中部ドイツ・バッハゆかりの美しい街をめぐる旅

「音楽の父」とも呼ばれるドイツの作曲家バッハ。バッハとくると、学校の音楽室に飾られた、あのいかめしい顔にかつらをかぶった肖像画を思い浮かべる方も多いと思います。バッハは春、3月の生まれ。終生、中部ドイツ地方から外へ出ることはありませんでしたが、演奏や新しいオルガンの鑑定などでドイツ各地を旅することはよくありました。今回はそんなバッハゆかりの中部ドイツの美しい街をご紹介(大かっこは、その時代に作曲された代表的なバッハ作品名)。

1. 旅のはじまりはバッハの故郷、アイゼナハから

1. 旅のはじまりはバッハの故郷、アイゼナハから

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ヨハン・ゼバスティアン・バッハは1685年3月21日、中世歌合戦の舞台として名高いヴァルトブルク城を望む中部ドイツ・テューリンゲン地方のルターゆかりの町アイゼナハで楽師の子として生まれました。
幼いころにあいついで両親を亡くし孤児となったバッハ少年は、オールドルフという町の教会オルガン奏者を務めていたいちばん上の兄ヨハン・クリストフに引き取られます。

この兄の家にいたころ、バッハ少年はパッヘルベルやベーム、ブクステフーデなど当時一流の大家の作品の楽譜を保管棚からこっそり抜き出し、月明かりのもとで書き写したもののあえなく兄に没収されてしまった、という逸話が残っているほど先人の音楽を貪欲に吸収したと伝えられています。

現在、バッハの生家が建っていたとされる地区にはバッハ記念館が開設されています。

アイゼナハのバッハ記念館

「アイゼナハ」中央駅から徒歩約14分。

開館時間 10:00 – 18:00、無休

入館料 9EUR、学生は5EUR

Phone +49 (0) 3691 7934-0 / Fax +49 (0) 3691 7934-24

2. オールドルフから一路リューネブルクへ[旅立つ最愛の兄に寄せる奇想曲 BWV992]

2. オールドルフから一路リューネブルクへ[旅立つ最愛の兄に寄せる奇想曲 BWV992]

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15歳になったバッハはお世話になったオールドルフの兄の家を出て、北ドイツのリューネブルクにある聖ミカエル教会付属学校の「朝課合唱隊」寄宿生となり、本格的な音楽修業を積むことになります。
このとき当地リューネブルクの聖ヨハネ教会オルガン奏者として活動していたゲオルク・ベームに師事したり、またリューネブルクから南へ80kmほど離れたツェレという町で最新のフランス様式音楽を聴く機会もあり、バッハはますます多くの流派の音楽を自分のものとしてゆきました。

聖ミカエル教会[礼拝時間見学不可]

4-9月 : 月曜-土曜 10:00 – 17:00

日曜 14:00 – 18:00

9-2月 : 日曜のみ、14:00 – 16:00

+49 4131 2873310

3. 青年オルガニストの町アルンシュタット[小フーガ ト短調 BWV578]

3. 青年オルガニストの町アルンシュタット[小フーガ ト短調 BWV578]

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1703年8月、弱冠18歳のバッハはアルンシュタットという町に再建された教会のオルガン奏者として破格の厚遇で採用され、4年後には親戚筋のマリア・バルバラ嬢と結婚もします。

しかしながらまだ若く、血気盛んだったバッハはたびたびトラブルを起こしています。
アルンシュタット市庁舎前広場に設置されているバッハの銅像は、晩年のいかめしい肖像画とは似ても似つかぬラフな出で立ちでくつろぐ青年バッハをかたどったもの。
じつはこの広場、若きバッハが教会聖歌隊員のひとりと大立ち回りを演じて教会当局から叱責されたという因縁のある場所でもあります。

アルンシュタットのバッハハウス

DB「エアフルト」駅からREで約20分。

火曜 – 土曜 9:30 – 16:30、月曜休館

Phone +49 03628 745-6 / Fax +49 03628 745-800

4. リューベックで「夕べの音楽」体験[トッカータとフーガ ニ短調 BWV565]

4. リューベックで「夕べの音楽」体験[トッカータとフーガ ニ短調 BWV565]

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アルンシュタットでの生活に嫌気がさしたバッハは突然、4週間の休暇を申請して北へ約400kmも離れたハンザ同盟都市リューベックまで大徒歩旅行(!)を敢行。
旅の目的は、リューベックの聖マリア教会オルガン奏者で高名な作曲家ディートリヒ・ブクステフーデの主催する「夕べの音楽」を聴きに行くためでした。

ところがバッハはこのときのブクステフーデ体験があまりに強烈だったのか、無断で休暇を延長してしまい、アルンシュタットに帰ってきたのはなんと4か月も経ってから。
しかも「奇妙なオルガン演奏」で信徒を困惑させたりで、当然のことながら教会当局に呼び出され、きついお叱りを受けたのでした。

