偉大な天文学者コペルニクスの生まれ故郷!ポーランドトルンの歴史

wondertripでは世界の絶景を紹介していますが、歴史地区や古代都市などの絶景スポットは、その歴史を少しでも知ることでより観光が楽しめます。今にも残る世界遺産のストーリーは、知識欲も刺激されますね。本日はポーランド「トルンの歴史」をご紹介します。


中世の街並みが美しいトルンってどんな町?

中世の街並みが美しいトルンってどんな町?

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トルンはポーランド中北部のヴィスワ川沿いに位置する、中世にプロイセンの商業都市として栄えた都市。
現在はポーランド有数の工業都市です。
ワルシャワから約3時間で訪れることができ、旧市街地では石畳の道にレンガ造りの建物が並ぶ中世の雰囲気を今も尚色濃く残しています。
この旧市街地は都市計画の素晴らしさと建設美が評価され1997年に「中世都市トルン」として世界遺産に登録されました。

地動説を唱えたポーランドが誇る天文学者「コペルニクス」の生まれ故郷としても有名です。
旧市庁舎前には地球儀を持ち空を指さす、1853年建造のコペルニクスの像が立ち、銅を扱う裕福な商家に生まれた彼の生家は現在博物館として使われています。
ショパンのお気に入りだった「ピェルニク」というジンジャーと蜂蜜のクッキーも名物です。
今回は、ポーランドの美しい古都、トルンの歴史に少しだけ触れてみたいと思います。

トルンの住所・アクセスや営業時間など

名称 トルン
名称(英語) Thorn
住所 Toruń, Poland
営業時間・開場時間 24時間
利用料金や入場料 無料
参考サイト http://www.torun.pl/en
最新情報は必ずリンク先をご確認ください。

トルンのスポットページ

ヨーロッパ一美しいといわれる町並みを残すトルンの始まり

ヨーロッパ一美しいといわれる町並みを残すトルンの始まり

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紀元前12世紀~11世紀ごろは、ラウジッツ文化が栄えた場所で、要塞が建てられていたことが分かっています。
8~12世紀にはヴィスワ川周辺にスラブ人の定住が始まりました。
966年にはポラニエ族長ミシュコが各部族を統合し、カトリックを国教としたポーランド王国を建国しています。
これは、1025年のことで、ミシュコ1世の息子ボスワレス3世の時代にローマ教皇に承認されポーランド王国という一つの国として認知されました。

本格的に歴史に登場するのは1230年ごろ。
モンゴルが来襲し、この地は衰退し荒れ果ててしまったのです。
ポーランド北部で勢力を奮っていた、ドイツ騎士団が救済に来たとき古トルン城の上に要塞を建てました。
1233年ごろからトルンはドイツ騎士団の一国となり繁栄を始めます。
1236年に現在あるトルンの場所へ移動が決まり、1264年より新市街の建設が始まりました。

1280年ごろにはドイツ騎士団と東方植民の影響により、ハンザ同盟に加入。
目を見張るほどの繁栄ぶりを見せ、商業における重要な地となったのです。
町に繁栄をもたらした大きな要因は、バトル海への重要な水上交通路だったヴィスワ川に面した地形だったことです。

ドイツ騎士団の城と聖ヨハネ大聖堂

ドイツ騎士団の城と聖ヨハネ大聖堂

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1274年にはバルト海沿岸地方征服の拠点として城が建てられることになりました。
建設の目的はキリスト強化のための入植を目的とするものでした。
このころからトルンはバルト海を中心とする貿易の中継都市として繁栄していきます。
城塞は旧市街地を守るように三角形を描くように造られており、ヨーロッパ最大級のレンガ造りの城といわれています。
1454年にはトルン市民軍の蜂起により、破壊され現在は一部を残すのみです。
この城を破壊したことにより、新市街と旧市街が連結されました。
しかし、重々しく威厳ある建物だった様子を伺うことできます。

1260年に着工したトルン最古の聖ヨハネ大聖堂があります。
完成したのは15世紀になってからで、司教座を持っていました。
内部はゴシック、ルネサンス、バロック、ロココなど多種多様な様式で造られています。
この教会は力強い男性的な雰囲気を持つ教会で、コペルニクスの洗礼に使われた洗礼盤や歴史を感じる装飾品も見られます。
ここにはポーランドで二番目の大きさを誇る直径2.27mの鐘が1500年ごろ取り付けられ、現在も荘厳な音色を響かせています。

聖ヨハネ大聖堂の住所・アクセスや営業時間など

名称 聖ヨハネ大聖堂
名称(英語) Cathedral of SS John the Baptist & John the Evangelist
住所 Żeglarska 16, 87-100 Toruń, Poland
営業時間・開場時間 9:00 – 17:30, 日祝日 14:00 – 17:30
利用料金や入場料 7ズウォティ
参考サイト http://www.katedratorun.pl/
最新情報は必ずリンク先をご確認ください。

