第一次世界大戦で消滅…ポーランド人の郷土愛で復元されたポーランド建国の地ポズナンの歴史

wondertripでは世界の絶景を紹介していますが、歴史地区や古代都市などの絶景スポットは、その歴史を少しでも知ることでより観光が楽しめます。今にも残る世界遺産のストーリーは、知識欲も刺激されますね。本日はポーランド「ポズナンの歴史」をご紹介します。

ポーランド建国の地、ポズナンってどんな街?

ポーランド建国の地、ポズナンってどんな街?

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ポズナンは初代君主ミェシコ1世がポーランド王国を起こしたという悠久の歴史に包まれた、ポーランド第5の都市です。
ポーランドの名門アダム・ミツキェヴィッチ大学や国内最高レベルの医療大学があることでも有名。
新市街地は若者が集う近代的な大型ショッピングモールもあり活気に満ちています。
観光的な見どころは旧市街地に小さく纏まり、カラフルなブロックのような歴史的建造物がおとぎ話の世界に迷い込んだような雰囲気を醸し出しています。

13世紀のゴシック様式のポズナン旧市庁舎は第2次世界大戦後にルネサンス様式を用いて立て直されました。
仕掛け時計の「喧嘩する山羊」が毎日正午を知らせてくれる姿を見に訪れる観光客で賑わっています。
この2匹の山羊たちはポズナンの象徴です。
また、ポズナンで最も古い地域には、14~15世紀のゴシック様式の大聖堂があります。
実はこれもレプリカで、本物は10世紀に建てられたゴシック様式の大聖堂でした。
ポズナン名物のクロワッサンをほおばりながら、ポーランドの建国の伝説を辿る散策も楽しめます。

日本の奈良のような古都「ポズナン」の歴史について少しだけ触れてみたいと思います。

ヨーロッパの雰囲気が素敵なポズナンの始まり

ヨーロッパの雰囲気が素敵なポズナンの始まり

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ポーランドの西部に位置する最古の都市の一つポズナンは、ドイツの首都ベルリンとポーランドの首都ワルシャワのちょうど中間点に位置するヴィエルコポルスカ県の県都です。
この地には石器時代から人が住んでいたことが分かっています。
ポズナンの歴史が始まるのは8~9世紀に形成されたスラヴ人の城塞集落がポズナンの起源とされています。

ポーランド歴史上最初の君主ミェシコ1世(在位960-992年)は、966年に西方のキリスト教を受入れました。
神聖ローマ帝国はポーランドも支配下に置こうと目論んでいましたが、ミェシコ1世が領土を守るために立ち上がりこれがポーランド王国の基礎となりました。
彼はオットー3世やハインリヒ2世の神聖ローマ帝国、クヌーズ2世のデンマークなどとの交流を盛んに行っています。
ミェシコ1世はポズナンの教会でカトリックの洗礼を授かっています。

彼が洗礼を受けた後で、大聖堂島にあるゴシック様式のポズナン大聖堂が建てられました。
大聖堂建築にあたり、これまでこの地にあったポズナン神殿は取り壊されたのです。
悲しいことにこの大聖堂は世界大戦で焼失し、14~15世紀ゴシック様式で立て直されました。
ここがポズナン誕生の地といわれ、入り口前の地面には天国の扉を開ける鍵のモザイク画が描かれています。

方々からの侵略を恐れるも生き永らえるピャスト朝時代

方々からの侵略を恐れるも生き永らえるピャスト朝時代

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彼が亡くなった後は彼の家系のピャスト家が代々国を治めることになります。
次の王はボレスワフ1世フロブリ(在位992-1025)です。
彼は郊外のグニェズノにポーランド初のカトリック司教座を置き、神聖ローマ王に王冠を授与されています。
司祭となった宣教師はヨルダンです。
ローマ教皇ヨハネス19世によって、1025年にポーランド公国はポーランド王国として認知され、ポズナンは初の首都となりました。
一度は纏まった公国になったものの1138年ごろに複数の侯領に分裂してしまいます。

12世紀の末頃になると、ドイツ人による東方植民が始まり、1226年にはドイツ騎士団が招致されています。
残念なことに騎士団がプロイセン地方に勢力を伸ばしたことにより、ポズナンはバルト海への航路を失うこととなりました。
1241年には東からモンゴル帝国が来襲し、ポーランドとドイツの連合軍が激突するレグニツァの戦いが起こります。
しかしこの戦いに破れてしまいました。

