名古屋の観光で見られる歴史的スポット16選と解説!

東海・中部地方の中心地となっている愛知県・名古屋市は、織田信長・豊臣秀吉・徳川家康の「三英傑」を輩出したことで有名な街。街の代表的なスポットには「名古屋城」、行事では彼らをたたえる「名古屋まつり」が開催されており、数百年たった今でも彼らはこの街に大きな影響を与え続けてきました。そんな「三英傑の街」名古屋市ではどのような歴史的観光スポットが見られるのか、今回は「名古屋城」以外の場所を見てみましょう。

名古屋駅近辺・地下鉄東山線の沿線

名古屋3大商店街の1つ「円頓寺」

名古屋3大商店街の1つ「円頓寺」

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名古屋市西区那古野(なごの)にある「円頓寺(円頓寺)」は、五条橋から江川・上畠端までの地域を圓頓寺(えんどんじ)にちなんで「圓頓寺筋」と名付けたのが始まり。

圓頓寺は1654年(承久3年)に創建された歴史ある寺院。
創建当時は廣井村八軒屋敷(現在の名古屋国際センター付近)にあり、1700年(元禄13年)に大火で焼けたのち再建。
しかし1724年(享保9年)に再び大火で焼けると建物の大半が焼け落ち、現地に建て替えられることに。

明治20年以降に飲食店などが開き始めると商店街として栄え始め、名古屋では「3大商店街」の1つに数えられるほど拡大。
またかつて存在した「円頓寺劇場」は成人向けの映画を上映することで知られていましたが、2005年に惜しまれながら閉館。
現在の商店街は昔ながらの店が並んでおり、金刀比羅神社(こんぴらじんじゃ)は名古屋弁が書かれた「名古屋弁おみくじ」がある神社で有名。

このほか商店街では新しい取り組みも始まっており、2007年(平成19年)からは商店街周辺の街作りや空き家対策の活性化を行う「那古野下町衆(那古衆)」を若手商店主、クリエイターなどが集まって結成し、2015年(平成27年)からはフランス・パリの商店街「パサージュ・デ・パノラマ」と姉妹提携。
2012年(平成24年)からは毎年秋の恒例行事として「円頓寺秋のパリ祭」が開催されており、懐かしさを残しつつ進化も続けているのです。

商人のために設けられた「四間道」

商人のために設けられた「四間道」

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名古屋3大商店街の「円頓寺」から近い名古屋市西区・堀川西側の2本目通りを通った場所にあるのが「四間道(しけみち)」と呼ばれる古風な道です。

名古屋城ができる際に清洲(きよす、愛知県北西部の清須市)から人々が訪れた「清洲越し」の際に商人が住み始めたのが歴史の始まりで、1700年(元禄13年)の大火で堀川沿いに立つ商家の屋敷が焼けないように設けられたもの。
道の名前は広げた幅「四間(現在の約7mに相当する)」から名づけられています。

1940年代の第2次世界大戦時の「名古屋空襲」ではこの道も被害を受けますが、他の地域に比べ被害は少なくすんでいたため、建物の多くが焼失せずに残されました。
時代が進むにつれ高層ビルが建つと建物の多くは取り壊されましたが、それでも比較的古風な建物が多く残されています。

そうした古風な建物は「円頓寺商店街」とともに散策コースの中に含まれており、建物の中には雰囲気を生かしたカフェ・レストランも多数。
商人たちのために設けられた道は、現代でもおしゃれな観光地として生かされているのですね。

日本で唯一の超宗派寺院「日泰寺」

日本で唯一の超宗派寺院「日泰寺」

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名古屋市営地下鉄・覚王山駅近くにある「覚王山日泰寺」。
パワースポットであり、初詣スポットでもある名古屋を代表する寺院の1つ。

