発見した、という説です。
二見加賀之助重行は名のある武人でしたが、大化の改新後の新しい政治の圧力から逃れて都(奈良)を離れて山伏となり、数人の仲間と共に東方面への旅をしていました。
穏やかで温暖な土肥(湯河原)にたどり着き、この地で生活を始めたところ、渓谷からお湯が湧いているのを発見した、というもの。
673年(白鳳2年)のことだと伝わっています。

他にも、817年(弘仁8年)に大地震が起きた後、地質調査に派遣されてきた弘法大師(空海)が千歳川の上流で足を洗ったらその水が温かかった、という「弘法大師説」もよく耳にする説。
有名な僧侶の説としてもうひとつ、奈良薬師寺の僧、行基(ぎょうき)が薬師如来から湯が出ることを告げられた、という「行基説」も有名です。

また、少し変わった伝承としては、700年(文武4年)頃、役行者(えんのぎょうじゃ)という不思議な力を持つ呪術者が霊感によって発見した、という「役行者説」も。
さらに、矢で討たれて怪我をしたタヌキが湯で傷を癒したという「タヌキ説」もあります。

どの説も1000年以上前から長く語り継がれたものばかり。
結局、誰が最初に湯河原を発見したのか定かではないのですが、古くから多くの人々に愛され続けてきた温泉地であることには違いないようです。

文豪に愛された湯河原温泉

湯河原を訪れた明治の文豪たち

湯河原を訪れた明治の文豪たち

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古く万葉集にも詠まれていることから、湯河原温泉は文学や文人たちと深いつながりを持ち続けてきました。

文人たちが湯河原を訪れるようになったのは、人車鉄道が行き来するようになった明治の中頃から。
東京都心からのアクセスもよく、穏やかで温かい気候と良質なお湯の組み合わせは、しばしば文学作品の中にも登場するようになりました。

夏目漱石は自身のリウマチの療養のため、2度ほど湯河原に逗留しています。
未完の著書『明暗』の中にも、主人公が湯河原を訪れる場面が。
漱石が泊まった宿はもう無いそうですが、日本を代表する文豪が、湯河原の町で体を休めながら小説の構想を練っていたのかと思うと感慨深いものがあります。

明治の文豪として名高い国木田独歩も、湯河原を愛した文人のひとりです。
著書に『湯河原ゆき』『湯河原より』があり、本人も温泉が大変気に入ったようで何度も湯河原の地を訪れています。

数多くの小説を残した芥川龍之介も、療養のため何度か湯河原に長逗留をしていた文人のひとり。
のどかな風景に刺激を受けたのか、湯河原を舞台にした小説をいくつも書き残しています。

大正から昭和~平成の文豪と湯河原温泉

大正から昭和~平成の文豪と湯河原温泉

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湯河原の地に名前が残る文豪は他にもいます。

谷崎潤一郎は1964年(昭和39年)に湯河原に新居を構え、晩年をこの地で過ごしました。
「湘碧山房」と名づけられた新居で、3度目の源氏物語現代翻訳『潤一郎新々訳源氏物語』に取り組んだのだそうです。
湘碧山房は現在、ピジョン株式会社という赤ちゃん用品メーカーの会社保養施設となっていて、残念ながら一般には公開されていません。
中を見ることはできませんが、日当たりの良い小高い場所にあり、周囲を散策するだけでも穏やかな気持ちに。
わざわざこの場所を訪れる谷崎潤一郎ファンも多いのだそうです。

『路傍の石』や『真実一路』などの小説で知られる山本有三も、晩年を湯河原で過ごした文豪。
自宅は既に取り壊されてしまっているそうですが、湯河原の地で20年余りを過ごし、『無事の人』『濁流』の2作をここで仕上げたと言われています。

文豪ではありませんが、「東の大観、西の栖鳳」とも言われる日本画家・竹内栖鳳や、大正~昭和に活躍した洋画家・安井曾太郎も湯河原の地を気に入り、この地にアトリエを構えて数々の名作を描き上げました。
アトリエはもう残ってはいないそうですが、町立湯河原美術館で作品に会うことが出来ます。

そして現代にも、湯河原の風土に魅了された文豪が。
鉄道路線や時刻表トリックでミステリーファンを虜にする西村京太郎氏も、湯河原を愛し、移住したうちのひとりです。
千歳川沿いの少し奥まったところには「西村京太郎記念館」があり、生原稿など貴重な展示品を見ることが出来ます。
中でも作品の世界を再現した大ジオラマはファン必見です。

Writer:

歴史と歴史小説と遺跡を愛してやまない東京都在住の主婦。子供のころからの大の時代劇ファン。国内外問わず歴史小説を読むようになり、NHK人形劇「三国志」を見て中国史にはまって大学では東洋史学を専攻。愛猫とじゃれながら歴史小説を読み漁る毎日を送っている。趣味は古地図を眺めることとカメラ片手の街散策。

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