栃木観光で行きたい!世界遺産からあの歴史の舞台まで…歴史的観光スポット10選

ちょっと地味なイメージのある栃木県ですが、実は歴史スポットに恵まれた観光県でもあります。世界遺産「日光の社寺」をはじめ、戦国時代やそれ以前のスポットを知ると、意外な発見にもつながりますよ。日光だけでなく、県内各地に点在する城跡や寺、歴史ゆかりの地をご紹介したいと思います!

1.徳川家康を祀った日光東照宮(日光市)

1.徳川家康を祀った日光東照宮(日光市)

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世界遺産「日光の社寺」の構成資産であり、栃木県と言えば日光、日光と言えば日光東照宮というくらいに有名な歴史スポット・日光東照宮。
徳川家康ゆかりの神社だということはご存知の方が多いことと思います。

元和2(1616)年、家康は静岡県の駿府で亡くなり、最初は当地の久能山に葬られましたが、遺言によって日光へ移されました。

そして元和3(1617)年、家康を東照大権現という神として祀った神社「日光東照宮」が建立されたのでした。

現在の日光東照宮の主な社殿群は、家康の孫であり江戸幕府3代将軍でもある家光が行った寛永の大造替によって改築されたものです。
家光は祖父を深く尊敬しており、歴代の将軍の中でもずば抜けて参拝数が多いんですよ。

日光東照宮には幾つもの見どころがあります。

きらびやかで色鮮やかな彫刻が美しく、一日中見ていても飽きないことから「日暮御門」と呼ばれる陽明門。
平成29(2017)年3月に修復が完了したため、目の覚めるような美しさを今なら見ることができますよ。

神厩舎の壁に彫り込まれた、「見ざる・言わざる・聞かざる」で有名な「三猿」も要チェック。
動物でもう一つ有名なのは、家康の墓がある奥宮に通じる回廊にある「眠り猫」ですね。
奥宮にある叶杉に願い事をすると叶えてもらえると言われています。

また、大きな石鳥居付近はパワースポットとしても有名ですよ。

ところで、日光と言えば日光杉並木も有名ですよね。
天を突くように伸びた杉並木が壮観ですが、これは日光東照宮への参道なんです。
ぜひ、合わせて訪れてみるのがおすすめですよ。

2.1000年以上の歴史を誇る日光二荒山神社(日光市)

2.1000年以上の歴史を誇る日光二荒山神社(日光市)

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日光東照宮の隣に位置し、同じく世界遺産「日光の社寺」の構成資産でもある日光二荒山神社は、8世紀に開かれたと言われとても由緒ある神社です。
ご神体が日光連山(男体山・女峰山・太郎山)なのですが、そのうちの男体山の古名前が二荒山(ふたらさん)だったことが名前の由来なんですよ。
もともと下野国で一の宮として崇められていましたが、日光東照宮ができたことから、江戸幕府や庶民にいっそう大事にされてきました。

実は境内がとても広く、日光連山や華厳の滝、いろは坂まで含んでいます。
そのため、お宮は市内の御本社と中禅寺湖畔の中宮祠、男体山頂の奥宮と3つがあるんです。
男体山は標高2,486mもあるので、奥宮へ行く場合は本格的な登山になります。

御本社の祭神・大乙貴命(おおなむちのみこと)は福の神・縁結びの神ということで参拝客はひっきりなし。
幹が2つながら根が1つになった杉の木があり、寄り添う夫婦のようだということで夫婦杉と言われています。

また、鎌倉時代から伝わるという「化灯籠(ばけどうろう)」という石灯籠がありますよ。
夜、灯をともすと次々と形を変える不気味な灯籠だったため、警護の武士たちが何度も斬りつけたところ、元に戻ったそうです。
その名残か、たくさんの刀傷が残っているんですよ。

3.平家落人伝説が伝わる平家の里(日光市)

3.平家落人伝説が伝わる平家の里(日光市)

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栃木県の北西部、旧栗山村の湯西川温泉には、平家落人伝説が残っています。

平安時代末期、壇ノ浦の戦いで源氏に敗れた平家の落人が隠れ住んだと言われているんですよ。
中でも、平清盛の養子である清貞(きよさだ)の息子・景定(かげさだ)が落ち延びてきたそうなんです。

落人伝説の信憑性を高めるのが、ここの慣習。
目立たないように、端午の節句に鯉のぼりを揚げない、鳴き声が大きい鶏や犬を飼わない、煙が出ないようにたき火をしない、などという慣習が古くから守られているんです。

「平家の里」は、ひっそりと暮らしたという平家落人たちの暮らしを再現しています。
多くの古民家が立ち並び、6月には平家大祭という武者行列が行われますよ。

また、壇ノ浦がある下関市に、入水した安徳天皇を祀る赤間神宮(あかまじんぐう)という神社がありますが、この神社が唯一分祀されたのが、ここにある湯西川赤間神宮なんですよ。
この事実が、平家落人伝説の信憑性を高めていると思いませんか?

