日本の歴史公園100選に選ばれた!徳川家康誕生の地「岡崎城」の歴史

2015年に江戸幕府初代将軍「徳川家康」400回忌を迎えました。徳川家康生誕の地「岡崎城」でも盛大に祝われ大変賑わいました。260年の徳川幕府の礎を築いた徳川家康ゆかりの地ってちょっと気になりませんか?今回は、神君出生の城といわれる岡崎城をご紹介します。

徳川家康が生まれた地!岡崎城とは?

徳川家康が生まれた地!岡崎城とは?

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岡崎城は、愛知県岡崎市康生町の岡崎公園内に位置しています。
岡崎城がある岡崎公園は、日本の歴史公園100選、さくらの名所100選、日本の都市公園100選に指定されています。
現在は、鉄筋造りのお城ですが、元々は龍頭山の小高い丘の山頂に本丸が置かれており、かつて平山城として築かれたお城です。
現在は鉄筋コンクリートの3層5階建てとなっており、城内はテーマによって分けられ、資料館は展示武具やジオラマなどで分かりやすく展示しています。

天守閣の5階にある展望台からは四方それぞれの景色を見ることができます。
また、ちょっとした版画の体験コーナーなどがあり大人でも楽しめます。
公園敷地内にある、三河武士のやかた家康館はかなり見応えがあります。
家康公の出生から天下統一までと三河武士たちの軌跡を5つのコーナーに分けて解説しています。
関ケ原の合戦のジオラマなどを始め甲冑や刀、兜などを実際に試着するコーナーもあり、大人も子供も楽しめます。
広い公園内には、徳川家康の像や家康の人形が能を舞うからくり時計などがあり、桜や紅葉のシーズンはデートを楽しむのにももってこいですよ。

岡崎城の始まり

岡崎城の始まり

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康正元年(1455年)ごろに、龍頭山の砦として三河国守護仁木氏の守護代西郷稠頼が築き、頼嗣(よりつぐ)が明大寺の地に北方からの防衛のために築城したお城です。
別名竜城や竜が城と呼ばれ、西郷氏の後、松平氏、田中氏、本多氏へと城主が変遷していきます。
15世紀後半に松平3代目松平信光が、西郷信貞(松平昌安)を破り、城を奪いました。
五男松平光重が西郷氏の娘婿となり、城主として岡崎松平家を作りました。

享禄4年(1531年)に、松平清康が岡崎松平家を破り、今の場所へと城を移し改修拡張整備したのが岡崎城。
松平清康は家康の祖父にあたり、三河のほぼ全土を統一した人物です。
しかし、清康は家臣の謀反によって、天文4年(1535年)12月5日早朝に森山崩れで暗殺され命を落としました。
この事件をきっかけに松平氏は力が激減してしまいます。
続いて後を継いだのは広忠(家康の父)が当主となったのです。
それもそのはず、清康が暗殺された時広忠はたったの9歳でした。

徳川家康誕生の地岡崎城

徳川家康誕生の地岡崎城

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天文11年(1542年)12月26日に、城内で竹千代が生まれました。
竹千代とはもちろん後の徳川家康です。
このお城を訪れると結構小さなお城なので、こんなところで家康のような大将軍が生まれたの?ってビックリしますよ。
岡崎城では、そのようなお城のあゆみが克明に説明されています。
竹千代ってかわいそうな運命をあゆむことになります。
父広忠は、天文18年(1549年)に、またまた家臣に暗殺されてしまうんです。
松平家ってどんだけ家臣に裏切られちゃうんでしょうね。

岡崎城は、今川家の支城とされてしまい城代が置かれます。
城代たちは、山田景隆、三浦義保、糟谷備前でした。
一方家康は、6歳の時に織田信長の父織田信秀(のぶひで)の人質とされてしまいます。
昔の武士の宿命といえばそれまでですが、なんだか胸が痛くなっちゃいますね。
しかも、その次は8歳で、今川義元の人質となりました。
少年時代は他国の人質となりながら転々としたのです。
でも、竹千代に運が巡ってきます。

