実は史跡や文化財の宝庫!日本を代表するホテル「椿山荘」の歴史とは

羅漢石・七福神・十三重の塔…”石”にも注目!

羅漢石・七福神・十三重の塔…”石”にも注目!

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庭園内の遊歩道の脇には、石で造られた名跡もあるので、是非注目しながら散策してみてください。

まずは、京都伏見にある石峰寺というお寺にあったという羅漢石。
江戸中期の画家で、数年前、東京都内の美術館で5時間待ちの行列ができたことも記憶に新しい伊藤若冲の下絵による五百羅漢のうち20体が、ごくごくさりげなく椿山荘の庭園内に置かれているのです。
こちらに移された経緯ははっきりとはわかっていないそうですが、かなり貴重なものだということは確か。
草や木々の間から顔をのぞかせて、首を傾げたり目を見開いたり、滋味あふれる表情を見ていると何とも心が和みます。

羅漢石の他にも、椿山荘の庭園には七福神がいて、七福神めぐりを楽しむことが可能。
探すなら、椿山荘のフロントでパンフレットをいただいてからのほうがわかりやすいです。
どの七福神も、丸っこい石に刻まれた可愛らしいお姿をしていて、横っちょに小さなお賽銭箱が置かれています。

こちらのお庭では、庭の神と呼ばれる二ワトリの形をした神様もいて”八福神”としているのだとか。
全部見つけると、広い園内をぐるっと巡ることができて程よい疲労感に包まれ、清々しい気持ちになります。

他にも、石で設えた名跡がたくさん。
目立つものとしては、遊歩道の脇に建っている大きな石の塔が、歩いていてもすぐ目に留まります。
高4m76㎝もある、花崗岩でできた十三重の塔。
織田信長の弟と言われている戦国時代の武将で茶人の織田有楽(おだうらく)縁のものと言われているそうです。
単に石を積み上げただけかなと思いきや、下の方に細かい彫刻が施されていて、年代としてはかなり古いものなのだとか。
縁あってこちらのお庭で余生を過ごすことになった十三重の塔。
周囲の木々と競うように猛々しく佇んでいます。

あわせて行きたい!椿山荘周辺の歴史的スポット

細川家のお宝がざくざくと「永青文庫」

細川家のお宝がざくざくと「永青文庫」

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永青文庫(えいせいぶんこ)とは、椿山荘から徒歩2分ほど、すぐお隣にある、日本・東洋の古美術を中心とした小さな美術館。
旧熊本藩主細川家に代々伝わるの美術品や古文書などを見ることが出来ます。
1950年に財団法人として設立され、もともと熊本54万石細川家のお屋敷があった場所に建てられたシンプルな白い洋館の中には、外観のこじんまりした感じからは想像つかないほどのお宝がわんさかと展示されています。
理事長は18代当主で元総理大臣の細川護煕氏です。

中でも、美術収集家としても有名な第16代当主細川護立によるコレクションは圧巻。
菱田春草や横山大観といった巨匠と直接交流があったということですから、貴重な品々が並んでいるのも納得です。
もっと仰々しく展示してもよさそうなものですが、どの美術品もさりげなく展示されているところも、こちらの美術館の特徴と言えるかもしれません。

展示物は季節ごとに入れ替えられるそうで、企画展示も定期的に開催されているため、訪れるたびに違ったお宝を見ることができます。
歴史が好きな方、美術鑑賞が好きな方なら絶対納得の必見スポットです。







心和む日本庭園「肥後細川庭園」

心和む日本庭園「肥後細川庭園」

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細川家下屋敷の庭園の跡地をそのまま公園にした、風光明媚な池泉回遊式庭園。
以前は「新江戸川公園」という名前でしたが、2017年に「肥後細川庭園」という名前に変わったのだそうです。

この一帯、江戸時代にはいくつかの武家屋敷となっていたところですが、江戸末期には細川家の下屋敷となり、1960年に東京都が購入し公園として整備。
1975年に文京区の区立公園となって今日に至ります。
細川家のお屋敷の敷地はかなりの面積に至っていたそうです。

椿山荘とはまた違った雰囲気の、落ち着いた趣きある純和風の日本庭園。
園内は水が豊富で、どこかから引いてきているのかと思いきや、こちらにも湧き水があるのだとか。
目白台台地と呼ばれる高台と神田川が作り出す起伏に富んだ地形を取り入れて、山あり、林あり、池ありと、変化に富んだ景観を楽しむことができます。
野草もたくさん自生していて樹木も多く、特に紅葉の季節は目見麗しい光景が広がり、多くの見物客で賑わうと言います。
歩き疲れたらベンチで一休み。
東京にいることを忘れてしまいそうなほど、ゆったりとした時間を過ごすことができるスポットです。

椿山荘ともゆかりのある「関口芭蕉庵」

椿山荘の近くには、あの松尾芭蕉にゆかりのある建物が残されています。
俳人として名高い人物ですが、1677年(延宝5年)頃、なんと神田川の分水工事に携わったことがあるのだそうです。
ただし、力仕事ではなく、帳簿つけのような事務仕事をしていたらしく、生活のためのバイトだったのではとか、江戸の町中で「俳句作ってます」だけでは何かと怪しまれるのでとりあえず職に就いていたのではとか、諸説考えられるようですが、詳細は不明とのこと。
松尾芭蕉、何とも謎多きお人です。

そんなミステリアスな松尾芭蕉が1677年(延宝5年)から約3年間、神田川の工事の際に住んでいた住居跡が椿山荘の近くに残っていて、日中だけですが自由に見学することが可能。
当時は「竜隠庵」と呼ばれていた水小屋のようなものだったそうですが、後に芭蕉の像などが敷地内に立てられ、「関口芭蕉庵」と呼ばれるようになっていったのだそうです。

江戸切絵図を見ると、江戸後期には黒田家の下屋敷の敷地になっていたようですが、もしかしたら久留里藩のお殿様、芭蕉ゆかりの建物をそのまま残してくださったのかもしれません。
ただ、建物は火災や戦火で何度も焼失してしまっているため、現在のものは芭蕉が住んでいた当時のものではなく、戦後復元されたもの。
それでも、多くの人に大切にされていることが感じられる佇まいで、訪れた人をやさしく迎えてくれます。
敷地はそれほど広くはありませんが、庭も味わい深く温かい雰囲気。
一回りすると一句浮かんでくるかも?しれません。

見どころたくさん!豊かな気持ちになれる椿山荘の庭園散策

有名なホテルであり結婚式場でもあるので、お庭が美しいことは常々知ってはいましたが、こんなに見どころがたくさんあったとは!園内を散策していると、今まさに結婚式を挙げたばかりの幸せカップルの姿を見ることもあって、遠巻きにこっそり、幸せのおすそ分けにあやかれることもあります。
パーティーや宿泊だけじゃなく、ふらりと庭園散策に訪れるのもオススメの椿山荘。
是非お出かけになってみてください。
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