歴史の始まりは1898年(明治31年)年。
この年に英領インドの「ピプラーワー」でイギリス駐在官ウイリアム・ペッペによって発見された遺骨「真舎利」が釈迦の遺骨であることが発覚。
骨はイギリスから暹羅(シャム、現在のタイ)へ送られ日本へ、その後日本で奉安することを目的に創建されたのがこの寺院でした。
当初はタイの名前を付けた「日暹(せん)寺」と呼ばれましたが、1942年(昭和17年)にタイに国名を変えると現在の「日泰(タイ)寺」に変更。
日本で唯一の超宗派寺院(どの宗教にも属さない寺院)であり、タイとのつながりは非常に深い珍しい寺院なのです。

日泰寺の敷地内にはは「草結庵(そうけつあん)」と呼ばれる非公開の茶室があり、かつて長栄寺(名古屋市中区)にあり「貴人席」と俗称された茶室を1963年(昭和37年)に現在地に移築したもの。
名古屋に生まれた江戸時代中期の茶人・高田太郎庵(たかたたろうあん)が好んだとされており、現在は県指定文化財に登録された貴重な史跡となっています。

豊国神社を中心に広がる「中村公園」

豊国神社を中心に広がる「中村公園」

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名古屋駅から近い名古屋市中村区にある1901年(明治34年)創設の公園で、公園中央にある「豊国神社」を中心に広がっています。
入口にそびえたる大きな鳥居は1929年(昭和4年)に創建された全長24m巨大な鳥居で、公園および中村区のシンボル的存在。

園内にある豊国神社はこの街の英雄・豊臣秀吉を祀る神社で知られている存在。
1885年(明治18年)に当時の地元民が秀吉を祀る運動を起こしたことから創建されたもので、農民から戦国武将に登り詰めた秀吉の人生から「出世運のパワースポット」として参拝者が訪れます。
5月中旬に行われる「太閤まつり」は還暦を祝う「豊太閤頭巾(秀吉が還暦時にかぶったと言われる頭巾)行列」や子どもの成長・出世を願う「出世稚児行列」が行われており、祭りにも秀吉を称える内容があるのは興味深いところですね。

そのほか園内にある「中村公園記念館」は1910年(明治43年)に加藤清正没後300年を記念して建設された迎賓館。
名古屋を訪れた皇太子時代の大正天皇が休憩所として使用したこともあり、1954年(昭和29年)から1967年(昭和42年)までは結婚式場として使用されていました。

奇抜な見どころが存在する「桃巌寺」

奇抜な見どころが存在する「桃巌寺」

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名古屋市営地下鉄東山線・名城線本山駅から徒歩約5分の場所にある「桃巌寺(とうがんじ)」は織田信長の弟で末森城(現在の名古屋市千種区城山町にあった城)の城主であった信行が父・信秀を祀る目的で創建し、年代としては天文年間とされています(1532-1554年)。
かつては尾張国愛知郡鳴海荘末森村二本松(現在の千種区穂波町付近)にあったとされており、現在地に移ってきたのは1712年(正徳2年)から1714年(正徳4年)。

境内にある信秀の廟所は揚輝荘(ようきそう、名古屋市千種区にある庭園)の敷地南端に面した一角(かつての桃巖寺領)にあったもので、1951年(昭和26年)の信秀没後400年を迎えた際に移ってきました。

この寺院内でも特に目立つのは緑色で彩られた巨大な大仏。
これは1987年(昭和62年)に建設された「名古屋大仏」で、現在の緑色に塗られたのは2006年(平成18年)。
名古屋が1988年(昭和63年)のオリンピック開催地に立候補した際にはここで開眼供養を行うことも予定されていました。
1月1日から5日、5月7・8日の御開帳時しか見られない「ねむり辨天(べんてん)」、境内のいたるところにある「男根型」の仏像など、歴史的スポットでありながら「奇抜」な見どころが多いのも特徴です。

歴史的スポット「文化のみち・白壁」

Junya Higashi

Writer:

これまで旅行に行った土地は鹿児島・霧島や韓国・ソウルなど。世界の土地や風習のことなど、自分の知らない世界を調べて見るのが好きです。旅行経験やライター活動で得た知識が、これから旅行を楽しむ人の役に立てば大変嬉しく思います。どうぞよろしくお願いいたします!

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