観光の前に知りたい「武雄温泉」の昔と今、周辺の歴史的スポット

「竜宮城に来たみたい!」朱色の鮮やかな建物を見上げて、訪れた人は口々にそう呟きます。佐賀県のやや西方面に位置する武雄温泉のシンボル「楼門」。山間にあるのどかな温泉地に燦然と輝く門に出くわすと、まるでおとぎの国に迷い込んだかのような錯覚に陥ること請け合いです。九州でも指折りの名湯、武雄温泉。歴史も古く、多くの著名人に愛された湯としても有名です。どんな温泉地なのか、おススメスポット情報も交えながらご案内いたします。


武雄温泉とは

レトロで風情ある温泉地

レトロで風情ある温泉地

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佐賀県の中央部に位置する蓬莱山は標高330mほどの高さ。
中国大陸を始めて支配した秦の始皇帝から不老不死の薬を探すよう言われて日本へやってきた徐福(じょふく)が、薬を求めて歩き回った山として知られています。
高い山ではありませんが、鬱蒼とした木々の間かららゴツゴツとした岩がむき出しになった野趣あふれる風貌は、なかなかの見ごたえ。
そしてこの山の南東側に湧き出ているのが武雄温泉です。

車なら長崎自動車道武雄北方ICで降りて約5分、鉄道なら長崎本線佐世保線JR武雄温泉駅で降りて、のんびりとした街中を歩いて15分。
ほどなく、武雄温泉のシンボルとなっている朱の楼門が見えてきます。
佐賀空港からタクシーを利用しても1時間はかかりません。
アクセスの良さも、武雄温泉の魅力のひとつです。

九州の温泉地というと、大分県の別府や湯布院、最近では日田や黒川温泉などが有名ですが、武雄温泉も古くから多くの著名人が利用するなど歴史ある温泉地として知られています。
温泉地の中心となる公衆浴場は明治初期に建てられた風情ある建物。
周辺には旅館が10数軒建ち並び現代的な造りのものも多いですが、観光客のお目当ては何といっても、レトロでどこか郷愁を誘う街並みと浴場。
天井が高く、ゆったりとくつろげる公衆浴場はファンが多いのだそうです。

武雄温泉は「美人の湯」

武雄温泉は「美人の湯」

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泉質はアルカリ性単純温泉で、透明で無臭、柔らかな独特の湯ざわりが人気です。
保温性にすぐれ、肌を柔らかく包んですっとなじむところが”美肌効果満点”と言われていて、年々、女性人気が高まっています。
お湯の効能は「神経痛、筋肉痛、関節痛、五十肩、関節のこわばり、うちみ、くじき、慢性消火器病、疲労回復、健康増進」などなど。
ゆっくり浸かればじっくり温まる、心にも体にも優しいお湯を堪能することができます。
お湯はの温度は全体的に熱めです。

旅館もたくさんありますが、400円(平成28年時)で利用できる共同浴場や、貸切風呂が可能な大衆浴場も充実。
共同浴場は朝6時半から夜0時まで、長い時間利用できるところも嬉しい限りです。
周辺の旅館でも、宿泊だけでなく立ち寄り湯をやっているところも。
様々なスタイルで、誰でも気軽に日帰りでお湯を楽しむことができるのです。

実際、バスツアーの立ち寄りスポットになっていたり、登山やトレッキングスタイルの観光客も多く見かけます。
また、佐賀県内にある嬉野温泉も”美人の湯”として有名なので、二つの温泉地をハシゴするのも一興かもしれません。

共同浴場は木の風合いを活かした味のある佇まい。
どこか懐かしい感じの古い建物は郷愁を誘い、ついつい長湯をしてしまう、という人も。
JR武雄温泉駅から徒歩15分というアクセスの良さも、女性人気の理由のひとつと言えるでしょう。

武雄温泉は温泉テーマパーク

武雄温泉は温泉テーマパーク

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武雄温泉の中心にあるのが、まるで竜宮城のような、二度見必至の赤い門。
楼門(ろうもん)という名のこの建物目当てで武雄を訪れる人も少なくありません。
この門をくぐると、朱色の美しい建物が迎えてくれます。
武雄温泉新館と呼ばれるその建物は、楼門と並んで武雄温泉のシンボルとなっており、この建物の外観を見るだけでも、武雄を訪れる価値があると言っていいでしょう。

