「朕は浪費家の太陽王なり」で有名なヴェルサイユ宮殿を建てたルイ14世ってどんな王様?

超豪華で有名な「ヴェルサイユ宮殿」を建てた王様って興味が湧きませんか?現代人も憧れる世界有数の宮殿を建てた王は、フランス絶対王政を開始した人物で、実は重商主義で国力を強化し多くの対外戦争を行った人物なんです。今回は、太陽王と称されたルイ14世がどんな人だったかを紐解いてみたいと思います。

5歳で王となったルイ14世

5歳で王となったルイ14世

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ブルボン王朝のルイ14世(在位1643年5月14日~1715年9月1日)は、フランス絶対王政の絶頂期に君臨した国王です。
5歳にも満たない時に、父のルイ13世が亡くなったことで即位しました。
彼はここから一生涯王として72年を過ごします。
幼少期に王となったため、母アンヌ・ドートリッシュが摂政に、宰相にはリシュリューの後を継いだ枢機卿マザランが就きました。
絶対王政の初期に支配権を持ったのは、実質この2人といえるでしょう。

最初の困難は、三十年戦争においてフランス側にどれだけ優位な状態で終結させるかでした。
実はマザランは外交術に優れた人物で、この難題も和平交渉という形で終えています。
ドイツとはウェストファリア条約でスペインとはピレネー条約を結びました。
フランスはアルトワの大部分を獲得し、スペインのフェリペ4世の長女マリー・テレーズ・ドートリッシュとの婚姻を約束することでスペインの継承権も手に入れたのです。
実に見事な交渉術で大成功でした。

マザランの死から権力を我がものとするルイ14世

マザランの死から権力を我がものとするルイ14世

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王権強化によって既得権を奪われることを恐れた大貴族層や農民層が、1651年にフロンドの乱が起こしたのです。
パリは反乱軍に占拠され、ルイ14世は危機一髪で逃れ国を転々としました。
これは反マザランに対して起こった反乱ですが、1653年にマザラン自身が鎮圧しました。
これから反対勢力や貴族による反抗は影を潜めます。
国が平和になったことにより、パリに戻ったルイ14世はこの反乱を起こした張本人高等法院を訪れ「朕は国家なり」と恫喝したとの説が残っています。

マザランは1661年3月に亡くなりました。
しかし、この後宰相を置くことはせず、22歳になっていたルイ14世は、自分の力に頼る親政を開始します。
貴族を退けることにより、ルイ14世への中央集権化を強めたのです。

実力主義を実行するルイ14世

実力主義を実行するルイ14世

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政策を決定する最高国務会議から母アンヌを始め王家や王族、大貴族を締め出しています。
ルイ14世は能力によって、身分に関係なく起用する官僚システムを作ったのです。
会議のメンバーには陸軍卿ル・テリエ、外務卿リオンヌ、財務卿フーケを任命しました。
フーケは後に、公金横領の罪に問われ逮捕されてしまいます。
後任にはコルベールが就きました。
このフーケの失脚には、コルベールの陰謀だったともいわれているんですよ。
これから1671年まで、ルイ14世とこの3人による政治が始まります。

コルベールこそ身分に関係なくのし上がってきた人物です。
ルイ14世は、コルベールを財務総監に任命し重商主義を進めさせました。
彼の功績は、植民地増加と海軍強化が主なものです。
1664~1667年にはオランダから輸入される毛織物に対しての関税を引き上げ、国内市場を保護。
フランスの植民地との貿易から海外製品や商人などを排除するべく政策に乗り出しました。
国内では、輸出向けの製品を多く作り、貿易振興に力を入れ、1664年には東インド会社や西インド会社を設立しています。

能力を買われて財務総監になったコルベールは、農業中心の国内経済からの脱却に失敗しており、重商主義政策は完璧とはいえません。
1685年にはフォンテーヌブロー王令が出されたことにより、ナントの王令が廃止となりました。
プロテスタントを迫害したため商工業者の中心的存在の人物がイギリスへと亡命し、更にフランスの財政は悪化したのです。

ヴェルサイユ宮殿の建設

ヴェルサイユ宮殿の建設

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ルイ14世が残した目に見える功績といえば、「ヴェルサイユ宮殿」ですね。
実はこの宮殿、1624年に父のルイ13世が建てた狩猟小屋を改築して建てられました。
内部装飾を担当したのがルイ・ル・ヴォーで、庭園の建設はアンドレ・ル・ノートルです。
宮廷をヴェルサイユ宮殿に移すことを決めたため、貴族、役人、使用人などの住居を増築する必要があり、宮殿の拡張されました。
これを担当したのがマンサール。
ヴォーが造った建物を徹底的に造り変え、南と北に翼棟を造り住居用の部屋を造りました。