4.光と影の歴史・足尾銅山観光(日光市)

4.光と影の歴史・足尾銅山観光(日光市)

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現在は閉山していますが、足尾銅山の歴史は400年に及びます。

慶長15(1610)年、徳川家康に豊臣氏が滅ぼされる大坂の陣の5年くらい前に発見され、江戸幕府によって採掘が始まりました。
当時の通貨「寛永通宝(かんえいつうほう)」も鋳造しており、足尾で作られたものには「足」の字が刻まれ、「足字銭(あしじせん)」と呼ばれていました。
また、日光東照宮の銅瓦にも使われたんですよ。

その後、採掘量が減少しますが、明治時代に再び発展し、当時の富国強兵政策に大きく貢献しました。
20世紀初頭には日本の銅の40%を生産するまでになり、日本一の鉱都と呼ばれた時期もあったんです。

しかし、精錬所から出るガスによって周りの山林が枯れ、銅山で使う木材の伐採によって山が荒地となったため、大雨の後に洪水が多発するようになってしまいました。
それが下流にまで達したため、水質や土壌汚染が起き、「足尾鉱毒事件」が起きたわけです。
田中正造による明治天皇への直訴事件によって、世の中の注目を集めるようになりました。

昭和48(1973)年に閉山してからは、「足尾銅山観光」という観光施設となり、坑内の一部を見学できるようになっています。
トロッコ電車で坑内に入ると、当時の採掘現場の厳しい様子が人形で再現されたものが展示されています。
落盤だけでなく、粉塵を吸い込み、肺をやられて亡くなる人も多かったそうですよ。

こうした鉱山の歴史、そして銅の採掘から流通までが一度にわかるのが、この足尾銅山観光なんです。

5.洞穴に彫られた千手観音が見どころ・大谷寺(宇都宮市)

5.洞穴に彫られた千手観音が見どころ・大谷寺(宇都宮市)

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大谷石で有名な宇都宮市には、大谷石でできた洞穴内に千手観音などの仏像が彫られた大谷寺(おおやじ)があります。

これは磨崖仏(まがいぶつ/もしくは石仏)と呼ばれますが、自然の岸壁に彫った仏像のことなんですよ。
インドや中国にあるものも有名ですが、ここ大谷寺の磨崖仏は日本でも屈指のものとされています。
平安時代に弘法大師空海の作だとも伝わっていますが、バーミヤンの石仏との共通点が見られることから、アフガニスタンの僧が手がけたとも考えられているんですよ。
いずれにせよ、遠くシルクロードからの手法が使われているというわけです。

大谷寺は810年に空海が開いたとも言われています。
東国巡礼の際、この地に住みついていた毒蛇を空海が退治し、そこに千手観音が出来あがっていたという伝説があるんですよ。

鎌倉時代には周辺一帯に勢力を誇った下野宇都宮氏の保護、そして江戸時代には藩主となった徳川家康の曾孫・奥平忠昌(おくだいらただまさ)の保護を受けました。
また、日光東照宮建立の立役者・天海の弟子である伝海によってお堂が再建されています。

寺の向かいには、高さ27mもある巨大な平和観音が建てられています。
こちらは、太平洋戦争の戦没者供養と世界平和を祈って造られたものですが、磨崖仏と同様、大谷寺のシンボルとなっています。

6.今で言えば東大!?足利学校(足利市)

6.今で言えば東大!?足利学校(足利市)

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室町時代から戦国時代にかけてその名を轟かせ、関東の最高学府と呼ばれた足利学校は、創建は平安時代とも鎌倉時代とも、室町時代中期とも言われています。
後で紹介する鑁阿寺(ばんなじ)を開いた足利義兼(あしかがよしかね)が開いたとも、当時の室町幕府が設置した関東の出先機関・鎌倉府を補佐した関東管領の上杉憲実(うえすぎのりざね)が開いたともいうそうですよ。
上杉憲実の時代に学校が存在したことは確かで、彼は書物を寄進して学校を再興しています。

足利学校では、論語などをメインとした儒学、占いの易学、兵学や医学などを教えていました。
ここの出身者が戦国武将に仕え、とても役に立ったそうですよ。

生徒数は16世紀初頭には3,000人を超え、その勢いはフランシスコ・ザビエルの耳にも届き、「日本国中最も大にして最も有名なる坂東の大学」と海外に発信されたほどでした。

江戸時代には足利藩校となりましたが、明治維新の後に廃校となります。
しかし、有志によって江戸時代の学校の姿が復元され、当時の生徒たちの学び舎を今に伝えています。
論語の素読会なども開催されるので、生徒の気分を味わうにはぴったりですよ。
趣ある日本庭園の優雅さは、当時からここが最高学府として尊敬を集めていた様子が想像できます。

7.足利氏ゆかりの寺・鑁阿寺(足利市)

7.足利氏ゆかりの寺・鑁阿寺(足利市)

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鎌倉時代の建久7(1197)年、足利氏の2代目となる足利義兼によって建てられたのが鑁阿寺(ばんなじ)です。
義兼は後の足利尊氏の先祖に当たり、当時は源氏の御家人として仕えていました。
源頼朝の正室・北条政子の妹を妻としていたほどなので、かなり有力な家だったんですね。

鑁阿寺は足利氏の氏寺でもありますが、元々は足利氏の館でした。
そのため、敷地はほぼ正方形で四方向に門がつくられており、堀や土塁まであるんです。
寺というより武家屋敷のようなつくりなんですよ。

その後、徐々に寺院として整備され、国宝となっている本堂は足利尊氏の父・貞氏(さだうじ)によって建設されました。
15世紀初めのことですが、当時の中国における最新の寺院様式となる禅宗様式をいち早く取り入れていました。
他にも鐘楼やお経が保管されている経堂など、歴史ある建造物が境内にあります。
また、樹齢650年にもなる銀杏も立派ですよ。

近年では境内で音楽フェスが開かれるなど、歴史と伝統だけでなく先進的なところも感じさせるお寺です。

xiao

Writer:

世界と日本がどのように成り立ってきたのか、歴史についてはいつになっても興味が尽きません。切っても切り離せない旅と歴史の関係を、わかりやすくご紹介していけたらと思っています。

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