楼門の中はかなり広い敷地で、この中に蓬莱湯、元湯、鷲乃湯と公衆浴場(大衆浴場)が3つ。
いずれも木とタイルの風合いを活かしたレトロな内装で、朝早くから遅い時間まで利用できるため(蓬莱湯は6:30~21:30、他の2つは6:30~24:00)、日帰り湯を楽しむ観光客で賑わっています。
また、時間で貸切にできる貸切湯も用意されていて、家族やグループでのんびり利用することができます。
さらに、レトロな佇まいが郷愁を誘う楼門亭(ろうもんてい)という旅館もあるので、日帰り湯だけでなく宿泊することも可能。
お湯場も旅館も古い建物ですが、中を見ていると、現代的なスーパー銭湯よりさらにワクワクした気持ちになります。
ジブリアニメ『千と千尋の神隠し』のモデルは武雄温泉ではありませんが、敷地を見渡して、湯殿の場面を思い出す人も多いのではないでしょうか。

実は、武雄温泉の開発に尽力した地元の実業家、宮原忠直(みやはらただなお)が掲げたテーマが「武雄温泉を龍宮城にしてみせる」だったのだそうです。
別府や湯布院のような華やかさはありませんが、楼門や新館の建物を見上げているだけでなぜか心躍らされる武雄温泉。
その理由の一端を見たような気がします。

武雄市とはどんなところ?

武雄市とはどんなところ?

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武雄温泉のある武雄市は、佐賀県の西部に位置し、佐賀市と長崎県佐世保市の間にあります。
市の成立は2006年。
周辺の村や町が合併して今の形となりました。

市内に高い山はありませんが平地も少なく、標高300m~400mほどの山地がほとんど。
人口は約49,000人(平成29年6月)。
市の産業の中心はやはり観光で、7割以上の人が観光や商業施設で働いています。
その中心にあるのはやはり、武雄温泉です。

もともと人気の温泉地ではありましたが、1987年に九州自動車道の武雄北方ICができるなど、交通の便がよくなったことから観光客が増えました。
しかし、21世紀に入ってからは若干、減少傾向にあるようです。

2007年には、お笑いタレントの島田洋七の小説が原作のテレビドラマ『佐賀のがばいばあちゃん』のロケ地に。
市をあげてロケをバックアップし、市内のあちこちで撮影が行われました。

武雄温泉が中心の武雄市でしたが、最近では市立図書館がメディアで取り上げられる機会が増えています。
広く吹き抜けた開放的な館内に入るとコーヒーの香りと軽い音楽が流れ、公立の図書館とは思えない雰囲気。
レンタルビデオなどで有名なTUTAYAが企画・運営に関わっているということで大きな話題となりました。
地元のバスツアーに組み込まれることもあり、武雄温泉と並ぶ観光名所となっています。

そんな武雄市にある武雄温泉、実はとても古い歴史があるんです。
どんな歴史があるのか、さかのぼって追いかけてみましょう。

武雄温泉の歴史

開湯は1300年以上前?

開湯は1300年以上前?

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武雄温泉が現在のように観光地として賑わうようになったのは明治末期。
武雄出身の実業家、宮原忠直によって開発されたことは前述のとおりです。
しかし武雄温泉の歴史はそれだけではありません。
武雄温泉の歴史はかなり古い。
どれくらい古いかと言いますと、まず神功皇后(じんぐうこうごう・201~269)の伝説の中に登場します。

神功皇后は『日本書紀』や『古事記』に登場し数多くの伝説を有する勇敢な女帝。
朝鮮半島へ出兵した帰りに武雄のあたりに立ち寄った際、「西に温泉が沸いているところがあって、その湯に浸かると疲れた兵の回復が早い」というようなお告げがあったのだとか。
それで皇后が太刀の柄(つか)で岩を一突きしたら熱いお湯が湧き出てきたのだそうです。
そんな伝承もあり、明治より前まで武雄温泉は「柄崎(塚崎)温泉」とも呼ばれていました。

温泉の歴史としては、713年に編纂された『肥前国風土記』に「郡の西に温泉の出づる厳(いわや)あり。
岸 峻しくて人跡まれにいたる」という、武雄温泉に関する記述が残されています。
この書物には、武雄温泉に程近い嬉野温泉の記述もあり、この頃には既に、温泉が出る土地として認識されていたようです。

ただ、武雄に関しては、”峻しい(けわしい)”と形容しているところから、当時はまだ、あまり人が訪れるような場所ではなかったのでしょう。
おそらく地元の人が利用するくらいだったのではないかと思われます。
そんな武雄温泉の名は、ある天下人によって知れ渡ることとなりました。
豊臣秀吉です。

Writer:

歴史と歴史小説と遺跡を愛してやまない東京都在住の主婦。子供のころからの大の時代劇ファン。国内外問わず歴史小説を読むようになり、NHK人形劇「三国志」を見て中国史にはまって大学では東洋史学を専攻。愛猫とじゃれながら歴史小説を読み漁る毎日を送っている。趣味は古地図を眺めることとカメラ片手の街散策。

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