タイシャクテンって何?意外と知らない柴又帝釈天の成り立ちについて

「~帝釈天で産湯を使い、 姓は車、名は 寅次郎~」映画『男はつらいよ』の有名なセリフの一節です。帝釈天とは、東京都葛飾柴又にある「柴又帝釈天」のこと。下町情緒あふれる東京の観光スポットでもあります。寅さんファンなら誰でも知っている場所ではありますが、果たして帝釈天とはどんなところなんでしょうか?見どころも含めてご紹介してまいります。






柴又帝釈天とは?お寺?神社?いつ頃からあるの?

東京都葛飾区・柴又帝釈天は日蓮宗の寺院

東京都葛飾区・柴又帝釈天は日蓮宗の寺院

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映画『男はつらいよ』の舞台でもあり、利根川水系の江戸川の西側に位置する柴又。
対岸の千葉県松戸市・矢切地区とを結ぶ渡し船「矢切の渡し」の渡し場があることでも知られています。
風情溢れる下町風景が広がる中、京成線柴又駅前から続く200mほどの門前町を歩くと、映画でも御馴染みの、大きな屋根と木彫が印象的な門が見えてきます。
日光東照宮の陽明門を模して造られたといわれる二天門。
いつも多くの人で賑わっています。

柴又帝釈天の正式名称は経栄山題経寺(きょうえいざんだいきょうじ)といい、日蓮宗の寺院。
地元の人たちには題経寺の名前でも親しまれている名刹です。
柴又帝釈天はお寺なんですね。

帝釈天で有名な名刹ですが、日蓮宗の寺院としてのご本尊は「十界曼荼羅(大曼荼羅)」と呼ばれるものだそうで、境内の祖師堂(本堂)に安置されています。

ところで、寅さんの口上の「帝釈天で産湯をつかり~」の産湯とは?境内に、「御神水(ごしんすい)」と呼ばれる湧き水があって、ペットボトルに汲んで持ち帰る人の姿も。
昔の人々はこの水を飲んで健康を祈願したのだそうで、きっと寅さんもここで汲んだ水を沸かした産湯に浸かったのでしょう。

開かれたのは江戸時代初期・帝釈天との関係は?

開かれたのは江戸時代初期・帝釈天との関係は?

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江戸初期、1629年(寛永6年)のこと。
下総中山(千葉県市川市)法華経寺第十九世禅那院日忠(ぜんないんにっちゅう)が、この地に立ち寄った際に、立派な松の木の下に泉が湧いているのを発見。
そのそばに開いた庵が題経寺の始まりと言われています。
実際に寺を開いたのは日忠の弟子の第二代題経院日栄(だいきょういんにちえい)で、お寺の記録では、日栄が開祖とされているそうです。

そんな題経寺には、長く伝えられてきたお宝がありました。
日蓮聖人が刻んだと伝わる帝釈天の板本尊(黒塗りや白木の板に刻んだ本尊)です。

日蓮とは鎌倉時代の仏教の僧で法華宗・日蓮宗の宗祖でもある偉い僧侶。
そんな日蓮が自ら刻んだと伝わる「帝釈天の板本尊」が寺に安置されていたはずでしたが、長い間所在がわからなくなっていました。

ところが1779年(安永8年)の春、庚申(かのえさる)の日、本道の修理をしていたとき、梁の上からこのご本尊が見つかったのだそうです。
よかった~みんなさぞほっとしたことでしょう。

日本には古くから庚申信仰(こうしんしんこう)という暦や季節と結びついた信仰があり、このころ江戸の町で庚申信仰が庶民の間に広まっていました。
そんな流行も相まって「庚申の日に柴又に帝釈天が現れた!」との噂が広まり、題経寺は大変有名なお寺になったのだそうです。

人々の信仰を集めた「庚申まいりの道」

人々の信仰を集めた「庚申まいりの道」

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庚申の日とは、暦法上の用語のひとつ。
干支で御馴染みの十二支(子、丑、寅、卯、辰、巳、午、未、申、酉、戌、亥)と十干(、甲、乙、丙、丁、戊、己、庚、辛、壬、癸)の組み合わせ60通りを暦に当てはめて年月を表したり、占いに使ったりしていました。
庚と未(さる)の組み合わせですね。
60日に1回のサイクルなので庚申の日は年に何回かまわってきます。