リューベック聖マリア教会

ドイツ鉄道(DB)「リューベック」中央駅から徒歩約14分。

見学時間 10:00 – 18:00(10 ~ 1月上旬は10:00 – 17:00、1月中旬 ~ 3月は10:00 – 16:00)、見学料 2EUR

ガイド付きツアーについては教会へ要問合せ

Phone +49 0451 3977017

5. 帝国自由都市ミュールハウゼンへ[教会カンタータ「神の時は最上なり」BWV106]


バッハは1707年6月、故郷アイゼナハの北約20kmに位置する帝国自由都市ミュールハウゼンのカルヴァン派に属する聖ブラジウス教会オルガン奏者に採用され、アルンシュタットに別れを告げます。

バッハはここで最初の教会カンタータの傑作を上演したり、またブラジウス教会オルガンの改修計画を提案するなど精力的に活動しましたが、わずか1年ほどでザクセン=ヴァイマール公国宮廷付きオルガン奏者に採用され、ミュールハウゼンを去ることになります。

ミュールハウゼン聖ブラジウス教会

「ライプツィヒ」中央駅からDB特急ICEで「ゴータ」駅、地域快速(RE)に乗り換え「ミュールハウゼン」駅下車、徒歩約20分。

ミュールハウゼン市観光案内所

Phone +49 3601 404770

6. ヴァイマール公国宮廷へ[オルガン小曲集 BWV599-644、パッサカリアとフーガ BWV582]

6. ヴァイマール公国宮廷へ[オルガン小曲集 BWV599-644、パッサカリアとフーガ BWV582]

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1708年、バッハはヴァイマール公国宮廷付きオルガニストの地位を得て、「天の城」と呼ばれた城内教会で教会カンタータの作曲と上演、オルガン演奏などの職務をこなすことになりました。

ここでバッハはオルガンの傑作をつぎつぎと書いてゆきましたが、領主親族間の争いに巻き込まれたり、またかねてより望んでいた「宮廷楽長」への昇進が絶たれたこともあり、バッハはつぎなる転職先を探すことに。
辞職願に激怒したヴァイマール公はバッハを投獄したものの、頑として意思を曲げないバッハに折れて4週間後に「不服従のかどで」退去命令を発し、かくしてバッハ一家は新天地ケーテンを目指します。

ヴァイマール市宮殿

DB「アイゼナハ」駅からICEで「ヴァイマール」中央駅下車、バスで ‘Wielandplatz’ 下車、徒歩約8分。

開館時間 9:30 – 18:00(10月下旬 ~ 3月下旬は9:30 – 16:00)、月曜休館

入場料 7.50EUR、学生6EUR

7. 短くも幸福だったケーテン時代[ブランデンブルク協奏曲 BWV1046-1051]


1717年12月、バッハは家族を引き連れアンハルト=ケーテン侯レオポルトの小さな宮廷にやってきました。
レオポルト侯自身、音楽の才があり、小さいながらも充実した宮廷楽団を抱えていたこともあって、バッハは教会とは関係のない世俗的器楽作品の傑作をこの宮廷から多く生み出します。

しかし幸福な日々も長くはつづかず、1720年、レオポルト侯のお供として同行した旅から帰ってくると、最愛の妻の悲報が待っていました。
ついでレオポルト侯の後妻が「音楽嫌い」だったために楽団の予算は削られ、バッハはまたしても転職先を探すことに。
バッハはヘンデル(バッハとおなじ年の生まれ)の故郷ハレや、北ドイツのハンブルクに出向いて教会オルガン奏者の採用試験を受けたりしています。

ケーテン市

DB「ハレ」駅からRBで約30分、「マクデブルク」駅からRBで約40分。

Phone: +49 03496 4250 / Fax +49 03496 212397


8. ライプツィヒ・トーマスカントール就任[インヴェンションとシンフォニア BWV772-801、マタイ受難曲 BWV244]

8. ライプツィヒ・トーマスカントール就任[インヴェンションとシンフォニア BWV772-801、マタイ受難曲 BWV244]

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1721年、16歳年下の歌手アンナ・マグダレーナと結婚したバッハはその2年後、ライプツィヒの由緒ある聖トーマス教会カントール(合唱長)兼ライプツィヒ市音楽監督に就任します。
バッハは亡くなるまでの27年間この地位に留まることになり、ライプツィヒがバッハにとっての終の住処になりました。

トーマスカントールは毎週のように教会カンタータの上演準備をしたり、付属学校でラテン語を教えるなどたいへんな激務。
その合間を縫ってバッハは愛する妻アンナ・マグダレーナのために「音楽帖」を書き、また長男ヴィルヘルム・フリーデマンをはじめとする息子たちの教育用として「平均律クラヴィーア曲集」や「オルガンのための6つのトリオソナタ」なども作曲しています[2017年2月、ライプツィヒにやってきて2年目に初演された教会音楽作品のバッハ直筆楽譜が披露されたというニュースも報道されました]。