安泰期が訪れるも消えたピャスト王朝

安泰期が訪れるも消えたピャスト王朝

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ウワディスワフ1世(在位1306-1333年)が、ようやく王国を統一し安泰期が訪れます。
しかし、王の父のポーランド公カジミェシュ1世が事実上の君主であり、1038年に政治的な問題に直面していたポズナンから、クラクフに遷都しました。
ポズナンは1250年ごろに造られていた、中央広場を中心に益々発展していきます。
ドイツなどが招致されたことにより都市開発も進みました。

13世紀にゴシック様式で建設された旧市庁舎。
世界大戦で焼失後、16世紀のイタリアルネサンス様式で再建。
現在は、ポズナン市歴史博物館として使われています。
内部の聖書やギリシャ神話をモチーフに彩られた天井を持つルネサンスの間は必見です。
中央広場の中心に位置し威風堂々と立つ姿がとても印象的で、仕掛け時計の山羊が角を突き合わせて喧嘩し正午を知らせる姿はポズナンの名物となっています。
近くにはポーランド最大級の国立美術館もあります。







貿易都市として発展したポズナンの衰退

貿易都市として発展したポズナンの衰退

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ポズナンは、昔から交通の要衝として栄えていました。
地形的なものから東西交易の中継地点として発展をつづけたのです。
15世紀ごろからのポズナンは見本市会場として徐々に有名になり、商業都市としての繁栄を見せ始めます。
ドイツ騎士団のハンザ同盟加盟都市として、更に発展を遂げていきます。
1618~1648年に神聖ローマ帝国を舞台として起こった三十年戦争や18世紀にスウェーデンが起こした北方戦争に巻き込まれたことにより、大国に責められることが頻繁になり一挙に町は衰退してしまいました。

17~18世紀に80年もかけて建てられた、人気観光地のフェラ教会も見逃せません。
大理石や金箔がたくさん使われた豪華なバロック様式の教会の美しさはポズナン随一です。

さまざまな国の支配下に置かれるポズナン

さまざまな国の支配下に置かれるポズナン

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18世紀後半には第二次ポーランド分割により、ロシア派とプロイセン派にポーランド国内が分割されました。
これによりポズナンは、1772年にプロイセン王国に併合されました。
その後、ナポレオンによってポーランドは再建されワルシャワ公国を建国。
その一部となりましたが、ナポレオンの敗北と共に解体。
1815年にウィーン体制下で再びポズナン大公国となり1848年まで存在しました。
その間はプロイセンやオーストリアの支配下に置かれました。
1847年にはドイツの大統領(在任1925-1934年)となったパウエル・ヒンデンブルクが誕生しています。

ポーランド全体で民族発起が起こります。
1848年にベルリン3月革命が起こりプロイセン領のポーランド民族運動が再び発起しました。
これに参加していたポズナン大公国は地位を剥奪され、ポーゼン州としてプロイセンに支配されました。
第一次世界大戦でドイツが敗北し、1918年にポーランドは独立し。
ポズナンはポーランド領に戻ります。

第二次世界大戦におけるポズナンの破壊とその後

第二次世界大戦におけるポズナンの破壊とその後

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第二次世界大戦でポズナンはソ連軍との激戦地になってしまったのです。
美しいポズナンの町は約55%も焼失してしまいました。
中でも旧市街地の90%が破壊されてしまったといわれています。
しかし、ポズナン市民はこの大きな痛手に負けませんでした。
戦後、生き残った人たちが残された資料を基に完全に街を復元しました。

1956年6月28日にポズナン暴動が起こります。
それはスターリン批判から起こった反ソ連暴動で、民衆のデモが暴徒化し商店や警察、刑務所などを襲撃しました。
軍隊が投入されたことで暴動は収束しましたが、死者は100人を超えたといわれています。
ポーンランドの民主化により1990年には市議会の完全自由選挙も行われています。
現在は商業都市として栄え、ポズナン郡の郡都となりました。
トラムなどの交通網も整備され、ますます魅力的な都市となっています。

旧市街地にはクロワッサン博物館というポズナン名物のクロワッサン作りを体験できる博物館があります。
この博物館は90%破壊された旧市街地で奇跡的に残った3軒の建物の一つといわれています。
クロワッサン作り体験も好評で、人気観光地の一つになっています。
せひ、参加してみてください!

次のページでは『ポルトガル発祥の地と呼ばれるポズナンを旅してみませんか?』を掲載!
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