「成金」からイタリア芸術を大きく育てたメディチ家の歴史

いきなりですが、世界遺産の『メディチ家』のことをご存じでしょうか?メディチ家とは、ルネサンス期のイタリア・フィレンツェにおいて絶大な権力を持っていた支配者の一族です。正確には『メディチ家の12の館と2つの庭園』が世界遺産に認定されているのですが…ひとまとめにされているとはいえ世界遺産に認定されるような建造物を14つも、一つの家系で所有していたというのはちょっと驚きだと思いませんか? それだけでメディチ家がすごい力を持っていたのがわかりますが、調べてみると他にもたくさんのドラマティックな歴史が残っていました。

「成金」からイタリア芸術を大きく育てたメディチ家

「成金」からイタリア芸術を大きく育てたメディチ家

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メディチ家は医者の家系?

「メディチ(medici)」という言葉は、医者、医学、薬というような意味を持っているため、メディチ家の先祖は医者や医療薬を取り扱う商人など、医療関係を生業とした家系だったのではないかと考えられています。
メディチ家はイタリアの家系ですが、英語の「メディシン(medicine)」という、薬物や医学を意味する言葉に親しみがありますね。
メディチ家の紋章には赤い丸がいくつか描かれているのですが、この赤い丸は丸薬か丸い医療器具を表しているのではないかという説もあります。

メディチ家の記録は13世紀頃まではあまり残されていなくて、はっきりとわからないことも多いのですが、とにかくもともとは貴族階級の家系ではなかったそうです。
その後18世紀頃まで続いたメディチ家の歴史を見ると、イタリア中西部に位置する都市フィレンツェを首都とした一国の支配者となってフランス王家の親戚にまでなったという事実があり、つまり一平民から莫大な富を築いてそこまでのしあがった……みもふたもない言い方をすれば「成金」ということですね。

芸術の支援者メディチ家

しかしフィレンツェを基盤として都市国家を発展させ、さらに今でもイタリアの重要な文化として残る歴史的建築や絵画、文芸など、芸術・美術をここまで成長させたのはメディチ家の存在があったからこそ、逆にメディチ家が栄えたのも芸術の振興に力を注いだから、という部分があり、ただのものすごい成金のおうち、というだけでは片付けられないんです。

メディチ家の歴史をひもといていくと、「コジモ(コジモ・デ・メディチ)」という名前をつけられた人がたくさん出てくるのですが、このコジモという名前は医療をつかさどる双子の守護聖人「聖コスマスと聖ダミアヌス」にちなんでつけられている命名であり、この二人の守護聖人はメディチ家の守護聖人としてもあつかわれています。
聖コスマスと聖ダミアヌスは医者であり、無償で人々を治療してまわっていたのだといいます。

この二人の聖人はメディチ家が注文した絵画によく登場する……というかメディチ家の守護聖人なので、この双子の聖人が描かれたイタリア絵画を見たらメディチ家に関わるものの可能性が高いそうですよ。

銀行業の成功からはじまるメディチ家のサクセス

銀行業の成功からはじまるメディチ家のサクセス

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教皇を立てて教会の財務を握ったメディチ家

14世紀になり、ジョヴァンニ・ディ・ビッチ・ド・メディチの代になると銀行業で成功します。
ここからメディチ家が大きく世に知れ渡る有数の資産家・および政治家となるはじまりの転換点となるのでした。

ジョヴァンニ・ディ・ビッチの父親は羊毛商人でしたが、ジョヴァンニは親戚の銀行家のもとで修業をしました。
そこからゆずりうけた銀行の一つを1397年にイタリア中部のフィレンツェに移して営業をはじめるとみるみるうちにうまくいくのでした。
メディチ銀行がうまくいったのは、社員の労働を適正に評価する仕組みで有能な人材を集めたこと、また新しい経営のシステムを考案して運営していたということがあります。
イタリアの中心都市ローマやイタリア北東部に位置する水の都ヴェネツィア、スイス西部のジュネーヴなど、各地に銀行の支店網を広げました。

特にカトリック(キリスト教)の重要な領地であるローマでの活動は大きく、当時同じ宗教の中でも対立し権力争いが発生していたカトリック界の中にうまく入り込み、バルダッサレ・コッサという人物を教皇ヨハネス23世として即位させてローマ教皇庁の財務管理を握ることに成功しました。
バルダッサレ・コッサは元は海賊だったのではないかとも言われている、過去の経歴があやしい人物でした。

支援した教皇がいなくなっても生き残るメディチ家

このカトリック教会内での騒動というのはバルダッサレ・コッサこと教皇ヨハネス23世以外に、それまで在位していた教皇2人が退位しなかったので、本来なら教皇は一人なのに同時に3人の教皇がいる事態になっている、という問題でした。

この騒動を解決するため、当時の神聖ローマ帝国の皇帝ジギスムントが命令をし、1414年から1418年の間にドイツのコンスタンツにおいて、キリスト教のルールを審議する公会議が行われました。
神聖ローマ帝国とは西暦800年から1806年まで続いた、現在のドイツやイタリア北部を領土に持っていた大帝国ですね。
このコンスタンツでの公会議の結果を受けて不利とみたヨハネス23世は会議から逃亡しましたが、捕らえられ教皇の位を奪われました。
さらに他の2人の教皇も退位・廃位となって1417年には別の教皇が1人即位し、そこでやっと解決というてんまつになったのです。

もともとヨハネス23世を支援したことでローマ教皇庁の金銭管理に関わることとなったメディチの銀行でしたが、ヨハネス23世が廃位となった後もメディチ銀行はその財務管理業務を引き続き行うことになります。

フィレンツェにおけるメディチ家の栄華

フィレンツェにおけるメディチ家の栄華

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