ロシア連邦の首都モスクワは、こんな歴史を持っていた

wondertripでは世界の絶景を紹介していますが、歴史地区や古代都市などの絶景スポットは、その歴史を少しでも知ることでより観光が楽しめます。今にも残る世界遺産のストーリーは、知識欲も刺激されますね。本日は「ロシアの歴史」をご紹介します。

ロシアの首都モスクワってこんな都市

ロシアの首都モスクワってこんな都市

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ロシア連邦の首都モスクワは、森の中を悠然と流れるヴォルガ大河を持つ広大な自然に恵まれたスケールの大きさに満ちた都市です。
芸術、スポーツ、宇宙開発などに長け、町を歩けばお洒落な女子がかっこよく歩き、高級外車に乗った男性が優雅にエスコートする姿もみられる、かつての旧冷戦時代の暗いイメージとは全く違う活き活きとした輝きを放っています。
かつて12世紀に、ユーリー・ドルゴルーキー公が創設して以来、ほぼロシアを牽引してきたモスクワは様々な歴史の舞台となり、ロシアの人々はモスクワを母だと感じているそうです。

偉大かつ恐ろしい都市だったモスクワは、ソ連が崩壊してから劇的に変貌し、現在はお洒落でメルヘンな都市に生まれ変わりました。
世界遺産に登録されたクレムリンを中心に放射状に道路が広がり、取り囲むように3本の環状道路が造られています。
カラフルで素敵なモスクワを一望するなら「雀が丘展望台」が一番!モスクワ川クルーズに乗って名所を巡るのもおすすめです。
ロシア芸術を満喫する観光も外せませんね!ロシアの歴史の大部分で、首都として君臨したモスクワの歴史に触れてみたいと思います。

世界第一位の国土を持つロシアの首都モスクワの始まり

世界第一位の国土を持つロシアの首都モスクワの始まり

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モスクワの歴史上、人が住み始めたのは石器時代です。
モスクワが初めて文献上に登場するのは1147年。
ノルマンのウラジーミル大公ユーリー・ドルゴルーキー(在位1149-1150年、1150年、1155-1157年)が、「モスクワ」の地名を文献上初めて載せたのが歴史上の登場です。
元々ウラジーミルはバイキングの血を引くリューリックの子孫で、ロシアの支配者はその子孫に限られていました。
彼はモスクワの建設者としても知らています。

モスクワからほど近いスズダリという町にロシア語を話すメリャ人が多く住んでいました。
その町の西部国境の小さな町を支配していたユーリー大公が、スズダリやロストフなどのロシア平原東北部を政治の中心におきました。
ここから、モスクワの歴史が動き始めます。

ユーリー大公が権力を奮い大きくなるモスクワ

ユーリー大公が権力を奮い大きくなるモスクワ

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ユーリー大公は、ポーランドとリトアニアの連合軍が持つキエフを狙い遠征していました。
このことから彼は手長公という意味を持つドルゴルーキーというあだ名がついています。
モスクワ川河口の三角地帯に、1156年、ユーリー大公が木柵を造り、堀を巡らせたのが、クレムリンの始まりです。
発掘調査の結果、長さ43m、高さ2m以上の壁を持つ城塞の存在が明らかになりました。

このころのモスクワは、南からモンゴル帝国、北からはスウェーデン軍とドイツ軍の脅威にさらされていたのです。
襲撃から守るための城塞で、モスクワ川を利用した交易の要衝としての役割も果たしています。
モスクワ川のお陰もあり、当時はかなりの富を得て繁栄していました。

「タタールのくびき」と呼ばれるモンゴル支配下のモスクワ

「タタールのくびき」と呼ばれるモンゴル支配下のモスクワ

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これまで大きな争いもなく繁栄してきたモスクワですが、1237~1238年にモンゴル軍の襲撃により、リャザ、ウラジーミル・スーズダリ大公国などが攻め落とされ、モンゴル帝国キプチャク・ハン国の支配下に下ります。
キャプチャク・ハンの勢いは凄まじいもので、ルーシー諸国のほとんどはキプチャク・ハン国の支配に屈することとなりました。
ルーシー諸国はキプチャク・ハン国により、税の貢納義務を背負わされます。
ここから、屈辱的なタタール(モンゴル)のくびき(支配)の時代が始まりました。