ヴェルサイユ宮殿が完成したのが1682年5月です。
これで、ルイ14世が絶対王政の頂点に立ったことは明白でした。
ここで暮らした人々は、4000人を超え、彼らは、宮廷文化を生みだします。
超豪華な鏡の間は皆さんご存知でしょう。
これを造ったのもマンサールです。
長さ73メートルもあるスペースには古代ローマのアーチ模様を施した窓、そこからの光が鏡に反射して豪華な設えの回廊をより広く華やかに見せています。
ルイ14世に謁見する外国使節たちは、最も美しく絢爛豪華な鏡の間に驚嘆しました。
この部屋は太陽王と称されるルイ14世の威厳を体現する象徴となっています。
こうやって見ると、王が自分の権力を振りかざして他国を圧倒させることは必要だったのかもしれませんね。
でも、フランスの台所事情は悲鳴を上げてしまいます。

オランダ戦争

オランダ戦争

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ルイ14世は戦争が絶えない時代の王だったのです。
ハプスブルク家は、先王の時代から頭の痛い存在でした。
1667年にスペイン領南ネーデルラントの相続争いで起こったフランドル戦争をきっかけに、オランダとの衝突を避けることができなくなり、ルイ14世は1672年4月にとうとう宣戦布告をしています。
フランスはイングランドと同盟を組んで戦争を開始しています。
これがオランダ戦争です。

オランダはスペインと神聖ローマ皇帝と手を組んだことで、イングランドはオランダと講和したため、フランスは孤立してしまいます。
1678年にナイメーヘン条約が結ばれ、領地拡大には成功しました。
この後も1688年にアウクスブルク同盟戦争、次に名誉革命がイングランドで起こり、ライスワイク条約を締結。
フランスはロレーヌ地方を返還せざるを得ません。
それに加えフランスとイングランドは世界の覇権を巡って争う時代へと向かいました。

スペイン戦争とルイ14世最後の時

スペイン戦争とルイ14世最後の時

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数々の戦いを経験してきた太陽王ルイ14世が最後に関わった戦争が、スペイン継承戦争です。
スペイン王カルロス2世が35歳という若さで亡くなりました。
彼には後継者がなかったので、ルイ14世の王妃でカルロス2世の異母姉にあたるマリー・テレーズの孫、「アンジュー公フィリップ」を遺言で後継者に指名しました。
ヨーロッパ諸国はルイ14世がフィリップのフランス王継承権を放棄する条件付きでスペイン王と認めたのです。
しかし、ルイ14世はこの話を反故にしました。
そこで1701年に、オランダ、イングランド、神聖ローマ皇帝が同盟を結びフランスへ宣戦布告します。
10年にもわたる戦争の末、1713年にユトレヒト条約が結ばれたことにより戦争は終結したのです。
フランスの領土拡張計画は減退しました。

ルイ14世は、ヴェルサイユ宮殿を造ったことで国費が圧迫。
国民に重税をかけました。
更に晩年には戦争の連続で膨大な戦費がかさみ、国の財政はほぼ破綻状態。
増税の上に増税を課せられた国民の不満は爆発寸前でした。
「イギリスを見習え」との小唄が流行したほどだったんです。
ルイ14世は、76歳という長寿でこの世を去っています。
たくさんの戦争でフランスの領土を拡大し、王の威厳を内外に知らしめた人物です。
亡くなる直前に王は5歳の王太子(後のルイ15世)に、「戦争で勝利を求めるのは国家が疲弊するだけだから真似しないように」と言い残して息を引き取ったといわれています。

フランス王政を完成させた太陽王!世界一の華麗な宮殿は彼の威厳を現在も語っています

ルイ14世は人生のほとんどを王として生きた人です。
その人生は本当に幸せかどうか、本人にしかわかりません。
ブルボン王朝の絶対王政時代の栄華を築いたことは間違いない事実です。
彼が建てたヨーロッパ最大級の「ヴェルサイユ宮殿」は、フランス王国の栄華の象徴として現在も世界中の人々の憧れとなっています。
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ピーターラビット

Writer:

世界遺産ブームをきっかけに歴史に目覚めてから、国や城、庭園などの成り立ちに魅了された主婦です。何だろう?と思ったことを調べて、皆さんにお伝えすることで気持ちを共有できたら幸せだな~と感じながら仕事をしています。ちょっとマニアックな歴史記事ですが、軽い気持ちで触れてみてくださいね!

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