ライプツィヒ聖トーマス教会

トラム ‘Thomaskirche’ 下車、徒歩約1分。

礼拝時間以外の9:00 – 18:00、ガイド付きツアーは1名当たり1EUR、無休

Phone +49 0341 22224-0 / Fax +49 0341 22224-105

9.「音楽試合」も行われたドレスデン[ゴルトベルク変奏曲 BWV988、ミサ曲 ロ短調 BWV232]

9.「音楽試合」も行われたドレスデン[ゴルトベルク変奏曲 BWV988、ミサ曲 ロ短調 BWV232]

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バッハは雇い主側から言わせれば扱いにくい人物だったらしく、ライプツィヒ時代も市当局と教会音楽の運営方針などをめぐってたびたび衝突しています。
そんなバッハ唯一の楽しみが、地元ライプツィヒ市民や学生からなるアマチュア演奏団体「コレギウム・ムジクム」を率いてカフェの店先など街頭で演奏することでした(当時のライプツィヒはコーヒーが大流行し、バッハも「コーヒーカンタータ[おしゃべりはやめて、お静かに BWV211]」という作品を作曲しています)。

バッハはライプツィヒから南東約100kmに位置するザクセン選帝侯国の中心都市ドレスデンをたびたび訪れてオルガン演奏会を開き、即興演奏などの妙技で聴衆を驚嘆させたと言われています。
聖母教会のジルバーマンオルガンもバッハがドレスデンで演奏した楽器のひとつ。
第2次大戦で破壊されたのちに再建された聖母教会とともに復元され、往時の輝かしい響きを取りもどしています。

またヴァイマール宮廷に仕えていたころ、バッハはこのドレスデンでフランスの名手ルイ・マルシャンとの鍵盤楽器演奏対決を行うため試合会場にやってきたものの、当の相手は敵前逃亡していたというこぼれ話も伝えられています。

ドレスデン聖母教会

市電(トラム)1,2,4 Altmarktから徒歩約5分。

見学可能時間 10:00 – 12:00、13:00 – 18:00

週末はコンサートなどの催事により変動、要問合せ

Phone +49 0351 65606100 / Fax +49 0351 65606112

10. 御前演奏を披露したポツダム・サンスーシ宮殿[音楽の捧げもの BWV1079 / フーガの技法 BWV1080]


1747年5月、62歳のバッハは次男カール・フィリップ・エマヌエルが仕えていたプロイセン王フリードリヒ2世のサンスーシ宮殿(無憂宮)に招聘されました。

フリードリヒ2世は長旅を終えて宮殿に到着したばかりのバッハを当時最新の鍵盤楽器だったフォルテピアノの前に座らせ、自ら作った主題にもとづくフーガの即興演奏を要求してきました。
ライプツィヒにもどったバッハはこのときの演奏を清書した作品も含む一連の曲集を書き上げ、のちに「音楽の捧げもの」としてフリードリヒ2世に献呈しています。

1750年、バッハは長年の無理がたたって眼病にかかり、その後卒中の発作も起こして帰らぬ人になりました。
でもその音楽はバッハの死後260年以上が経過したいまもなお、ますます光を放って人々に深い感動を与えつづけています。
現在、サンスーシ宮殿ではバッハが御前演奏したと言われるジルバーマン製のフォルテピアノを見ることができます。

ポツダムのサンスーシ宮殿とサンスーシ公園[世界文化遺産「ポツダムとベルリンの宮殿群と公園群」の一部]

「ベルリン」中央駅からDB快速で「ポツダム」中央駅下車後、695 / X15番バスで ‘Schloss Sanssouci’ 下車。

開園時間 10:00 – 18:00(11 ~ 3月は10:00 – 17:00)、月曜休園

入園料 12EUR(オーディオガイド / ガイドツアー付き)、学生8EUR、写真撮影 3EUR(庭園内共通)

Phone +49 0331 9694200

音楽の街ライプツィヒに来たら「ライプツィヒ音楽軌道」へも

バッハは死後約100年間、人々に忘れられた存在でした。
そのバッハを甦らせたのが天才メンデルスゾーン。
メンデルスゾーンは世界最古の市民オーケストラ、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団楽長としても活躍。
メンデルスゾーン創設のライプツィヒ音楽院(現在のライプツィヒ音楽大学)には1901年、日本の滝廉太郎も学んでいます。
そんなメンデルスゾーンの家やバッハの活動した聖トーマス教会などを結ぶ「ライプツィヒ音楽軌道」と呼ばれる散策コースもおすすめ。
音声ガイドサービス付きで、楽曲を聴きながら楽しむことができます。

photo by PIXTA and iStock

Ryuichi

Writer:

伊豆半島の付け根に住んでいます。地元静岡県の記事が中心ですが、海外ものもときおり織り交ぜてご提供。公共交通機関を最大限活用するスローな旅が好きです。

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