外国からの度重なる攻撃を受ける時代になると、アレクサンドル・ネフスキー=ウラジーミル大公(在位1252-1263年)という、中世ロシアの英雄が生まれました。
1240年にはネヴァ河畔でスウェーデン軍を、2年後にはチュード湖の氷上の戦いでドイツ騎士団軍を討ち破った人物です。
彼が、「ネフスキー(ネヴァ川の英雄)」として称えられるようになったのは、スウェーデン軍を討ち破った功績からです。
彼はモンゴル軍に対しては従順で、税徴収のための戸口調査にも率先して協力し服従します。
この功績もあり、キプチャク・ハン国から認められ、ルーシー諸公国の徴税請負人の地位を与えられ、他国がモンゴルへ収めた税収をピンハネするなどして自国の勢力を拡大させました。







ロシアで最も強力な都市となるモスクワ

ロシアで最も強力な都市となるモスクワ

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モンゴル軍がキエフを陥落させたことで、ギリシア正教の大主教府はウラジーミルに逃れていました。
イヴァン1世(在位1325-1340年)の治世に府主教ピョートルをモスクワに迎え、大主教府を設置。
この府主教ピョートルの聖骸が発見された跡地には、クレムリンの中に建つウスペンスキー大聖堂が建てられました。
この大聖堂の建設は後にモスクワ大公国と自らを呼ぶほどの影響力をもたらします。

1304年以降のモスクワは力をつけモンゴルも影響力を抑えることができません。
巨大勢力のリトアニア大公国の勢力がロシアを脅かし始めたことも幸いし、諸国はモスクワを強化せざるを得なくなりました。
これによりモスクワはロシアで最も強力な都市へと成長します。

ロシアの首都となるもポーランドに攻め込まれるモスクワ

ロシアの首都となるもポーランドに攻め込まれるモスクワ

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1480年のイワン大帝の時代にキプチャク・ハン国を併合し、やっとタタールのくびきから脱出することができました。
ここでモスクワはルーシー諸国全土を統合したロシアの首都としての地位を手に入れます。
このころ今のダーツ版のような、クレムリンを囲む城壁が造られました。
これは居住区を守るためのものです。
ロシア正教府があったことから黄金の玉ねぎ頭の教会があちらこちらに建ちました。
経済も安定したこのころの貴族たちは教会を建てることを誇りとし、大通り沿いにこぞって建てています。

17世紀になると動乱期に入ります。
イワン大帝の孫で聖ワシリイ大聖堂などを建設し、「雷帝」と呼ばれ恐れられたイワン雷帝の死後ロシアに暗黒の時代が訪れます。
ボリス・ゴドゥノフ(在位1598-1605年)の頃は記録的な大飢饉に見舞われ国庫が破産状態に陥り政治が混乱しました。

ポーランドは偽りの皇子との逸話があるドミトリーを暗殺し、ロシアの一部の貴族を味方につけ1609年秋にクレムリンを占拠。
これに負けじと肉屋のミーニンが義勇軍を形成しました。
指揮官にはモスクワの没落貴族ボルジャスキーが就任。
12000人のポーランド軍に対したった9000人で戦いを挑んだモスクワの義勇軍ですが、15年もの激戦を経てモスクワ奪還に成功しました。

ナポレオンに占拠されるモスクワ

ナポレオンに占拠されるモスクワ

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ロシアの首都はモスクワから一時サンクトペテルブルクに遷都されました。
モスクワは政治から遠ざかるものの、優雅な貴族文化が発展し商人文化も発達したのです。
この様子はロシアを代表する作家のトルストイやチェーホフの作品に描かれています。
1812年にヨーロッパ全土を制したナポレオンがロシアに攻め入った後すぐにモスクワにも進軍しました。
これはトルストイの「戦争と平和」に描かれています。

1812年に木造の建物が建ち並ぶモスクワは大火に見舞われています。
ナポレオンに支配されることを嫌ったモスクワ市民の仕業といわれ、ナポレオンは壊滅状態となったモスクワを放棄せざるを得ませんでした。
この大火により穀物も焼け、ナポレオン軍には餓死者や凍死者を大量に出しています。
和平交渉にも失敗したナポレオンはフランスへ逃げ帰りました。

次のページでは『ソ連政府によるモスクワの回復』を掲載!
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