ドイツ旅行なら「イーストサイド・ギャラリー」は外せない!行き方、料金や営業時間は?

歴史ある建造物とスタイリッシュな現代風の建物とが混在し、どこか華やいだ雰囲気のあるベルリンの町。そんな平和そうに見えるベルリンの街には、人々の行き来を完全に阻む為の壁が隔たっていました。ベルリンの壁はなぜ造られたのか、現在はどんな姿になっているのか。それが分かるイーストサイド・ギャラリーについてご紹介いたします。
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事の始まりは第二次世界大戦

事の始まりは第二次世界大戦

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第一次世界大戦後、ドイツではワイマール文化が開花し、建築、美術、映画、演劇、文学など芸術分野での最先端をいく国とされ、黄金期を迎えていた頃でした。
しかし、1933年にアドルフ・ヒトラーが首相となったことにより状況がガラリと変わってしまいます。
恐怖政治が始まり、多くのユダヤ人や反ナチスの人々が強制収容所へと送られてしまったのです。

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第二次世界大戦にて敗戦国となったドイツは、連合国側によって東ドイツと西ドイツとに分断されてしまいました。
東ドイツをソ連が、西ドイツと東ドイツの飛び地であった西ベルリンをアメリカ・イギリス・フランスが占領。
当初、東西ベルリン間の行き来は自由でしたが、経済格差や政治への不満から西ベルリンへと脱出する東ドイツ人が20万人にも増加してしまったそうです。

一夜にして現れた壁

一夜にして現れた壁

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これ以上、西への人々の流出と国家存続の危機を防ぐためにと打ち出された政策が、西ベルリンと東ドイツとを隔てる壁の建設でした。
1961年8月13日の早朝、西ベルリンとの国境に土のうや有刺鉄線が設置され、国境警備隊が犬を連れて見回りをするというような緊迫した事態となっていたようです。
これがベルリンの壁の始まりとなり、やがて西側への旅行や通行が認められなくなり、東西間の壁はさらに厳重に、そして経済格差は大きく広がっていきました。

ついにベルリンの壁崩壊へ

ついにベルリンの壁崩壊へ

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東ベルリン市民は、壁に近づくことさえ禁じられていたため、厳重な警備と壁の乗り越え命がけの脱出する人もいたようです。
しかし、警備兵によって射殺されたり、事故で亡くなった人も140人程に及びました。
国家保安省の秘密警察・諜報活動の監視により、多くの人々が不満を募らせたことで、各地の教会を中心にデモが広がっていきました。

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1989年6月27日、ハンガリーとオーストリアの国境が開いたことで、多くの東ドイツ国民がチェコスロバキアとハンガリーを経由して西ドイツへと脱出を始めると、外国への旅行の自由化と民主化への声が高まっていきました。
これにより、東ドイツ政府は、国外への旅行許可を承認。
喜びを抑えきれずに、東ベルリンの人々は国境へ次々と押し寄せ、壁を壊しました。
これが世界的大ニュースともなった1989年11月9日のベルリンの壁崩壊です。

東西ドイツ統一へ

東西ドイツ統一へ

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翌年の1990年10月3日には、東西ドイツが統一し、ベルリンがドイツの新しい首都となりました。
統一から30年近く経つ現在でも、東と西の格差は実際には存在し続けているといいます。
ベルリン中心部に建つテレビ塔のような高い所から眺めてみると、東西の町の雰囲気の違いが手に取るように分かるかと思います。
物理的に壁は崩壊したものの、心に残るわだかまりが無くなるまでには、さらに長い時間が必要となることでしょう。

記念碑的な存在で保存されているイースト・サイド・ギャラリー

記念碑的な存在で保存されているイースト・サイド・ギャラリー

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破壊されたベルリンの壁の破片は、ベルリンのお土産として大人気でしたが、多くの部分は細かく粉砕され、道路の舗装へとリサイクルされたそうです。
現在では、いわゆる「ベルリンの壁」が残されている場所は少なくなりましたが、一部ではその忘れてはならない歴史として保存されている所もあります。
それがオストバーンホーフ駅付近にあるイースト・サイド・ギャラリーです。

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