聖ヨハネ大聖堂のスポットページ

ドイツ騎士団との軋轢が激しくなるトルン

ドイツ騎士団との軋轢が激しくなるトルン

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1410年にポーランド王国とリトアニア大公国の連合軍とドイツ騎士団の間で壮絶な戦争が行われました。
これが有名なグルンヴァルトの戦いです。
この戦いに勝った連合軍は1411年に「トルン和約」によってポーランドはドブジン地方をリトアニアはサモギチアを回復しました。
このグルンヴァルトの戦いで大敗したドイツ人にとっては屈辱的なことで、トルンは20世紀までポーランドとの対決と復讐の地となりました。

ドイツ騎士団はこの戦争により負債を抱え、税徴収を強化しました。
トルンは1440年にプロイセン連合に加盟しました。
1454年に再び市民がドイツ騎士団へ反旗を翻します。
これが十三年戦争と呼ばれる反乱です。
1466年10月に、このころハンザ同盟都市となっていたトルンで、「第二次トルンの和約」という平和条約が結ばれました。
ここでトルンは、ポーランド王領のプロシアに入りポーランド王国の支配下に下ります。

14世紀ごろのトルンは、ハンザ同盟の一都市として更に商業的発展を遂げ最盛期を迎えました。


壮麗な聖母マリア教会

 壮麗な聖母マリア教会

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14世紀後半にフランシスコ会によって造られたゴシック様式の教会。
大きく荘厳な雰囲気を持つ大きな教会で、27mの高さを持つ星模様のヴォールト天井は必見です。
側廊には記念碑が並び、講堂内には14世紀にフランシスコ会修道士が描いたゴシック風の歴史的価値のあるフレスコ画も描かれています。
また、ステンドグラスは華やかさの中に気品ある輝きをもち、とても魅力的です。
14世紀のゴシック芸術には目を見張るものがあり、聖ヨハネ大聖堂と反対に女性的な落ち着いた美しさを持っています。

この教会は16世紀半ばに宗教改革の後、一時プロテスタント教会となってしまい、内部の彫刻などが取り外されています。
この時、市民の大半がプロテスタントに改宗しました。
しかし、18世紀にカトリック教会に戻ります。

聖母マリア教会の住所・アクセスや営業時間など

名称 聖母マリア教会
名称(英語) St. Mary\’s Church
住所 Panny Marii 2, Toruń
営業時間・開場時間 8:30 – 18:30
利用料金や入場料 無料
参考サイト http://www.wnmptorun.diecezja.torun.pl/
最新情報は必ずリンク先をご確認ください。

聖母マリア教会のスポットページ

スウェーデン軍の犠牲となった旧市庁舎

スウェーデン軍の犠牲となった旧市庁舎

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1393年に建てられた2階建ての旧市庁舎。
1602年から2年間にわたって増改築が行われ今の形になりました。
あらゆる争いの場となり、内装は何度も建てなおされています。
歴史の中では、商人たちの住居、織物博物館、市議会、裁判所などとして使われました。
当時はトルンの富の象徴とされ、歴代王の宿舎としての役割も果たしています。

1703年のスウェーデンとの大北方戦争で、町は壊滅状態に劣りました。
プロテスタントとカトリックは宗教上緊張状態に陥ったのです。
この戦争で旧市庁舎は砲火の犠牲となり、1722年から15年の年月をかけて修復工事がなされました。
現在は博物館となり、14世紀に造られたキリスト像や後期バロック様式の屋根部分の壁、寄木細工が美しい扉の内部装飾が施されています。
夏のシーズン時期は高さ40mの塔の上にあがることができ、美しい旧市街地を始めとするトルン全景を望むことができます。

旧市庁舎の住所・アクセスや営業時間など

名称 旧市庁舎
名称(英語) Old Town Hall
住所 rynek Staromiejski 1, Toruń
営業時間・開場時間 冬季: 10:00 – 16:00,  夏季: 10:00 – 18:00
利用料金や入場料 11ズウォティ
参考サイト http://www.muzeum.torun.pl/
最新情報は必ずリンク先をご確認ください。

旧市庁舎のスポットページ

多くの悲劇の場となったトルン

多くの悲劇の場となったトルン

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トルンはかつて貿易で栄えたことでも分かるように、主要都市への交通の便も優秀でした。
そのためワルシャワなどを占領したい国々に攻撃されることが多かったのです。
1724年には、宗教争いがらみで、市長が処刑された「トルン騒動」が起こりました。
18世紀の中ごろの人口は、紳士階級や中流階級のドイツ語を話すプロテスタントが半数、残りの半数はカトリックのポーランド人でした。

1793年にはプロイセン王国に併合されてしまいます。
ナポレオン戦争中の1807年のワルシャワ復活によるティルジット条約により、ワルシャワ公国に入ることになりました。
その後、1815年のナポレオン敗戦後のポーランド分割で再びプロイセン王国の領土になりました。
翌年プロイセン王国は、ドイツ帝国となります。
1919年には、ポーランド領になっています。
1939年の第二次世界大戦で旧市街地は捕虜収容所として使われたおかげで、戦地となることがなく中世のままの姿を保つことができました。

トルンを歩くと至る所で、小さなアートを見ることができます。
趣ある街灯にぶら下がった小さなステンドグラスの看板があったり、路地には塀に陶器の人形が並んでいたりポーランドらしさを感じることができます。

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