日蓮の板本尊が見つかって間もなくの頃、江戸の町では疫病が蔓延し、飢饉が続いて、人々は日々不安な毎日を送っていました。
いわゆる「天明の大飢饉(1782年~1788年)」の時代です。
第九代住職の日敬上人は板本尊を背負って江戸の町を歩き、飢えや病に苦しむ人たちに拝ませ救済したという話が伝わっています。
これにより、題経寺は庶民の寺としてさらに知られるようになり、人が集まるようになります。
庚申の日には縁日が催されていたそうです。
江戸時代、柴又のあたりは、江戸の町からちょっと遠出して遊びに行くような、小旅行エリアでした。
そのため、評判の帝釈天を拝もうと集まる人々向けの料理屋や土産物屋が出来るようになり、門前町が形成されていったものと思われます。

本来、別のご本尊を持つお寺でしたが、帝釈天の人気が高まり「柴又帝釈天」という名前で知られるようになっていったのです。







「帝釈天」とは?人?神様?柴又以外にもある?

帝釈天とは仏教の守護神

帝釈天とは仏教の守護神

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ところで、帝釈天とは何なのでしょう?なぜ日蓮聖人は帝釈天の本尊を彫ったのでしょうか。

帝釈天とは、仏教の守護神である天部のひとつ。
古くはインドの神話にも登場し、ヒンドゥー教やバラモン教にも存在する、多くの人々に指示される守り神です。
帝釈天はもとはインドの神話に登場する英雄神、インドラであると考えられています。
インドラは天空や雷を司る神様です。

天部とは、仏教で「天界に住む者」のこと。
インドの神話の神様が仏教に取り入れられて生み出された神様が多いようで、帝釈天の他に梵天、弁才天、大黒天、吉祥天、韋駄天、兜跋毘沙門天、聖天、四天王(持国天、広目天、増長天、多聞天)も天部に分類されます。
また、”天”の字は付きませんが、鬼子母神や阿修羅、金剛力士・仁王、夜叉なども天部です。

仏像にはランクがあって、一番高いのが如来、次が菩薩、その次が明王で、天部は4番目。
その下はその他の仏像ということで、羅漢などは5番目に位置付けられます。

天部はランクこそ4番目ですが、天界に住み、人と近い位置にあり、仏教を信じる心を妨げるものから人々を守護。
すなわち、仏教を護るという重要なポジションを担っているのです。

他にもある?帝釈天を祀る寺院

他にもある?帝釈天を祀る寺院

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帝釈天が祀られているお寺は、全国にいくつかあります。

奈良の東大寺にある法華堂には、高さ4mもの帝釈天像が、梵天像と共に安置されていて、国宝に指定されています。
お顔は険しい表情で迫力あり。
でも鎧兜や甲冑などは身につけておらず、人々に教えを説いているようなお姿をしています。

京都の丹波地方にある福寿寺には「京都帝釋天」と呼ばれる帝釈天堂があり、近畿地方の庚申信仰の拠点ともなっています。
江戸時代には「庚申さん」と呼ばれて人々に親しまれていたのだそうです。

大阪の寝屋川市の静照寺というお寺には、柴又帝釈天の分霊像と言われる帝釈天像が安置されています。

観光スポットしても有名な京都三十三間堂には、千手観音の従者(眷属:けんぞく)である二十八部衆の像があり、千手観音を信仰する人々を護っているのだそうです。
帝釈天は二十八部衆に属しているので、金剛力士や毘沙門天と共に安置されています。

日本には、帝釈天を仏像として祀っているお寺はそれほど多くないようです。
しかし日蓮宗では、帝釈天が法華経行者を護る守護神であると考えられているそうで、日蓮宗では帝釈天を大切にするお寺が多いと思われます。

次のページでは『寅さん気分でぶらり・柴又帝釈天の見どころとは?』を掲載!
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Writer:

歴史と歴史小説と遺跡を愛してやまない東京都在住の主婦。子供のころからの大の時代劇ファン。国内外問わず歴史小説を読むようになり、NHK人形劇「三国志」を見て中国史にはまって大学では東洋史学を専攻。愛猫とじゃれながら歴史小説を読み漁る毎日を送っている。趣味は古地図を眺めることとカメラ片手の街散策。

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