桜に囲まれた格式高い「仁和寺」の天皇をめぐる歴史ロマン

春に咲く御室桜で有名な仁和寺ですが、その歴史は古く平安時代までさかのぼります。天皇の勅願で建立され、代々門主を務めたのは皇族という京都のお寺の中でも最高ランクを誇る格式の高さです。仁和寺の見どころはたくさんありますが、本当におもしろいのは仁和寺を取り巻く歴史です。いくつもの時代と知られざる人々の苦悩を静かに見てきた仁和寺をご紹介します。

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仁和寺は京都のどこにある?

仁和寺は京都のどこにある?

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京都にはお寺がたくさんあり、その数はおよそ2000を越えています。
しかし京都は碁盤の目になっているので地形が把握できれば簡単にお寺の位置を把握することが出来ます。
まず京都の市内は4つのエリアに分割されているのでここを覚えると京都の町が分かりやすくなります。

その4つのエリアとは、大原三千院や貴船神社のある洛北(らくほく)、洛東(らくとう)には清水寺、銀閣寺があります。
そして洛西(らくさい)には、貴族の別荘が立ち並んだ嵐山、金閣寺があり、洛南(らくなん)は外国人に人気の伏見稲荷大社があります。

今回紹介する仁和寺は、洛西エリアに位置しているのです。

仁和寺はアクセスの良さが自慢

仁和寺はアクセスの良さが自慢

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京都のお寺は最寄りのバス停から15分〜20分ほど歩くお寺が多いなか、仁和寺はバス停の目の前が二王門です。
さらにバスだけでなく電車のアクセスも良く京福電鉄・御室仁和寺駅を降りるとすぐ二王門が見えきます。

壮大なロマンから生まれた「きぬかけの路」

壮大なロマンから生まれた「きぬかけの路」

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京都にはいくつも素敵な名前の道があります。
有名な道では哲学の道。

仁和寺のある洛西エリアにも素敵な名前の「きぬかけの路」という道があります。
金閣寺から竜安寺を通って仁和寺に至る全長2.5kmのその道は、実は仁和寺を建立した天皇のあるひとことがきっかけで名付けられた道だったのです。

その昔、天皇が側近たちに、

「夏にあの山に積もる雪が見たい!」と言いました。

それを聞いた側近たちは、当時、洛西にあった衣笠山(きぬがさやま)に白い絹をかけて山を覆い、まるでその山に雪が降り積もったように見せたというのです。

天皇の願いも壮大ですが、それを現実にしてしまう側近たちの発想も実に壮大。
この一件から衣笠山は「きぬかけの山」とも呼ばれました。

「きぬかけの路」という素敵な名前は、こうした一人の天皇の壮大なロマンから生まれていたのです。

仁和寺に仏教の繁栄と国の安定を願った

仁和寺に仏教の繁栄と国の安定を願った

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仁和寺建立を願ったのは、光孝天皇(こうこうてんのう)という平安初期の天皇です。

仁和寺は、仏教の繁栄と国の安定を図るために建立されました。
ところが光孝天皇は、仁和寺の完成を見ないまま亡くなってしまいます。
その後、仁和寺の建立は、光孝天皇の息子・宇多天皇が引き受けました。
あのきぬかけの路の名前の由来となった天皇です。
宇多天皇は父の意志を継ぎ、仁和寺を2年という早さで完成させました。

ところで、仁和寺が完成した時の寺号(じごう)と言われるお寺の名前は仁和寺ではなく、西山御願寺(にしやまごがんじ)という名前でした。
当時は北山・西山と呼ばれたいくつもの山々が全て西山御願寺の敷地で、なんと東西4.5km、南北5.2kmにも上る広大な敷地を誇る巨大寺院だったのです。

仁和という時の元号を誇るお寺

仁和という時の元号を誇るお寺

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仁和寺の当初の名前は「西山御願寺」という名前でした。
のちに「仁和寺」と改めましたが、これは光孝天皇が「仁和」という時代に仁和寺の建立を始め、完成したのも同じ仁和だったことから付けられた名前です。

現在2000を超える多くのお寺が建ち並ぶ京都でも、完成した時の元号をそのまま寺号に配することが出来たお寺は数えるほどしかありませんでした。
西山御願寺が仁和寺と名乗れたのは格式が高いという証明です。
仁和寺という寺号がすでに最高の格式を物語っていました。

さらに、仁和寺の歴代門主を務めたのは、代々天皇を始めとする皇族たち。
このような由緒正しいお寺を鎌倉時代以降は門跡寺院(もんぜきじいん)と呼ぶようになったのです。

仁和寺に仏教と国の行く末を託した風流人・光孝天皇

仁和寺に仏教と国の行く末を託した風流人・光孝天皇

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桓武天皇が京都に遷都してから、京都はみやこと呼ばれ、そのみやこを護るためいくつもの寺院が建立されました。
国の中心はもちろん天皇です。
天皇を取り巻く歴史やお寺が多く、天皇の歴史を知れば、当時の京都が見えてきます。

それでは仁和寺建立のきっかけとなった光孝天皇とはどのような人物だったのか。
光孝天皇は、風流という言葉がよく似合う天皇でした。
和歌を詠んだり、乗馬や弓矢を好みました。
性格は穏やかで怒ったところなど見たことがないと言われたほどの天皇です。

光孝天皇は天皇として生きるより、和歌を詠む歌人として生きたかったのかもしれません。

光孝天皇の優しいお人柄が表れた和歌

光孝天皇の優しいお人柄が表れた和歌

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光孝天皇の百人一首にもある和歌です。

「君がため 春の野にいでて 若菜つむ わが衣手に 雪はふりつつ」

光孝天皇は、着物の袖に降り積もる雪を気にしながらも、誰かのために若菜を摘むという歌。
この若菜は七草と言われていることから、五節句のひとつである一月七日の七草を摘む様子が詠まれたのかもしれません。
この日は普段あまり外へ出ることがない高貴な人々も外へ出て年の初めを祝いました。

この歌が詠まれた時はまだ天皇ではなかったのですが、皇族だったことには変わりありません。
それほどの身分の方が人のためにこうした振る舞いをするという皇族らしからぬ行動が、当時の貴族や民衆に支持されていました。
しかし人当たりがよく穏やかなその性格ゆえに光孝天皇は天皇へと推し上げられてしまったのです。

Writer:

はじめまして! 歴史と名の付くものには目がありません。特に日本の歴史が大好きで、歴史が繰り広げられた場所に行くことが何よりの楽しみです。 先人たちの残したものに触れたり、時には先人たちになりきって日本文化探訪旅行を楽しんでいます。歴史に興味がない人にも、 歴史って面白いんだなと思える感覚を味わってもらいたいです。

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