歴史を感じながら「哲学の道」を歩いてみませんか?

京都の人々の日常と歴史を垣間見られる哲学の道って、京都へ旅行に行ったら、なんだか歩きたくなりませんか?春には桜、秋には紅葉と四季折々の風情を感じられる素敵な観光スポットの哲学の道をご紹介したいと思います。

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桜並木で有名な哲学の道ってどんなところ?

桜並木で有名な哲学の道ってどんなところ?

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寺社仏閣が点在する京都の中でも道が整備されており、初心者も観光しやすいスポットの一つとして紹介される哲学の道。
東山で人気の侘び文化の象徴とされる銀閣寺などの寺社仏閣の観光と共に歩きたくなるのがこの哲学の道ではないでしょうか?「哲学の道」とは、北の銀閣寺から南の若王子神社までの、約1.5キロメートルの道です。
琵琶湖疎水沿いにあり、この道に沿うように風情ある寺社が並び、土産物屋や洒落たカフェも点在しています。

銀閣寺から南禅寺、永観堂や法然院などの有名なお寺を巡るのもよし、春には桜の花のトンネル、初夏のゲンジボタル、秋のもみじ、冬の雪の日には木々や路面に積もる雪景色と四季の移ろいを感じながらの観光もしてみたいものですね。
哲学の道を歩くだけで、京都のよさ全てを体感できるような気がしてきます。
川のささやくようなせせらぎや450本の桜並木を彩る桜を満喫できる春が、哲学の道を散策するのに一番おすすめの時期です。
多くの文人や哲学者が好んで歩いただけあり、癒しの雰囲気に満ちています。

哲学の道はこうやって造られた

哲学の道はこうやって造られた

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哲学の道は、明治23年(1890年)に、京都を復興するために建設された琵琶湖疎水が完成した時に、管理道路として造られたものです。
この琵琶湖疎水は京都の近代化には欠かせませんでした。
てっきり、観光するために整備された道が始まりと思っていたのでちょっとびっくりですね。
最初の頃は、ただ道として歩きやすければよいということで、芝が植えられている程度だったんです。
でも、だんだん人々が訪れて散策するようになり、明治になると文人が周辺に住むようになりました。
このころから哲学の道は、「文人の道」と呼ばれるようになります。
地元の人たちも、この美しい道にバリューネームを付けたかったんでしょう。
「文人の道」という名前があるだけで、特別な道と感じられますね。

ドンドン人が集まった理由の一つに、哲学の道は京都大学や名刹にも近く、閑静な環境だったことから文人も集まりやすかったのでは?といわれています。
この道が好きだった哲学者がいます。
哲学者で京都大学教授の西田幾太郎(にしだきたろう)氏です。
彼が思索を巡らせながら散歩していた姿を見ていた人は、この哲学の道を「思索の小径(しさくのこみち)」と呼びました。
また、彼の愛弟子の田辺元や三木清などもこの道を好みよく歩いていたそうです。

哲学の道と付けられた理由

哲学の道と付けられた理由

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「文人の道」や「思索の小径」だけでなく「哲学の小径」や「疎水の小径」とも呼ばれていました。
たくさんの呼び名があったこの道に、正式な呼び名を付けようとの話が持ち上がったのです。
昭和47年(1972年)に地元住民が保存運動を進めると同時に、相談して付けられた名前が「哲学の道」でした。
管理道路から始まった憩いの道は、「哲学の道」として親しまれるようになります。

昭和62年(1987年)8月10日の道の日には「日本の道100選」にも選ばれているんですよ。
ゲンジボタルが生息できるほど、水も綺麗に保たれています。
また、鯉も泳いでいるので、散策しながら優雅に泳ぐ鯉の姿を見るのもいいかも。
こんなに素敵な道なのだから、100選に選ばれて当たり前ですよね。

哲学の道という名前に因んで造られた石碑

哲学の道という名前に因んで造られた石碑

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この哲学の道と名前を付けた頃から、昭和56年(1981年)に、哲学の道の真ん中あたり(法然院の近く)に、西田幾多郎氏の歌碑が建てられました。
刻まれた文字は、「人は人 吾はわれ也 とにかくに 吾行く道を 吾は行くなり」という言葉です。
この名言の中ほどにある「吾行く道を」だけを、わがと読んでいます。
他はわれと読んでいます。
この言葉の意味を考えながら哲学の道を歩くと、思想にふけりながら歩いた西田幾多郎氏の気持ちに寄り添えるような気がしてきませんか?






観光地化していく哲学の道

観光地化していく哲学の道

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昭和47年(1972年)になって、これまで芝生を敷いただけの道が砂利道の散策路として整備されました。
人が歩きやすい観光地にとの意識からではないでしょうか?芝生だと雨の日や雪の日はかなり歩きにくいですもんね。
昭和53年(1978年)に廃止された市電の軌道敷石を転用して、砂利道から歩行者が更に歩きやすい敷石を並べました。
現在もこの敷石のままです。
市電に使われていた敷石を見ながら歩くのもなんだか、京都の市電の歴史にも触れているようでワクワクしてきますね。

実は、哲学の道の中にある、南禅寺の水路閣も疎水を流すために造られているんです。
この哲学の道にある川の水も、滋賀県大津市で取水した後、東山のトンネルを通り、蹴上に到着。
蹴上から分水して南禅寺の水路閣を通って哲学の道に達しています。
滋賀県から来ている水の流れを感じながら、京都の市電の歴史も感じられるなんて結構贅沢な道ですね。
現在の哲学の道には休憩スポットがいくつか用意されており、ベンチがあるので座って風情を感じたりやカップルでデートしながらゆっくりするのも素敵ですよ。

春に美しく咲き誇こる関雪桜

春に美しく咲き誇こる関雪桜

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先ほどから何度かお話ししている、哲学の道にある見事な桜を植えたのは、超有名な日本画家なんです。
銀閣寺の近くに住まいを持っていた、日本画家の橋本関雪(はしもと かんせつ)氏と妻のよねでした。
彼の代表作には、足立美術館所蔵の『遅日』や東京芸術大学大学美術館蔵の『玄猿』などが有名ですね。

大正10年(1921年)に京都市に300本の桜の苗木を寄与したことが始まりでした。
これは、関雪が日本画家として大成したことで、京都に恩返しをしたいと考えた時に、妻のよねが「桜の木を植えたらどうだろう」と助言したことから、この美しい桜並木が出来たんです。
1921年頃に植えられたものは、だんだん樹齢が尽きてしまいました。
現在も手入れが行き届き植え替えによってこの美しい景観が守られています。
植え替えが終わり新しくなった桜並木ですが、現在も「関雪桜(かんせつざくら)」と呼ばれています。

哲学の道のちょっと変スポット

哲学の道のちょっと変スポット

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哲学の道に流れる疎水はちょっとだけ変なんです。
川って普通山から海のある方に向かって流れますよね。
でもこの哲学の道沿いを流れる川は、南から北へ山に向かって流れている、珍しい水の流れ方なんです。
なぜかというと、琵琶湖から水を引いているのは先ほどお話ししましたよね。
実は、滋賀県の琵琶湖は、京都より30メートル高いところに位置しています。
これが、逆の流れとなっている原因なんですよ。
こういう地理的なものも感じながら観光してみてくださいね。

哲学の道を歩くなら、八坂神社を出発して南禅寺から哲学の道を通って銀閣寺に行くのが一番楽ちんな観光方法です。
銀閣寺から南禅寺は緩やかな登りなので、南禅寺から下って銀閣寺に行く方がいいでしょう。
もし南禅寺をゆっくり観光したいなら逆に歩くのもおすすめです。

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