家康が今川から岡崎城を奪回

家康が今川から岡崎城を奪回

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永禄3年(1560年)に、桶狭間の戦いで、今川義元が敗死すると、松平元康(後の家康)が岡崎城に戻りました。
このどさくさに紛れて今川から独立。
この時家康は19歳でした。
姓を松平から徳川と改め、徳川元康と名乗りました。
岡崎城を起点とし、この岡崎城が家康の天下統一に向けての出発点となります。
家康は、元亀元年(1570年)に本拠を遠江浜松(現在の静岡県浜松市)に移しました。
一方岡崎城は嫡男信康が当主となり収めることになります。
この信康は天正7年(1579年)に謀反の疑いをかけられて切腹します。
大将軍の息子が謀反で自刃?何てこと?なんだか信じられない気持ちでいっぱいです。
ここからこの岡崎城は重臣たちが城代を務めます。

残念なことに、天正18年(1590年)秀吉から恐れられる存在だった徳川家康は、江戸へと追いやられてしまいます。
やっぱり、家康って運だけでなく実力があった人なんだ~って思いますね。
だって怖がられなければ、遠くに追いやられることはないんですもんね。
せっかく取り返した、自分が生まれた城を再度奪われるなんて皮肉なものですね。

秀吉の家臣に強化される岡崎城

秀吉の家臣に強化される岡崎城

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家康が関東に移ると、豊臣の家臣田中吉政が入城します。
そうすると早速、家康を抑えるための拠点として、岡崎城は拡張され、石垣や城壁が築かれ、強固なものとなりました。
しかも、装いも近世の城郭へと整備されたのです。
文禄元年(1592)には、城の東、北、西に総延長4.7キロに及ぶ総掘りが造られています。
その上、インフラ整備も行われ、これまで岡崎の郊外にあった東海道が、岡崎城下町の中心を通すように整備されました。
この時に現在の岡崎城下の原型ができたようです。

でも、ご存知の通り豊臣家は徳川家康に滅ぼされます。
慶長7年(1602年)に江戸幕府を開いてからは、この岡崎城には譜代大名を置きました。
やっぱり、生まれたこの岡崎城は家康にとって特別の思いがあったのでしょう。
譜代大名といえば、関ケ原の戦い以前から徳川に仕えていた大名ですもんね。
しかも、徳川幕府において重要な役職を担った人しかなれない役職。
岡崎に譜代大名を置いた家康の気持ちを思うと、なんだかグッときちゃいます。

徳川の重鎮たちの誇りとされる岡崎城

徳川の重鎮たちの誇りとされる岡崎城

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江戸時代に入り、岡崎城は「神君出生の城」として神格化されました。
この後は本多氏(康重系統と忠勝系統)、水野氏、松平(松井)氏と名だたる家格の高い譜代大名たちが城主として選任されています。
古くからの重鎮たちには、家康が生まれた岡崎城の城主となることはある意味、誇らしかったのではないでしょうか?でも、石高は5万石と少なかったようです。

以前城下内に引き入れられた東海道は、慶長14年(1609年)には伝馬町ができました。
岡崎は東海道有数の宿場町へと発展していきました。
岡崎城の八丁(約870メートル)先には江戸時代から操業する、カクキューという味噌のお店があり、味噌を用いたお菓子や味噌ソフトクリームなど味噌や味噌を使った商品が並んでいます。
味噌蔵見学や味噌に関する資料館もあるので、共に訪れてみてはいかがでしょう。
また、天守閣は元和3年(1617年)本多康紀の時代に建てられました。
これは三層三階地下一階で造られたもので、東に井戸櫓、南に附櫓が造られています。

明治以降の岡崎城

明治以降の岡崎城

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徳川幕府時代に大切にされた岡崎城ですが、明治維新を迎えると不要なものとされてしまいました。
それはそうですよね。
一国一城で数はそうないとはいっても、軍事施設ですもの。
恐怖で残せないですよね。
大将軍家康誕生の地ですよ!歴史的価値があるものとして残しておいてほしかったのですが、大部分は明治6~7年に壊されちゃいました。
現在は堀と石垣が昔の面影を残すばかりです。
しかし、昭和34年(1959年)には、ほぼ昔の通りの外観で天守閣が復元されました。
でも、鉄筋コンクリートですが…。

ピーターラビット

Writer:

世界遺産ブームをきっかけに歴史に目覚めてから、国や城、庭園などの成り立ちに魅了された主婦です。何だろう?と思ったことを調べて、皆さんにお伝えすることで気持ちを共有できたら幸せだな~と感じながら仕事をしています。ちょっとマニアックな歴史記事ですが、軽い気持ちで触れてみてくださいね!

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