ミュンヘン観光で行きたい、世界遺産&歴史スポットあれこれ

ミュンヘンといえばビールで有名ですが、ビールのお祭りとも言えるオクトーバーフェストはミュンヘンが発祥の地。ベルリン、ハンブルクについでドイツで3番目に人口の多い大都市なのに、北ドイツからは「バイエルンの人口百万人の田舎町」と呼ばれています。しかし逆に言うとそれは、この大都市の住民が陽気で楽しい「村人」だということですね。ドイツ観光でよく見かける羽根付きの帽子を帽子をかぶった男性やディヤンドルというエプロンのような衣服を着た女性は、バイエルンやスイスやオーストリアの民族衣装。ドイツ観光の目玉であるノイシュヴァイン城も、バイエルン王ルートヴィヒ2世が建設したものですよ。ミュンヘンには、いろいろな観光スポットが集まっていますから、時代の歩みに合わせてミュンヘン市内を歩いてみることにしましょう。

ミュンヘン中心部を歩いてみましょう

ミュンヘンに限らずドイツの都市は、中央駅が町外れにありそこから地下鉄やバスなどで都市の中心部に行くことになります。
ミュンヘンの場合は比較的中央駅から都市の中心部は近いので、地下鉄でも行けますが歩いても大丈夫。
都市の中心部には広場があり、その広場には市場と噴水があり、広場の周囲にはその都市の中心となる教会と市庁舎が建っているというのが定番。
ミュンヘンの場合はマリーエンプラッツという広場があり、そこにはフラウエンキルヒェと呼ばれる大聖堂が建っているのですよ。

マリーエンプラッツがミュンヘンの中心です

マリーエンプラッツがミュンヘンの中心です

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かつて市壁に囲まれていた都市は、東西と南北に走る通りによって四等分されているのですが、ミュンヘンの場合は東西の通りの東にイーザル門、西にカール門があり、南北の通りの北にゼンドリング門、南にシュヴァービングがあります。
イーザル門のイーザルはドナウ川の支流であるイーザル川にその名前の由来があり、ミュンヘンは「イーザル川のアテネ」などと呼ばれることもあるのですね。
ゼンドリングとシュヴァービングはかつてはミュンヘン近郊の村。
今ではもちろんミュンヘン市内で、とくにシュヴァービングは19世紀末に多くの芸術家や詩人が集まった場所なのですよ。

この十字路の中心にあるのがマリーエンプラッツで、「マリーエン」を日本語に訳すと「マリアの」という意味。
この広場に建っているミュンヘンの象徴とも言えるフラウエンキルヒェから「マリアの広場」という名前ができていますが、これはあとで説明することにしましょう。
この広場はもともとは市場で、ベック百貨店の角にある泉はフィッシュブルンネン、つまり「魚の泉」と呼ばれていているのですが、これがまた当時はこの広場の名前でもあって、魚をはじめ卵や小麦粉やワインなどが売られていたのですね。
1854年にこの市場がブルーメン通りに移転してからは、マリーエンプラッツと呼ばれるようになったのですよ。
400年前には旧市庁舎しかなかったこの広場は、今ではミュンヘン観光の拠点になっています。

フラウエンキルヒェは聖母マリアのための大聖堂です

フラウエンキルヒェは聖母マリアのための大聖堂です

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ミュンヘンのような都市はまたカトリックの司教区の中心都市にもなっていますから、司教ないし大司教のいる大聖堂があり、これがその都市の象徴の役割も果たしています。
ミュンヘンではフラウエンキルヒェと呼ばれている双塔の大聖堂です。
フラウとは「女性」という意味で、この教会の正式名称は「われわれの愛する女性の大聖堂」。
この女性はもちろん聖母マリアで、パリのノートルダムが「私たちの女性」という意味であるのと同じですね。
15世紀のゴシック様式で建設されている大聖堂ですが、ふつうゴシック様式の大教会の尖塔は天に向かってとがっていますが、フラウエンキルヒェの尖塔の頂点はバロックを思わせるような丸屋根。

フラウエンキルヒェの2つの尖塔の高さは98.57メートルと98.45メートルで、微妙に違っていますね。
大聖堂の伽藍は長さが109メートルで幅が40メートル、高さが37メートルありなんと2万人の人がここに座ってミサを受けることができるのですよ。
もちろん立派なオルガンもあり、日曜日の朝10時のミサではオルガンの演奏と聖歌隊によるコーラスも聴くことができます。
ここにはまた1314年にドイツ王、1328年に神聖ローマ皇帝になったヴィッテルスバッハ家のルートヴィヒ4世の墓標があります。
ルートヴィヒ4世がヴィッテルスバッハ家の頂点とも言えますが、バイエルンが王国になるよりずっと以前からこの地を治めてきたヴィッテルスバッハ家の君主たちの肖像を、この大聖堂で見ることができるのですね。

新市庁舎の時計はミュンヘンの歴史を演じています

新市庁舎の時計はミュンヘンの歴史を演じています

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この荘厳な大聖堂から一歩外に出るとマリーエンプラッツ。
聖なる世界と世俗社会とが聖堂の扉一枚で区切られているのですね。
都市の中心部の広場にどうしてもなくてはならないものがもう一つ、それは都市を実質的に支配している市民たちにとって欠かせない市庁舎。
市庁舎のことをドイツ語でラートハウスと言いますが、この「ラート」は「助言する」という意味の動詞に由来する言葉で、都市を取り仕切っている言わば「町名主」のような人たちのこと。
ですから市庁舎ではかつては裁判までが行われたということですね。
マリーエンプラッツには古い市庁舎と新しい市庁舎が建っていますが、もともとこの広場にはゴシック様式の古い市庁舎しかありませんでした。
新市庁舎ができたので旧市庁舎は、広間でシンポジウムやパーティーをするために使われています。

見所はやはり新市庁舎。
その塔にのぼるとミュンヘン市街が一望できます。
この眺めだけでもここに来る価値はあるのですが、絶対に忘れてならないのは新市庁舎の中央にある時計。
現在のようにスマホで時刻がわかるような時代ではありませんから、都市の中央にある市庁舎の時計がその時々の時刻を教えてくれるほとんど唯一のものだったのですよ。
日本でもお寺の時の鐘が時刻を知らせてくれますが、市庁舎の時計も一定の時刻になると鐘が鳴って市民に時刻を知らせますね。
ミュンヘンの新市庁舎の時計はただそれだけではなく、音楽に合わせて時計の奥から人形が出てきて躍るのです。
しかもその人形は1158年以来のミュンヘンという都市の歴史を表現。
これは1568年にバイエルン公ヴィルヘルム5世の結婚を記念して16体の人形と43の鐘がここに取り付けられて以来のもの。
その時間になるとマリーエンプラッツは人だかりができます。







ミュンヘンで一番古い教会はペータースキルヒェです

マリーエンプラッツに面してはいませんが、ミュンヘンで一番古い教区教会がこの広場のすく近くに建っています。
ペーターというのはキリストの十二使徒の一人ペテロのこと。
キリストから天国への鍵を預かった弟子で、初代ローマ教皇と見なされていますね。
このペテロの名前を与えられた小さな丘にペータースキルヒェの起源があります。
今ではペータースベルクル(日本語に訳すと「ペーターの小山」)と呼ばれる丘の上に小さな教会が建てられたのは12世紀にまでさかのぼれるのですよ。
その後800年以上もの時間をかけてこの教会は、その時代その時代のさまざまな建築様式で増改築。

1181年にはロマネスク様式の教会だったことがある古文書に記されていますが、1278年にゴシック様式の教会に改築。
17世紀から18世紀にかけて塔と祭壇がバロック様式で作り替えられました。
南ドイツには丸屋根が特徴のバロック様式の教会が多く見られますが、バイエルンではその丸屋根が独特の玉葱型だということですね。
ミュンヘンで一番古い教会もその屋根だけを見たらバロック教会。
第二次世界大戦中に爆撃で破壊され、再建工事はなんと2000年まで続きましたが、300段の階段をのぼった91メートルの塔からの眺めは最高です。

ミュンヘンのヴァイスヴルストの伝説はここで生まれました

ミュンヘンのヴァイスヴルストの伝説はここで生まれました

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ドイツと言えばビールとソーセージというのが定番ですね。
もっともこれは日本と言えば富士山に芸者に武士というのと同じステレオタイプではありますが、それでもドイツ各地にその土地でしか味わえないビールやソーセージがあります。
第一次世界大戦でバイエルン王を退位したヴィッテルスバッハ家ですが、いまだにビール醸造所を所有しているとか。
ウィーンを追われたままウィーンに帰ることができないハプスブルク家とは違いますね。
それはさておきソーセージですが、太くて白くてお湯に入った状態でテーブルに運ばれてきて、それをジャムのような甘いソースをかけて食べるヴァイスヴルスト。
ドイツ各地のソーセージとは文字通りひと味もふた味も違っているこのソーセージの由来には、次のような伝説があるのですよ。

1857年のカーニバル(ミュンヘンではファッシングと言います)の日曜日、マリーエンプラッツで焼きソーセージを売っていたツム・エーヴィゲン・リヒト(日本語に訳すと「永遠の光亭」)の肉屋さんが羊の腸をきらしてしまい、困ったあげく豚の腸を使うことにしたのでした。
しかしそれでは太すぎて焼きソーセージには向いていませんし、鉄板のうえで焼いたら破れてしまうかもしれません。
それに気づいた肉屋さんは、その豚の腸で作ったソーセージをゆでてみたのですね。
それがヴァイスヴルストの起源伝説なのですが、その伝説が真実を語っているかどうかは別にして、少なくともベルリン名物カリーヴルストよりは伝統のあるミュンヘンおよびバイエルンのヴァイスヴルスト。
一度口にするとドイツのソーセージのイメージが変わってしまいますよ。

ミュンヘンはヴィッテルスバッハ家の宮廷都市でもありました

「都市の空気は自由にする」ということわざがありますが、ラートハウスに象徴されるように都市には市民の自治権が保障されていたのですね。
帝国自由都市ともなるとその都市の周囲を支配する領邦君主から独立。
現在でもドイツ連邦共和国の16の連邦州のうちベルリンとハンブルクとブレーメンは一つの都市として連邦州。
ミュンヘンも都市の規模から言えば連邦州になってもおかしくはないのですが、そうならないのはやはりヴィッテルスバッハ家の宮廷都市だったからでしょうか。
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